女主用短編 | ナノ

寝起きというのは夢と現実の境がひどくあやふやだと思う。オレンジ色に染まる教室が目に入ったとき、何故だか小学生の頃の一場面が頭に浮かんだ。親友だと思っていた子に“夢見がちだよね”と言って笑われたあの場面が。もう思い出の底に沈んでいたはずのそれを唐突に思い浮かべたのは、もしかしたら目を開く前まで夢で見ていたからかもしれない。オレンジ色に染まる教室があの時と重なってしょうがないからかもしれない。

ふぁあ、大きなあくびを一つ。
あの頃の私はその言葉にひどくショックを受けた。裏切られたような気分になって泣きたくなった。けれど、私が夢見がちで夢想家なのは昔から、そして今も変わらない事実なのだからショックを受けてもしょうがないと今では思えるようになった。だって、童話の中はめでたしめでたしのハッピーエンドで終わるものばかり。怖いものも悲しいこともなくなって、最後には必ず幸せになる、そんな世界。私はそんな世界がどうしようもなく眩しくてどうしようもなく愛おしい。
んんー、いつまでも寝惚けていないでいい加減に目を覚まさなくちゃと腕を天井へ向けて伸びをした。そして感じる違和感と聴こえてきた何かが床へと落ちる音。肩が、背中がぬくもりを失ってどこか寒いことから床へと落ちたのは多分ついさっきまで私に掛かっていたのだろう。疑問符を浮かべながら床へと視線を向ける。と、

「学ラン…?」

学ランが床の上に広がっていた。
学ランを拾い上げながら、頭の中の疑問符はどんどん増えていく。何で私に学ランが掛かっていたの?何で?そもそもこの学ラン誰の?
威張れることではないけれど、人見知りで上がり性の私には仲のいい男友達なんて存在は一人もいない。女子の友達でさえ作るのに苦労したんだから。始めて間近で見る学ランに、名札を調べれば持ち主がわかるのではないかということに気付くまで時間を要した。ようやくその考えまで行き着き、よし早速調べようと思ったそのとき、私はこの教室には私以外誰もいないと思っていた。

「…お、起きたのか」
「!」

突然聞こえてきた声に、大袈裟なくらい肩が跳ねる。心臓は一瞬止まったような気がする。声の発信源へと慌てて振り向くとオレンジ色の光がそのまま形になったんじゃないかっていうくらい優しい色の髪の毛が目に入った。

「と、富松、くん…」
「悪い、驚かすつもりはなかったんだけど」

苦笑いを浮かべる富松くんに頬が熱くなるのを感じた。何でそこに、とか、いつからそこにいたの、とか聞きたいことはたくさんあるけれど、あんなに大きく驚いた瞬間を見られたということが恥ずかしいしもしかしたら寝顔も見られたかと思うとそれどころではなかった。何も言えずに俯いた私に富松くんは続ける。

「よく寝てたみたいだったからよ」

やっぱり寝顔見られたんだ…。ますます頭が深く沈んでいくのを感じながら頭の上から降ってくる富松くんの声を聞く。

「それに名字、最近頑張ってるみたいだから、少しは休ませてやった方がいいかと思って」
「…え?」

思わず顔を上げる。今、富松くんは何て言った…?

「体育祭の準備。日にちが迫ってきて焦るのもわかるけどよ、無理してまでやるもんじゃねーぞ?」

目、隈できてるぞ?とからかうように目の下を指差した富松くんに私は慌てて顔を隠す。確かに最近私は体育祭の準備のために少しだけ睡眠時間を削っていた。私に割り当てられた仕事ははちまき作り。でもその仕事は他の人と比べて特別多い訳でも大変な仕事な訳でもない。ただ私が不器用で仕事をするのが遅いだけで、自業自得なのだ。だからそのせいで寝不足だ何て友達にも言えなかったし、学校でもなるべくしないようにしてたはずなのに。それが富松くんにバレていた事にも驚いたし、それ以前に富松くんが私の名前を知っているということにも驚いた。富松くんは目立つし、学校の有名人だから私は知ってた。いつも一緒にいる神崎くんや次屋くんが目を引くっていうのもあるけど、それ以上にさばさばしてて面倒見がいいところとか、不良みたいな外見とは裏腹に礼儀正しくて常識人なところとか、富松くんに憧れてるのは男女関係なく学校中にいるから。私もその一人でいつも堂々としてて自分をしっかり持ってる、そんな富松くんに憧れてた。体育祭で縦割り班になれたときすごく嬉しかった。けど、私の名前を覚えてもらえるとは思ってなかった。だって私はたくさんいる班の中の一人で目立つ訳でも印象に残る訳でもなくて…。

「それから、いくら学校とは言え、あんまり無防備に寝るのはどうかと思うぞ?今日は俺が居たからいいけどさ。…いや、よく寝れたんならいいんだけど…。…っていうか、うーんと…、」
「…もしかして心配して、傍に居てくれたの?」
「……女の子一人にしとくのも何か気になるじゃねーか。あ、寝顔とかは見てないからな」
「それじゃあ、…この学ランももしかして…?」
「おー、俺の」
「え!?」
「…あ、もしかして臭かったか?洗濯とかしてるはずなんだけどな…」
「そ、そんな…!」

滅相もございません…!
ぶんぶんと首を振った私に富松くんはそれでは、と困ったように眉を下げた。

「迷惑だったか?」
「ち、ちがっ!」

思わず身を乗り出して否定するけど、言葉が続かなくて俯いてしまう。富松くんの優しさは嬉しかった。けど、嬉しかったって素直に口に出してはいけないような気がしたし…、少し、ほんの少しだけ、何で富松くんみたいな人気者が私なんかに構ってくれるんだろうってネガティブな考えもあったりなんかして…。あれ、私って折角親切にしてくれた富松くんにこんなこと思うなんて最悪じゃない…?
段々と込み上げてきた涙に、更に何も言えなくなる。何か言わないと、それはわかっているけど、焦れば焦るほど何も言えなくてぎゅっと目を瞑った。

「そっか、ならよかった」

ぽんぽん。
頭の優しい感覚。え!?とびっくりして顔を上げると富松くんが微笑みながら私の頭を撫でてくれていた。富松くんの笑みを至近距離で見たことにもだけど、子供のような扱いにも頬に熱が灯る。え、え?と慌てる私を見て、富松くんは笑みを深めるばかりでやめるつもりはないらしい。恥ずかしさから頭を下げていたけど、心地いいリズムで訪れるぬくもりに段々と身を任せられるようになってくる。気持ちよくて目を細めると、富松くんの手の動きが一瞬止まったような気がした。

「?富松くん?」
「え?あ、あぁ…俺帰るわ。名字も気をつけて帰ろよ?」
「う、うん。またね…」

バタバタと駆けるように教室を後にしてしまった富松くんの背中をぽかんとしながらも見送る。

「…私も帰ろう」

どうして富松くんが突然慌てて帰ったのかわからないけど、このまま考えてても答えは出ないし、何よりこれ以上考えるとネガティブな方向にいってしまいそうだから早く帰ろうと席を立つ。そして気付く。…あ、富松くんに学ラン返し忘れた。

手の中にある、私の服の一回りは大きな学ランをじっと見つめる。それがさっきまで私の肩にかかっていたなんて信じられない。その優しさに胸がほっと温かくなる。
皺になるかも、なんて思いつつも、そっと学ランを抱きしめてみる。ほんのりと汗の香りがして、富松くんの匂いが、した。



120902
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