食堂 | ナノ

その夢は、小さな頃から見ていた。頻度は高くない。思い出したように時折見るのだ。
時代劇で見るような古い建造物。水色や萌黄や青紫の服を着た人達。顔などの詳細をはっきりと思い出すことはできなかったが、その夢は、ただただ温かかった。穏やかで、幸せを絵に描いたよう。その夢を見た日は、いつもよりいい日になるような、そんな夢。

けれど、最近、その夢が形を変えてきた。

たまに見なかった夢は、頻繁に見るようになり、いつも温かく穏やかだった夢は、冷たく憎悪が紛れてきた。
何が原因なのか、私にはわかるはずもない。深層心理で何かが働いているのだろうか…。

滝夜叉丸には、一つ気になることがあった。
いつもは、思い出すことのできない夢の中に出てくる人の顔。
しかし、最近変わり始めた夢によく出てくる女の人――その人の顔だけは焼きついて滝夜叉丸の中から離れなかった。

“夢”
そんなあやふやで不確かなものに自分が振り回されていることに、滝夜叉丸は我ながら呆れていた。
しかし、そうは考えてはいても、気が付いたらその夢のことを考えてしまっている自分がいる。ただでさえ、最近はその夢のせいで夢見が悪く寝不足なのに、夢のことを考えてさらに上の空になってしまう。今日、仙蔵から「全員今すぐ帰って来い」というメールが来たときも、上の空なのを注意されていたせいですぐに帰ることができなかった。
それでも自分の意識はいつの間にか、夢へと引き寄せられている。しょうがないと滝夜叉丸の中でも半分割り切り始めていた。

――…でも…、

考えてばかりいるせいなのか、それとも直感なのか。滝夜叉丸はここ数日で、一つの考えが形になってきていた。

――あの女が、原因…のような気がする…。

温かさが失われてしまった夢。その鍵となるのがあの女のような気がしてならなかった。





「…あ、平。平も今帰り?」
「善法寺先輩。はい、いろいろあって今帰って来れたんです。」
「そうなんだ。…でもよかった。仙蔵の呼び出しに遅れていくの少し勇気がいたんだ。一人じゃないって心強いよー。」

寮の入り口で、善法寺先輩と偶然にも鉢合わせる。善法寺先輩の言葉は、自分との心境とも合っていたので、何も返すことができず苦笑いだけを浮かべる。
二人並んで食堂へ向っていると、何か…喚くような声が聞こえてきた。女が騒いでいるような…、…でも聞いたことのない声だ。男子寮である渦正寮に女なんて、食堂のおばちゃんか木村くらいなものなのに。
もしやそれが、呼び出しの理由なのだろうか…。善法寺先輩も同じことを考えたようで、二人して目を見合す。

「何でよ!何でこんな意味わかんない女のとこに行かないといけないのよ!嫌よ、私嫌っ!」

食堂に入ると、木村に向って何かを叫んでいる女。女は背を向けているから顔を見ることはできない。潮江先輩が、騒いでる女を落ち着かせようとしているのが伺えた。
善法寺先輩が状況を聞こうと、食満先輩に話しかける。

「留三郎、何この状況…?」
「…それが…、俺にもよく…」
「!伊作くん!?あ、滝夜叉丸くんも…!」

顰めたはずの善法寺先輩の声が聞こえたのか、くるりと振り返り笑顔を浮かべる。美しい、そう感じるはずの笑顔に、その場から動けなくなるほどの衝撃を受ける。

…夢に、出てきた女…だった。

一致するはずはない、所詮夢の中の出来事でしかない。そう思っていた自分の考えを根本から否定する存在。それが目の前に現れたのだから、受ける衝撃はとてつもなく大きいものだった。

「わー、滝夜叉丸くん相変わらずきれいだね!伊作くんも、カッコいい!」

はしゃぐ女が、現実のものだと思えない。ふと、目に入った善法寺先輩が、傍目にわかるほど真っ青になっていた。

「善法寺先輩…?」
「伊作?大丈夫か?」

それに気付いたのか木村と食満先輩が、善法寺先輩に駆け寄る。
木村が近付いたことに、女が不快そうに顔を歪めた。そして、すごい目で木村を睨む。…木村に気にした様子は一切ないが。
真っ青になった善法寺先輩は、すぐに食満先輩に連れられて自室へと帰っていった。
ただでさえ、混乱していた食堂は、その騒ぎでさらに落ち着きをなくしていた。
私はというと、状況についていくことができていなかった。一体、今、何が起きているのだろう。あの夢は何なんだろう?夢に出てくる女が、今こうして私の前にいる意味は…――?
何一つ答えなど出ない。

「何なのよ、あんた。さっきからでしゃばってきて。伊作くんにも色目使ったりして。」
「…………え。…もしかしなくても、私のことですか?」
「あんた以外に誰がいんのよ。ふざけないで。」
「…ふざけたつもりは一切ないんですが…。」

いつものように、見慣れぬ人から見たら無表情で――見慣れた人から見たら呆れた表情で――木村は受け答えする。その淡々とした様子が、女の癪に障るようで、ますます女はイライラしていった。
今にも歯軋りしそうな勢いで木村を睨みつけていたが、ふと何か思いついたような表情をした途端笑顔を浮かべた。

「いいわ、あなたがそのつもりなら、私もそれ相応の対応をさせてもらうわ。」

“もう一回……てあげる”


美しく弧を描いた唇に、きれいな指を乗せ、甘言を囁くように告げた女。

――夢と、重なった気がした。


111113
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