くすり、
口元が弧を描く。
「何か楽しそうですね」
目敏く私の変化に気が付いた弟が声を掛けてきた。
「えぇ、昼のことを思い出してしまって」
そう告げれば、美しい赤と橙の瞳が不愉快そうに細められる。そんな様子さえ美しくて、そしてそんな表情をさせる要因に私が関わっていることが楽しくて、笑みが深くなる。
「失礼なヤツ等でした。姉さんを不細工だなんて…」
昼、学校で私は女子生徒達に囲まれた。
髪を茶色に染めたり綺麗にセットしたりした子。透明のマニキュアを塗った子。仄かに香る程度に香水をつけた子。派手になりすぎず、自分の顔を生かしたメイクをしっかりした子。彼女らは美しくなろうと、可愛くなろうと努力しているのがよくわかる子達だった。そんな子等が声を揃えて私を罵った。
――征十郎くんから離れろ
――征十郎くんの隣にお前は相応しくない
――征十郎くんの姉だか何だか知らないが身の程を知れ
――不細工なくせに
彼女らの罵倒に思わず笑い出してしまいそうになったそのとき、私の居る場所をどう知ったかのかはわからないが征十郎が迎えにきた。そして逆に彼女らを“ブス共”と罵り、脅しに近い警告――私に二度と近付くなと言い残すと私の手を引きその場を後にした。
正直に言うと、あのタイミングで征十郎が来てくれて助かった。あの場で笑ったりなんかしたら彼女らの逆鱗に触れることは火を見るより明らかだ。
だからこそ、今こうして思い出し笑いを抑えることなくしているのに、私が自分以外のものを思い浮かべて笑うということが耐えられないらしい征十郎はまた顔を歪める。
「何が可笑しいのですか」
「いえ、だって…。彼女らの言っていたことは全て真実だもの」
私は不細工だ。むしろ醜いと言ってしまっていいような容姿をしている。
そんな私が、ただ姉だからという理由で征十郎にいつも構われ隣に居続けることが不愉快でたまらないのだろう。
でも、彼女らは一つ勘違いをしている。
私が征十郎の隣を望んでいるのではない。
征十郎が私の隣から離れないのだ。
「姉さん、いつまで他の者のことを考えているのですか」
ギシリ、
私の座っているソファーが軋む音を立てる。すぐ真上になった丹精な顔は、嫉妬で歪んでいた。
「私が誰のことを考えていようと、貴方には関係ないわ」
「僕は、貴方の弟です」
「そうね。けれど私は私だけのもの。私に指図しようだなんて図が高いわよ、征十郎」
傷ついたような顔、それさえも美しいだなんて、彼はきっと神様に愛されている。
弟だなんて煩わしくてしょうがない存在だが、どんな芸術品よりも精巧で美しいその顔を持つ弟のことは愛していた。美しいものは、それだけで愛される。
「セックスしましょう、姉さん」
「あら、はしたない言葉」
肉刺のできたゴツゴツとした手が私の頬を撫でる。ゆっくりと上から近付いてくる顔を真っ直ぐと見つめながら言う。
「でも、姉さんは直接的な言葉の方が好きでしょう?」
「失礼ね、そんなことはなくってよ」
世間は勿論、倫理的にも許されはしない行為をしようとしているのだ。誰にも許してもらえないような行為ならば、せめてムードだけは大事にすべきだ。
「ロマンティックに愛してね?…征十郎」
片頬を上げ満足そうに笑んだ若い獣は、今日も堕ちていく。
130203
リーの色彩理論様提出