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結局私は話してしまった。ここ数日前からこういう電話やメールが掛かってくるようになったこと。下品な言葉が並べられ、かつ直接的な言葉ばかりな電話やメールの端々からどうやら私の携帯の番号とメールアドレスが所謂“出会い系”のサイトに書き込まれていることを知った。私はもともと非通知は拒否設定にしているのでそこまでの被害はないような気がするのだけど、まぁうざいことは事実だ。最近は携帯の電源を切っていることが増えた。
そして、変な電話やメールが掛かってくるようになったのはノートやら何やら身の回りの持ち物を使った嫌がらせが始まったのと同時期だということ。

「…何で話さなかった」
「別に先輩方に話すようなことではないと思ったからです。私個人の話です」
「…お前にとって俺達ってどういう存在なんだ?」
「え?」
「俺達にとってお前は大切な存在だし、可愛い後輩だ。大事な存在が何か困っているとき何も知らないことは悔しいし頼ってもらえないのは悲しい」

痛いほどに真っ直ぐな瞳に逸らすこともできない。はぁ、ため息を吐いた拍子に外された視線に私の肩からも力が抜けた。

「…悪い、こういうことは押し付けるもんじゃないよな」
「…久々知先輩、怒ってますか…?」
「いや、沙代には怒ってないよ。ただ頼ってもらえない自分が情けなくて腹が立っただけだ」
「違うんです、別に先輩方が頼りないとか思ってる訳じゃなくて…」

わからないのだ。どうやって人に頼ったらいいのか。
私は確かにこうして何気ない日々を重ねていく内に渦正寮に居る人達のいろいろな面を知っていって少しずつみんなのことを大事な存在だと、特別な存在だと感じている。けれどずっとずっと一人で立っていたい、歩いていきたいと思って生きてきた私には、誰かに頼る方法がわからなかった。誰かに支えてもらいたいだなんて思ったこともなかった。だから今回のことも特別な問題だと捉えず今まで通り一人で解決しようと思ったのだ。まさかその判断で誰かを傷付けてしまうかもしれないなんてこと、考えたこともなかった。

「…もういいから」

俯き何も言えなくなった私の頭にぽんぽんと一定のリズムで手が置かれた。大きくてけれど不器用なその手はきっと久々知先輩のもので、予想もしてなかったぬくもりに不意に涙腺が緩みそうになって焦る。

「それにしても前から思ってたんだが、沙代は川井さんに妙に親切じゃないか?」
「え?そうですか?」
「あぁ。最近着ている服は、沙代がお金を出してあげたんだろう?それに嫌がらせの犯人の可能性が高い川井さんの面倒を未だに見てるし…」

普段の私からは考えられない?
まぁ、それは立花先輩にも言われた。自分に害を為す人物をわざわざ面倒見てるなんてどういう風の吹き回しだ?いつぞやのように反撃する気も起きないくらいバッサリ斬り捨てればいいだろう的なことを。…私は立花先輩にどう思われているのだろうと心中複雑になったが確かにそうかもしれない。普通に考えて自分に嫌がらせをしているかもしれない人を自分の家に泊めるなんておかしいとしか思えない。

「お金は一応貸してるだけであって、あげた訳ではないんですよ?」
「でもそれが返ってくる可能性が低いことだって沙代なら当然わかってるはずだろう?」

久々知先輩のオブラートに全く包まない言葉に思わず苦笑いが出てしまう。川井さんが今後どういう生活を送ることになるか。それは土井先生が帰ってくるまで想像もできないけど、例えどんな風な生活を送ることになったとしても私が面倒を見たことを感謝してお金を返しに来るなんてこと、今の川井さんを見ている限りはありえないことだろう。つまり私にお金が返ってくる可能性は極めて低い。

「お金を貸すために最低限手伝いをしてもらってるんです。だから貸してはいるけど、お小遣いをあげてる感覚でもあります」

川井さんの労働なんて本当に子供のお手伝いレベルで、賃金と労働の釣り合いが取れているとは言えないけど、でもそれでも貸したお金が戻ってこなくてもいいかなと思えるくらいには手伝ってくれている。最近は扱い方を覚えたからかもしれないし単純に餌として吊るされたお金に目が眩んだだけかもしれないけど確かに手伝いをしてくれている。川井さんは意外と扱いやすい。我侭だし自己中心的な考え方だし思考もぶっ飛んでたりするけど、でも扱いやすいのはきっと根が素直な証拠。

「…でも…、」

やっぱり納得できないか。口篭る久々知先輩に苦笑いが浮かんでしまう。私でもおかしいと思う。思うのだけど、何となくあの子には冷たくできない。根本的に私とは合わないと思うしあの子の発言にイラッとすることだらけだしむしゃくしゃもするけど、何故だか放り出すということはできない。一緒に生活していく中でいい面も知ってしまったからかもしれない。私の苦笑を見た久々知がきょとんとしたのがわかって慌てて取り繕うようにけれど冗談を言うように軽く言う。

「拾った猫や犬の面倒を途中で放棄するのはいけないことですから」



小さく二人で笑い合って何気ない言葉を交わして、空気が和らいだとき。私は久々知先輩に気付かれない程度に深呼吸してその言葉を言った。

「あの…、このこと平や善法寺先輩には言わないでもらえますか?」
「滝夜叉丸と善法寺先輩にか?」

唐突に出てきた二人の名前に首を傾げる久々知先輩。それに迷いながらも頷く。これは私の気のせいかもしれないし考えすぎなのかもしれない。けれど…、

「川井さんのことに対しては、…過剰すぎる気がするんですあの二人は」
「過剰…ね」
「何だか…少しだけ怖いです」

失礼かもしれないと声は段々と小さくなっていったがそれが私の本心だった。川井さんのことになると二人共別人のように感じる。私が二人の全てを知っているだなんておこがましいことを言うつもりはないのだが、それでもあの二人の反応は異常でいつもの二人からは考えられない。
まるで別人。まるで知らない人。

「大丈夫だ、安心しろ。…二人には言わないから」

ぽんぽん、また頭に久々知先輩のぬくもり。顔を上げるとまるで安心させるように笑顔を浮かべている久々知先輩が目に映った。

「あの二人はダメだなー、沙代に不安にさせたりして」

そんなことはない、私が勝手に思っているだけだ。首を振って否定するけれど、ずっと言い出せなかった不安を口にしたからか心が揺れていることが自分でもわかった。久々知先輩には申し訳ないけれど、暫しの間だけと瞼を下ろしてそのぬくもりに甘えることにした。



「…あの二人は、前世との区別がついてないのか…」
「?何か言いましたか?」
「いや、何でもない」



120620
久々知のキャラが迷子ォ…(´Д`)
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