食堂 | ナノ

「川井さんって…、どんな人?」

たまたま校内で会った善法寺先輩。夕飯の準備のためと渦正寮へ向かっていた私に、「途中まで一緒に行こうか」と善法寺先輩は笑顔で言った。特に断る理由もなかった私は善法寺先輩と雑談しながら歩いていたのだ。
少しの雑談をした後でどこか探るように吐き出された質問に私は唐突に悟った。善法寺先輩はこれを聞きたくてわざわざ私に話しかけたのだ、と。声の緊張とか雰囲気とか、とにかくそういうものがいつもの善法寺先輩と微妙に違った。

「どんなって…、…それは善法寺先輩が見た通りの方だと思いますけど」

私が食事を作りに寮に行くときは、必ずと言っていい程彼女もついて来る。そして仕事もせず寮生の誰かにくっついている。そのくっつく対象に勿論善法寺先輩だって入っているはずだから話したことがないなんてないはずだ。…私は知らんが。その頃の私は食事の準備に追われててそんなことに気を回す余裕なんてない。1ミクロンもない。むしろ全く興味ない。そして最初から期待してはいなかったけど、川井さん、見事に手伝わないのね。食事の準備もだけど、片付けも全く手伝わねえの。茶碗洗いくらいはさせようと思ってたんだけど、「手が荒れるから嫌よ」って断られたときには脳の血管がぶち切れるのではないかと思った。あぶなかった。あんな人のせいで脳の血管を破くなんてことはしたくない。切実に。
私のそっけない答えに善法寺先輩は苦笑いを返す。

「それが僕、あんまり彼女と話してないから…」
「え?」

初日、あんなに善法寺先輩を見てあんなに嬉しそうに顔を輝かせていた川井さんなのに?善法寺先輩とあんまり話してない?思わず耳を疑った。
だって、イケメン大好き、渦正寮生のみんな大好き、目指せ逆ハーを狙ってる子なんでしょ?逆ハーについては目指してるかどうかは知らんけど、そんな川井さんがイケメンな善法寺先輩とそんなに接触していない…?…失礼ながらにわかには信じられない。ほんの数日の付き合いだが、彼女のイケメンへの執着とも言える強いこだわりは嫌という程伝わっている。
そこまで考えてふと気付く。あ、一方的に好きだったとしても相手が避けているって場合もあるのか。確かに善法寺先輩ってがつがつこられるの苦手っぽいかも。がつがつこられると反射的に逃げたくなるとかそんな感じかもしれないな。一人勝手な考察をしたところで真偽を確かめるつもりもない私は善法寺先輩の次の言葉を待った。

「うん、だから沙代ちゃんからどんな人なのかって言うのを聞けたらって思って」
「どんな人と言われましても…」

私からはあやふやにぼかす言葉しか出てこない。だってさ…

「人の評価を他者に委ねてしまうのはどうかと思いますけど」

と私は思ってしまうのだ。委ねなくたって他者の評価を聞いた時点で多少の先入観はできてしまうと思う。その先入観が原因でその人の評価が変わってしまうとかそういうのは嫌なのだ。個人的に。別にそれが悪いことだとは思わないし勝手にしてくれればいいと思うけど、私はそのことに微妙な嫌悪感を持っているからそれに巻き込まないで欲しいのだ。さらに言うなら私の中での誰かの評価を誰かに話すと言うのも嫌だ。私が誰のことをどう思っていようと勝手じゃないか。どうして私の好き嫌いを人に言わなければならない。私は自分の考えを誰かと共有したいとは思わない。

「ごめんね、そういうつもりはなかったんだ。ただ、沙代ちゃんから川井あいらっていう人はどういう風に映ってるのかなって気になっただけで」

困ったように眉を下げた善法寺先輩。…ちくしょー、やっぱり私はこの人のこういう表情がどこか苦手だ。本当に何だかこっちが虐めてるような気がしてくる。
はぁーと大きなため息を吐くとぼそりと小さな声で言った。

「…私とは合わない人だと思います」

性格も価値観も考え方も生き方も何もかも。
ぎりぎり譲ることのできる最低限の私の中の川井さんの印象。それは自分で言うのもどうかと思うが、小さいしぼそぼそ喋るわで聞きづらかったであろうに善法寺先輩にはしっかりと届いたようで笑顔を浮かべた。

「そっか。教えてくれてありがとう、沙代ちゃん」

「やっぱり沙代ちゃんは優しいなー」なんてほわわんと笑いながら頭を撫で始めた善法寺先輩の手を全力で振り払いたい。私は優しくなんてない。優しかったら川井さんが好意を持っている善法寺先輩に対して私が負の印象を持っていることを言ったりしない。
あーもう、ちくしょうと誰に向かってだかわからない苛立ちを抱えていると、善法寺先輩の手が止まった。丁度いいとばかりにさりげなく手を頭からどかせて善法寺先輩を見上げる。

「?善法寺先輩?」

どこか様子がおかしい気がした。どこ、とは言えないけど、いつもの善法寺先輩の雰囲気ではない。どこかほの暗い感じ…と言えばいいのだろうか。ぐっと善法寺先輩を取り囲む空気が重くなったようなそんな感じ。

「…うん?どうかした?」

ニコリと笑顔で私を見下ろす善法寺先輩。…やっぱりどこか違う。

「あ、もう一つ聞きたいことあったんだ。沙代ちゃん、川井さんになにかされたりしてない?」
「なにか?…なにかって何ですか?」
「別に。“なにか”は“なにか”だよ。何もされてない?」
「されてませんよ、当たり前じゃないですか」

ずっと感じていた違和感の正体がようやくわかった。ニコリといつもと同じ笑顔を浮かべている善法寺先輩は、けれど全く目が笑ってなかった。淡々とした声音もどこか感情が篭っていない。背筋が寒くなる。

「そう。ならいいんだけど。…もしなにかあったら必ず僕に言うんだよ」
「……なんで、」
「ん?」
「何で、絶対に川井さんが何かやるっていう前提なんですか?」

さっきの質問、あれは疑問系だったけど疑問系じゃなかった。今なにかされてなくても必ず川井さんはなにかする。それを確信しているものだった。
何で?善法寺先輩は言ったばかりじゃないか。“川井さんとはあんまり話したことない”って。あまり川井さんと話したことないから私から見た川井さんがどんな人なのか知りたいって聞いたばかりじゃないか。
何で?なら何で善法寺先輩は川井さんが絶対に私になにかするって思ってるの?
多分隠せていないであろう私の怯えに気付いているのかいないのか、善法寺先輩はやっぱり目は全く笑っていない仮面みたいな笑顔で返す。

「いい?絶対だからね。なにかあったら僕に言うんだよ」

――やくそく

目の前の人が初めて見る人に見えてしまって、戸惑いと怯えの混じる私は頷くことしかできなかった。


120513
伊作と滝夜叉丸はヤンデレって言うかちょっとキチガイみたいになることを先に謝っておきます…。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -