食堂 | ナノ

「沙代?だぁれ、それ?」

きょとん。そんな効果音を付けながら立花先輩に向かって首を傾げた少女。
そこまではよかった。女の私から見ても、その様子は可愛らしかったし、媚びているようにしか見えない口調も仕草も、私にはどうでもよかった。問題はその後だ。

「木村沙代、食堂のおばちゃんの娘でおばちゃんと同じようにこの渦正寮の食堂で働いている」
「…は?」

立花先輩が言葉と一緒に私へと視線を向ける。立花先輩の視線を追うように動いた少女の視線は自然と私の姿を捉えた。立花先輩の話の持っていき方はある程度予想できたので私を見た少女に向かって、頭を下げる。
と、ここで少女も頭を下げるのが普通だろう。でも私が見たのは、深く眉間に皺を刻み親の敵でも見るような殺気の篭った瞳だった。…あれ、般若?そう思ったのは秘密である。

「…仙蔵くん、何言ってるの?おばちゃんに子供なんている訳ないじゃない」
「、」

隣に居た喜八郎がむっとしたように眉を顰めているのが気配で伝わってきた。
今にも何か言おうとするのを肘で小突いて止める。

「アンタ、何のつもりなの、おばちゃんの娘だなんて言って。…もしかして逆ハー狙ってるの?」
「……逆ハー?」

聞きなれぬ言葉に疑問符を浮かべると、ぼそりとした声で「逆ハーレムの略のことだよ。乙女ゲームなんかでよく使われる言葉」と隣から聞えてきた。
…ハーレムの逆。…女の子が男の子にモテモテ…ってことでいいんだろうか。逆ハーという言葉の意味は理解できたけど、何故喜八郎はそんな言葉知ってたんだろう…。は、もしかして喜八郎は乙女ゲームとかして…?
そんなことを考えていると、喜八郎に頭を叩かれてしまった。変なことを考えていたことがバレてしまったようだ。エスパーかこんちくしょーとか思いつつ喜八郎にじと目を送っていたが、少女のいる方向から殺気を感じ視線を少女に戻した。
…何の話だっけ?…あー、お母さんに娘がいる訳ないとか逆ハー狙ってんのか、だっけ?…バカらしい。

「何を言ってんだか全くわかりませんが、私はちゃんと母の娘です。法律上だって、ね」

室町時代から帰ってきたの、だから戸籍あるかわかんなーい☆なんて人よりよっぽど説得力のあるもんがな。

「それから、貴方の留まる所が何故私の家になったかについて説明させてもらいますけど、まず確認しておきたいことは、ここが男子寮ということです」
「ちょっと、何勝手に話進めてるのよ…!」
「あー、すいません。ただ、貴方の話に付き合っていたらいつまで経っても話が終わらないと思ったもので。とりあえず説明聞いてもらえませんか?その説明を聞いてわからないことなり反論なり文句なりがあるなら言ってくれればいいんで。悪いんですけど、ここにいる全員にそれなりに予定、というものがあるんです。貴方のためにいつまでも時間を割くことはできません」

みんなの前世を知ってるの☆だかなんだか知らないが、それだけでこの人のために予定全てをキャンセルしてまで時間を作ってあげようと思う人はそういないだろう。ってか、こうして立花先輩に緊急収集掛けられた時点で既に迷惑掛けられてるしね。
これ以上、意味のわからない主張を聞いて時間を無駄にはしたくない。
私が一気に言い過ぎたせいか、きょとんとしている少女。まだ理解できてないようだけど、黙っているのはとても都合がいいので話を続行させてもらう。

「では、話に戻ります。ここは男子寮である、そのことはわかってもらいましたかね?…男子寮であるということを理解してもらったら常識でわかると思うんですが、女性の宿泊は後法度です。泊めた寮生は退寮させられるでしょう。そのことを知っていてわざわざ貴方を泊めると思いますか?…答えはノーです」
「……、」
「本来ならば寮監である先生に頼み、貴方の待遇について大人な処置をしていただくべきなんですが、残念ながら今寮監は出張に出ていて寮を不在にしています」
「…ちょっと、」
「何ですか?後少しで説明終わるんでもうちょっと待っていただけます?……で、あー…どこまで説明したっけなー…。…そうそう、本来なら貴方の身柄は先生に頼んで判断していただくんですが、その先生は不在である。そして本人である貴方が寮生から離れたくないと言う。寮生である皆さんが精神的な支えであるから、と。ならばどうするか。…本来なら貴方の希望なんて考慮する必要、私達には全くありません。ですが、考慮するならば渦正寮生と一番関わることの多いであろう立場の私の近くにいるのが一番ベストなのではないかと考えました」

本当、貴方が何者だか知らないけど、私達には貴方の希望を聞いてあげる義理も義務もないんだよ?その辺わかってるのかこのアマ。…おっと失礼。つい口調が荒くなってしまった。

「私の家で寝泊りするというのなら多少の面倒を見ることを保証します」

…めんどくさいけど、私が連れて来ちゃったようなもんだしね。私の責任だというのなら最後まで面倒を見なくては。

「私がバイトに行くときに、ついてくるというのも……多少手伝ってもらうかもしれませんし、私に迷惑を掛けないというのなら黙認します。現実的に考え、貴方が渦正寮生と離れずに関わっていける道として私の家に居候するのがベストというのはこういう理由からです。私のバイトについてくれば、少なくとも朝食、昼食、夕食の際に何らかの交流ができるでしょう。…勿論、貴方が他の考えがあるというのならその通りにして下さって構いません」

私だって、居候させずに済むならその方がずっといい。
でもね?代案もないのにその案は気に食わない、ってキャンキャン吼えるだけってなら、やめてもらっていいかしら?ものすっごい耳障り。
どんなに余裕ぶっていても、私も少々苛立っていたようだ。二の句の告げない少女に、つい嫌味ったらしくニッコリとした笑みを向けていた。






「…と、いう訳なんです」
「それはまた…」
「面白いことになってるねー」

長話をしたせいで乾いた喉をお茶で潤しながら、二人の言葉に苦笑いを返す。…うん、面白いっていうよりは可笑しなの方が正しい気がします。でも、雑渡先生的には面白いであってるんでしょうね。
その後「伊作くんにも色目使ったりして」発言が出たりする訳だが、そこまで話す必要はないだろう。ってか、話したら雑渡先生辺りが爆笑しそうだ。「え、色目?沙代ちゃんが?」みたいに。

「それで?どうだった、その子と過ごした一夜は?」
「…雑渡先生、言い方が何だかおかしいです」
「え?そう?それは尊奈門が変な風に捉えるからじゃない?」
「な!そんなこと…!」
「それが、もっとおかしなことになりまして」
「おかしなこと?」
「はい」

尊奈門さんと雑渡先生の掛け合いを途中でぶった切りつつ、頷く。

「鉢屋先輩が、一緒に私の家に泊まると言い出しまして」
「は?」
「え?」

二人の信じられないという顔に、私はそれが事実であると言う意味を込めて真剣な顔で頷く。これは私にとっても予想外この上なかった。

「他の渦正寮生は大反対したんですが、私と得体の知れない女を二人きりにするのは不安だ、誰かがその女を監視すべきだって言い張りまして」
「…でも、女二人の家に男が一人転がり込むっていうのは…」
「他の人にもそう指摘されたんですが…」

「私がコイツ相手に欲情するとでも?…ハッ」

鉢屋先輩の発言は当然のものだと思うし、別に文句がある訳じゃないけど、あの鼻で笑った“バカ言わないで下さいよ、そんなことこの世が滅びたとしてもありませんよ”とでも言いたげな見下した瞳を思い出す度にイラッとする。
内心にイラッとした感情を隠すと代わりにため息が漏れた。

「私や川井さんに対して欲情することはありえない、と。ついでに言えば、自分の監視としてだということを知らない川井さんが大はしゃぎしながら賛成しまして」

――三郎くんが一緒なら寂しくないわっ

うきうき弾む声が容易に頭の中に蘇る。鉢屋先輩を泊めないと言ったらまたうるさく騒ぎ出すことが何となくわかってしまったし、そもそも殺気の篭った目で“わかってんだろうなおんどりゃ”ってな具合に見られれば抵抗する気も失せるというもの。
結局私が折れるという形になった。

「私のアパートはそんなに多くの部屋がある訳ではないので、とりあえず私の部屋に私と川井さんが。ダイニングキッチンに鉢屋先輩が寝ました」

お母さんの部屋にはとりあえず誰も居れなかった。本人不在で、本人に許可ももらわずにその部屋を使うということに抵抗があったからだ。ついでに言えば、お母さんの部屋にはお母さんの通帳やら何やらもあるので、万が一にでも盗まれたら困るからだ。私の部屋にある貴重品も、今日中にお母さんの部屋に移そうかなーと考えている。…まぁ、部屋に鍵が掛けられる訳でもないし、金庫がある訳でもないからあんまり意味ないのかもしれないけど。

「大丈夫なのか?…その…、いろいろと」

尊奈門さんの気遣わしげな瞳に私は思わず頬が緩む。――本当に優しい人だ。

「はい。三人分の食事を用意するのがちょっとめんどくさいなって思うくらいです」

私がこんな話をした理由。それは雑渡先生にお馴染みの「なんか面白いことない?」の問い掛けに答えるためでも、二人に同情してもらうためでも労ってもらう訳でもない。
…念のための、保証のためだ。
なのにこんなに心配してもらうなんて、逆に申し訳なってくる。そこが尊奈門さんの素敵なところなんだけど。
雑渡先生は私が話したことの意図をわかっているのだろう。頷きながら私の望むことを言ってくれた。

「話はわかったよ。確かにちょっと特殊なことが起きているようだね。私だったら、すぐにその“川井あいら”という少女を精神病院にでも少年課にでも適当に引き渡すけど」
「私達もできるならそうしたかったんですけど、その辺がよくわからなくて…」

一旦通報したものの、「こちらでは預かれません」とか言われて身柄を返されたりしたら川井さんにぐちぐち言われるのが目に見えてしまう。むしろ、ぐちぐち言われるくらいで済んだらまだマシだと思う。

「…まぁ、それにしても沙代ちゃんはしっかりしてるよね。そういうとこ、嫌いじゃないよ」
「…ありがとうございます」

私の頭を撫でる大きな手の平に、苦笑いしか返せない。
私の意図を知ってても、それでもなお優しくしてくれるなんて。
――保証。…言い換えれば利用しているとも言えるのに。

もし事件や何かが起きてしまったとき。
未成年の勝手な判断ばかりが招いてしまったときの、世間の反応はとても冷たい。
“大人に相談すればよかったのに”
相談しなかったんだから自業自得だって言われてしまうかもしれないし、事後にどれだけ“こういう事情だからこういうことが起きたんです”って説明したって信じてもらえないかもしれない。後からなら、幾らだって言い訳はできるから。
私達が多少責任を取らなくてはいけない事態になるかもしれないし、本来なら保護を受けられるはずが受けられなくなるかもしれない。
何があるかはわからないけど、とりあえず何かが起こってからでは遅い。
後二週間で土井先生が帰ってきて、川井さんの今後についての判断は任せるつもりでいるけど、でもそれまで私達がどういう風に考えてどういう事情でどういう行動を取ったのか。それを誰かに知っておいてもらうというのは絶対に必要だ。
念のための保証。その証人に私は雑渡先生と尊奈門さんを選んだのだ。…もし本当に何かが起きてしまったとき、二人に迷惑を掛けてしまうというのに。

「沙代ちゃん」

暗い顔になっていたのだろうか。雑渡先生の呼びかけに顔を上げると、とても優しい雑渡先生の瞳と目が合った。

「私達は沙代ちゃんに頼ってもらえて嬉しいよ」
「!」
「もし何か困ったことが起きたら遠慮せずに言うんだよ」
「そうだぞ!沙代は俺達の研究室の仲間も同然なんだから」
「雑渡先生、尊奈門さん…」

二人の温かい言葉に、不意に涙腺が緩みそうになった。顔を歪めて緩む涙腺に抵抗していると二人が笑ったのが空気で伝わってきた。

「沙代ちゃんはちゃんと警戒心も持っているし、目の前で起こっていることを冷静に分析することもできる。だから大丈夫だとは思うけど、川井あいらという子……あまり油断したりしないようにするんだよ」
「それから鉢屋にもな」
「ふっ、はは。はい、わかりました。ありがとうございます」

尊奈門さんの付け足しに思わず笑ってしまう。
雑渡先生の口振りが川井さんのことを知っているようだと――…その小さな違和感には気付かずに。


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