女主用短編 | ナノ

――その少女を見掛けたのは、偶然だった。

「次のターゲット、ここにしようぜ」

大学の食堂。いつものように講義の合間の自由な時間をぐだぐだと話しながら潰していたとき、唐突に竹谷が言った。そして、一枚の写真が机の上に置かれる。
それまでの雑談していた緩い空気は霧のように消え、ぴんとした静かな空気が張り詰められていた。

「何、珍しいね、ハチが積極的に仕事の話するの」
「明日槍でも降るんじゃねーの」
「でも、何もここで話さなくてもいいんじゃない?」

雷蔵は一目を気にするように辺りに目線をやったが、大学の食堂など、時間を持て余した学生で溢れている。皆が皆、この後の講義のことだったりバイトのことだったり単位のことだったり、はたまた合コンのことばかりに気をとられ他人に興味など示さない。事実として自分達の会話を聞いているものなど誰一人としていないだろう。通りすがりに聞いたとしてもそれは雑音の一つにすぎず、心に残りはしない。心配ないだろうと兵助は冷静に言うと八左ヱ門に向き直った。

「で、何で急に?訳は?」

その口調は、訳があることを信じて疑わないものだった。兵助だけでなく、勘右衛門も雷蔵も同じようでわずかに姿勢を正し八左ヱ門の話を聞く体勢になった。

「…偶然だったんだ」

八左ヱ門の話は要約すると簡単なものだった。
偶然が重なり知った事実。八左ヱ門が次にターゲットにと言い出した家には、一人の少女が閉じ込められているという。それはそれは美しい歌声を持つ少女。天から歌をうたうために授けられたようだとその男は八左ヱ門の父親に語ったそうだ。普段なら自分の家からは絶対に出さぬ少女は、その男が八左ヱ門の父親に媚を売るために使われた。八左ヱ門の家のパーティーで見世物のように歌をうたわされたのだ。
その美しい声に、パーティー参加者は全員魅了された。八左ヱ門もその一人だった。
声と同じく美しい少女は、まるで人形のようだった。その瞳に何の感情も宿すことはなかった。それでも八左ヱ門は視線を逸らすことができなかった。帰り際、何人ものボディーガードに囲まれ、車に乗せられた少女は守られているというよりも逃げられないように監視されているようだった。スモークの貼られた窓ガラス。中の様子があまりわからないはずなのに、八左ヱ門は窓ガラス越しに少女と瞳があった気がした。

「 た す け て 」

微かに動いた少女の唇が、そう言ったように八左ヱ門には感じた。
聴こえないはずの声が、八左ヱ門の耳に届いた。



「ふむ、つまり、だ」

椅子に寄りかかりだらしない姿勢のまま聞いていた三郎が、体を起こしながら欠伸混じりに言った。

「ハチ、お前はその女に惚れたって訳か」
「はぁ!?なななな何言ってんだよ、三郎!今の話聞いててどこをどうやったらそんな風に聞こえ…!」
「俺にもそう聞こえたー」
「右に同じく」

勘右衛門、兵助の続けられた言葉に羞恥心からか涙目になる八左ヱ門だったが、雷蔵だけは三人とは違うことを思ったようだった。

「ぐす、その子可哀想だね、そんな軟禁みたいなことされて…」
「そ、そうだよな!俺もそう思って…!」
「好きな女の子がそんな目に遭ってたら助けてあげてくもなるよね!」
「だからそうじゃねぇ!」
「まぁ、ハチ弄りはこの辺にして、だ」

がっくりと机に手をつき肩を落とした八左ヱ門に構うものは、残念ながらいなかった。三郎のコーヒーの入った紙コップを弄りながらの言葉に意識が向いていた。

「冷静に考えて、だ。そんな私情雑じりで仕事を選ぶのは反対だ。足がつき易くなるし、俺達へのメリットも低い。デメリットばかりが目に付く」
「んー、三郎のいうことも事実だけど、メリットも結構あるみたいだよ?」
「どういうこと、勘ちゃん?」
「ハチの父親主催のパーティーに参加できるくらいだからそこそこ金持ちだろうとは思ってたけど、予想以上かも。女の子軟禁しててもそれをもみ消せるくらいの権力もあるみたいだし」

ぱちぱちぱち
勘右衛門が手元のミニパソコンを弾く音が響く。パチン、とエンターキーを叩く音がして勘右衛門は顔を上げた。その顔に悪巧みをするような笑みを浮かべ。

「結構あくどいこともしてるみたい。条件、クリアしちゃうくらいには」

パァ、八左ヱ門の笑みが花のように咲く。

「じゃあ、決まりだな。クリアしているならターゲットとして問題はない」

コツン、兵助の白く長い指が机の上の写真を叩く。


「ターゲット、ロックオンだ」



130207


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