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人には現実を受け入れたくなくても直視しなければならないときがある。
何となく、ぼんやりと気付いていて、でもそうであって欲しくないなーと願うが故に確認をしてぼんやりと気付いていたことがはっきりと現実になるのを恐れる。しかし、それでも現実を直視しなければならないときがあるのだ。

「なー、次屋ー」
「んー?」
「後、どれくらいで三年一組に着く?」
「もうちょっとだよー」

…それ、つい五分前にも言ってたぞ。
心の中で呟く。階段を上ってその後、次に見えた距離にしておそよ100mもしない距離の階段を下りた辺りでおかしいなとは思った。だって、後ろ向けばさっき上った階段が見えるんだぞ?それなのに何故上ったし。上る意味が全く見当たらないぞ。いや、もしかしたら大川高生にしかわからない事情があったのかもしれない、そう自分に言い聞かせるも頭に浮かぶのはついさっきの次屋の言葉。

「左門はさ、“決断力のある方向音痴”って呼ばれて、校内じゃちょっとした有名人なんだ」
「はぁ?決断力のある方向音痴ぃ?」
「うん。道に迷っても、迷わずに進む。“進退は疑うなかれ”。アイツの口癖」
「……それは…何と言うか…」
「大変でしょ?左門のせいで俺まで迷子紐つけられたりしてさー」
「迷子紐…?」
「作兵衛…、俺達の友達なんだけど、左門が変なとこ行こうとするとベルトのところにつけた紐を引っ張るんだ」
「その迷子紐で、次屋も一緒に引っ張られるってことか?」
「そー。何でか俺まで一括りに紐つけられちゃってさー。これが結構邪魔なんだよねー」
「ふーん…」


あの時は、いつもつるんでるからって一緒にまとめちゃうとか“さくべえ”とやらは随分と大雑把だなーと若干の違和感とともに感じただけだった。
でも、今ならその若干の違和感の正体がわかる気がする。
ねぇ、どんなに大雑把な人でもさ、わざわざいい体格した男子学生を引っ張る紐を引っ張る必要のないヤツにまでつけたりする?無駄な労力にもほどがあるよね?
もしかして…もしかしなくてもさ…

次屋も“引っ張らないといけなかったから”迷子紐つけてたの…?

「次屋ってさ、」
「彼女はいないよー。好きなタイプは“束縛しないぼんきゅっぼんなお姉さん”」
「聞いとらんはんなこと」
「ごめんって。ぼんきゅっぼんじゃないからって怒らないで」
「……、…あのさ、お前、人から“方向音痴”って言われたりするか?」
「何、唐突に」
「素朴な疑問」
「変な疑問。……まぁ、よく言われるけど」
「、言われるのか」
「うん。左門が“決断力のある方向音痴”で俺が“無自覚な方向音痴”なんだってさ。失礼しちゃうよねー」

やっぱりね。
頭の中に浮かんだ言葉はまさにそれだった。やっぱりね。おかしいと思ったよ。無意味に階段上ったり下りたりしただけじゃなくてさ、コイツたまに立ち止まってはどっちにしようかなーって呟いてたりしたもんね。やっぱりか。そうだよね、やっぱりね。うん、やっぱりな。………まじか。

どうしようか、これから。約束してた訳じゃないけど、早く行ってやらないと孫兵がしょんぼりするような気がする。揶揄でなく、大袈裟に言ってる訳でもなく。ジュンコ達のことを調べたと輝く瞳で報告しに来ただけでなく私にも見に来て欲しいと言ったくらいだからさぞかし自信作の展示なのだろう。それを見に行けないとかってなったら…、…うん。ね。まずいことは目に見えてるよね。
あーどうしよう。このまま次屋の後ついてっても着くかどうかが大変怪しい。それくらいなら、パンフレットに載ってる地図に頼って自分で三年一組の展示場を探した方がいいよな気が…。

「あっれ、おっかしいなー」
「?」

どうやってこの無自覚方向音痴に頼らずに目的地に着くかを考えていると、次屋が突然足を止めた。思考に夢中でただ後をついて歩いていた私は見事に次屋の背中に鼻を打つことになった。

「どうした次屋。もしかして着いたのか?」
「いやー、それがさー、三年一組が迷子になってるみたい」
「…はい?」
「だからー、三年一組が迷子になっちゃったみたい。ここにあるはずなんだけど…、…困ったなー」

開いた口が塞がらないとはこのことだろう。何言っちゃってんのコイツ。え、電波?電波なの?それとも妖精さん?…天然…とか言われてもコイツは全く可愛くないので天然は認めない。

「次屋…。お前って頭弱かったんだな…」
「は?」
「無機物はな、移動したりしないんだぞ?だから、迷子になったりなんかしないんだぞ?」

迷子になるのは、生き物だけです。
この場合、迷子になったのは三年一組ではなく、貴方なんです。

「…ちょっと、何かよくわかんないけど馬鹿にしてない?」
「してないしてない。こんなに優しく諭してあげてるではないか」
「それが馬鹿にしてる…」

むっと眉を寄せて言葉を重ねようとした次屋の声は、第三者の声によって遮られた。

「三之助ー!やっと見つけたぞコラァ!どこほっつき歩いてやがった!」

荒々しいその声の主が、まさか救世主になってくれるとは。


130310
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