女主用短編 | ナノ

「おにいちゃん!」
「どうしたの、名前?今日は甘えん坊さんだねー」

ギリッ、奥歯が軋んだ音を立てるが気にしない。つい数分までは天国かここはと本気で思えていた光景も、今やただの拷問である。
大好きな親友と、大好きな思い人が二人でくっついてきゃっきゃっうふふしているのに、私はそれを見ていることしかできないだなんて。出してもらった湯のみがぴしりと嫌な音を立てて、慌てて込めていた力を抜いた。
いけないいけない。初めてお呼ばれした友人宅でいきなり湯のみを壊すだなんて、以後お呼ばれしなくなるかもしれない。そんなことは絶対に避けなければならない。

「あの…、雷蔵、」

意を決して話しかけた私に、雷蔵は気が付いたように顔を上げた。

「あぁ、ごめんね、三郎。ほら名前、僕は三郎とお話するからちょっとの間一人で遊んでてくれるかな?」
「………」
「名前?」
「…わかった」

如何にもしぶしぶといった風に頷いた名前ちゃんは、私を一睨みすると戸口から外へと出て行った。…幼女の睨む攻撃!三郎に50のダメージ!もうやめて、三郎のライフはゼロよ!状態だ。

「?どうしたの三郎?もしかして泣いてるの?」
「……いや、ちょっと湯気が目に染みて」
「え、そうなの?大丈夫?」
「大丈夫」

浮かぶ涙を拭いながらどうしてこうなったのかを思い返す。そもそもは私の家からの文がきっかけだった。用事があるから帰ってくるな、要約するとそんな手紙に困っていると、雷蔵は何の気概もなくあっさりと言ってのけた。僕の家に泊まりに来る?と。
そして俺はそこで運命の再会をしたのだ。まさか思い人が親友の妹だなんて誰が想像しただろうか。まさに運命以外の何物でもない。
感動に震え、運命と神に感謝していたとき、名前ちゃんが口を開いた。

「おにいちゃん、この人、誰?」
「この人はね、おにいちゃんの友達で三郎って言うんだ。今日、家にお泊りするから挨拶して?」
「泊まるの、この人?」
「うん、そうだよ。三郎、この子は僕の妹の…」
「ヤダ!」
「…え?」
「ヤダ!帰ってよ!」

突然の展開についていけなかった。驚いて呆然とした頭にゆっくりと名前ちゃんの言葉が染みこんでくる。…嫌、だ…?私のこと、嫌だって…?
涙目になってショックを受けている私に、雷蔵が慌てたように名前ちゃんを怒っていたけれど、それは逆効果だった。雷蔵に怒られたことにより名前ちゃんは余計私のことを敵視してしまった。そうして、私の目の前で必要以上に雷蔵にくっついていちゃいちゃし出すのだ。
本当に何なのこの状況。私のライフを削って何が楽しいの。私だって雷蔵と名前ちゃんときゃっきゃっうふふしたいのに。何が悲しくて睨まれなくちゃいけないの。

どんだけ回想しても一体何が原因でこうなってしまったのか全くわからない。思わず頭を抱えた私に、雷蔵が申し訳なさそうに声を掛けてくる。

「ごめんね、三郎。名前、少し人見知りなんだ」
「いいよ、気にしなくて…。人見知りならしょうがないし…。その内慣れてくれるだろう…」

覇気のない声でどうにか返事をするが、返ってきたのは「あ、うん…。そうだね…」というなんとも歯切れの悪い言葉だった。何事だろうと怪訝な顔をした私に雷蔵は取り繕うように苦笑を浮かべた。

「名前ってすごくお兄ちゃんっ子なんだ。僕が忍術学園に行くって決めたときもずっと泣いて行かないでって駄々捏ねて。久々に帰ってきた僕にやっと甘えられると思ってたのに三郎が一緒で僕が取られちゃったとか三郎のせいで甘えられないとかって思ってるのかも。…ごめんね、本当はすごく優しい子なんだよ」
「…知ってるよ」
「え?」

名前ちゃんが優しい子だって知ってる。
おにいちゃん、どこかいたいの?そう尋ねてきた声を忘れた日はない。一日掛けて集めた花を何の躊躇いもなく差し出してくれた小さな手を忘れることなんてできない。私は確かにそのとき、恋に落ちたのだ。年齢とか年の差とか関係なく。名前も知らない小さな女の子に、本気で恋をしたのだ。

――まさかそれがこんな事態になってしまうだなんて予想もしてなかったけど。

「大丈夫雷蔵、私は全く気にしてないから。それに…」
「それに?」
「絶対仲良くなってみせるから!」

これくらいのことでへこたれるくらいの思いなんかじゃない。例えロリコンと罵られてもこの思いが冷めることはない。ただ一つ主張しておきたいことは決して俺はロリコンではない。幼女なら何でもいいみたいに言われるのは心外である。名前ちゃんだから好きなのだ。遅く生まれてきた名前ちゃんが悪い。あ、今の私の台詞超カッコいい。いつか名前ちゃんに言おう。
…ごほん。話がずれてしまったが、それに、だ。将来の義兄さんを悲しませたままというのはいただけないからな!

こぶしを握り決意を新たにした私に雷蔵は疑問符を浮かべるばかり。

「おにーちゃーん!」
「わ、名前、もう帰ってきたの?」
「見て見ておにいちゃん!きれいなお花見つけたの!」
「あ、本当だ。きれいだね」
「うれしい?おにいちゃんうれしい?」
「うん、嬉しい。ありがとう名前」
ちゅ。
「えへへー」



「…………え、え、え?何、今何が起きたの?何で雷蔵が名前ちゃんの白くて柔らかそうなほっぺたにキスしたの?え、どういうこと?」






正直羨ましすぎる。



120815
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