食堂 | ナノ

「こんなところで何をしているんだ?」

そう聞いた潮江先輩の行動は迅速で、かつ正確なものだったと思う。
私から目の前の少女が倒れていて、鉢屋先輩の知り合いらしいと大まかな事情を聞き、鉢屋先輩のこんな人知りませんという主張もちゃんと聞く。その上で、少女の話を聞こうとしたのだが、少女は潮江先輩の顔を見るなり、騒ぎ出した。

「わぁ、文次郎くんだぁー!…忍び装束じゃない文次郎くんって何だか変な感じがするけど…、でも、やっぱりクマがあるんだねぇ。」

クスクスと笑いながら、潮江先輩の顔へ手を伸ばす様子は、先ほどまで泣いていた面影など欠片もない。切り替えの早さに驚くべきなのか、それとももしやさっきのは演技だったのかと疑うべきなのか…。答えはわからないが、私の心情を表すとしたら、呆れ以外の何物でもないだろう。やんわりと手を避けている潮江先輩を眺めながら、そんなことを考えた。



そして、今現在、食堂。
鉢屋先輩同様、少女に見覚えのなかった潮江先輩は、少女がこのままでは帰らないことを何となく察し、事情を聞くことにした。外で長話というのもあれなので、寮の、それも寮生以外の入室も許可されている食堂で話すことにした。
さらには、寮生全員を集める。
寮の監督者である土井先生と年長者である山田先輩の不在というときに起きた不測の事態に対して、潮江先輩は取りえる限りのことをしたのではないだろうか。咄嗟にここまでの判断ができることに感心してしまう。さすが潮江先輩だ。
何人か不在ではあるが、大体の人が集まったところで、潮江先輩が代表して集まった面々にいちいち目を輝かせる少女に話しかけた。

「…で?君はどうしてあんなところで倒れてたんだ?」
「どうしてって言われてもなー…。あいらにもわかんないの。三郎くんと約束したところまでは覚えてるんだけど…。」
「…鉢屋、お前「だから、俺は知りませんって。」
「あ、三郎くんって言っても、こっちの三郎くんじゃなくてね、あっちの三郎くんが、なんだけど。」
「…は?」

その言葉は誰が溢したのか。
それはわからないけど、溢したのが誰でも構わないくらい食堂にいる全員の気持ちを表していた。
こっちの三郎くんに、あっちの三郎くん…?この調子だとそっちの三郎くんまで出てきそうだが、…鉢屋先輩が三人とか、軽く悪夢だ。
想像しているのは私だけではないのか、ちらほら深刻そうな顔してる人がいる。竹谷先輩なんか青ざめてる。…それはそれで鉢屋先輩に失礼な気がしなくもないけど。
怪訝な顔をしたことに気付いたのか、美少女は困ったように眉を下げたどたどしく説明を始めた。

「えっと、今まで私がいたところの三郎くんって言えばいいのかな…。…最初から説明するとね、私、今まで室町時代にいたの。」

しょーげきのてんかいとはまさにこのこと。

食堂に走った衝撃には気付かず、少女は話すのをやめない。

「…いや、元々はここと同じように…平成の世に住んでたんだけど、ある日気が付いたらタイムスリップしてて。今まで“忍術学園”ってところで食堂のお手伝いをしながら生活してたの。それで…、忍術学園にはみんなにそっくりで同じ名前の……同じだよね?…多分同じ名前の人達がいたの。もしかしたら、前世ってヤツかもしれないわ。その、室町時代の三郎くんが、“元いた世界に帰ってください”って。私、みんなと離れたくないから嫌だって言ったんだけど、“絶対に会いに行くから少しの別れですよ”って言ってくれて…。それで目が覚めたら、あそこにいたの。」

…………どうしよう、彼女の言ってることの半分も理解できない。
言語は同じ日本語のはずなのに、なぜだか目の前の少女が宇宙人か何かに思えてならない。まさか本当に宇宙語?…誰か、翻訳プリーズ。

「救急車呼びましょうか?黄色いヤツ。」

わお。喜八郎ってば、みんなの心の内を代弁したけど、ちょっと表現がストレート過ぎやしないか。

「……はぁ。何だ、ではお前は、室町時代からタイムスリップしてきたとでも?」
「うん。」
「………。…帰るところは?」
「…わかんない。多分…、ないんじゃないかな…。」

目を潤ませ、俯いてしまった少女。小さく肩が震えていて、彼女の心細さを物語るようだった。

「私、ここにいたいわ。今の私には見知った人なんていないし…。でも、みんななら…直接知ってる訳じゃないけど、でもやっぱり親近感があるって言うか…、安心できるの。…ここ、寮なんだよね?なら、私食堂のお手伝いとかするから!あっちでもやってきたから、きっと役に立つわっ。」
「…集合。」

少女の言葉には答えず、立花先輩は収集の声を上げた。その声に従い、食堂にいた男性陣は一箇所に固まり出す。この状況をどうするのかを相談しているようで、こちらからは聞こえないようにひそひそと話している。
果たして私もその相談内容を聞いていいのか、少女を一人で残していいのか、いろいろ考えたものの、無関係ではないのでこっそりと近寄っていく。

「どうする、あの女。」
「気狂いとしか思えないんですけど。」
「警察に届けますか?」
「いや、あんなんじゃ、警察もまともに取り合ってくれないだろう。」
「未成年っぽいし、どっかで保護してもらえるんじゃないですか?」
「…いや、でも、あの話が本当だったら、もしかしてあの人の戸籍とかってないんじゃ…?」
「え、何、お前信じてんの、あんな与太話。」
「嘘か本当かはともかく…、…もし本当だとすると保護してもらうなんて無理だな。」
「その場合どうなるんですか?」

…やはりと言うべきか、話し合いは混乱を極めていた。

「あの、」

後ろから声を掛けたせいか、全員がすごい勢いでこちらを向いてきた。

「とりあえず、私の家に置いておく、と言うのはどうでしょうか?」
「…は?」

元を正せば、私が声を掛けたことが原因なのだ。面倒なことに関わりたくなんかないけど、でも、面倒事を運んできてしまったことに多少の罪悪感もある。責任も多少取らなければ。

「こういうときは土井先生に判断を仰ぐのがいいんでしょうが、土井先生はあいにく出張中。土井先生や山田先輩が帰ってくるのは、2週間後…でしたっけ?母もその間、偶然と言うのか不在ですし。あの女の子の言うように寮に住まわすのは…、男子寮としては問題になりそうですから得策とは言えませんよね。」

私のように、期間限定で住み込みのバイト、とかならわかる。それに私の場合、きちんと学園側から正式に雇われていた訳だから、もし何か問題になっても責任を問われるのは学園になる。けど、無断で寮生が女の子を住まわせたりなんかしたら…。
…いい展開にならないことは確かだ。

「でも、その点、私の家に置いておくのなら、問題にはなりませんし。」

責任も取れるし、女同士だし…、少なくとも男子寮に置いておくより、よっぽどマシだろう。

「いや、それは反対だ。」
「…何でですか?」
「身元もわからないヤツと暮らすなんて危ないとは思わないのか。」

…そんなこと言われても女の子だしなー。背も私より小さくて、年下っぽくて、…どう見てもか弱そうな女の子では、到底危機感なんて感じれない。
私の無言をどう取ったのか、全員からため息を付かれてしまう。…なんでだ。

「…これ以外に、私には策は思い浮かびません。私への配慮はいらないんで、検討してみてください。」

私がこの言葉を…、そして珍しく親切心なんかを出したことを激しく後悔するのは数時間後のこと。


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