食堂 | ナノ

「沙代ちゃーん、あっそびまっしょー」

タカ丸は間延びした声でそう声を掛けると、一ヵ月という期限で与えられている部屋の主の返答を待たずにその部屋のドアを開けた。
そして目の前の光景を信じることができなくてぽかんとする。
それは、後から着いてきていた滝夜叉丸、三木ヱ門、喜八郎も同じだった。

「…え、誰、この子…?」

いつもなら返答をする前にドアを開けたことに対して不愉快そうな視線を送る部屋の主の姿はなく、代わりに部屋の中央にちょこんと座っているのは小さな女の子だった。
五歳…くらいだろうか?もしかしたらもう少し幼いかもしれない。

「…お兄ちゃんたち、だれ?ここ、どこ?ママはどこ?」

じっとタカ丸達を見上げていた女の子の瞳には、みるみる内に涙が溜り始めた。
状況は、聞かれたタカ丸達にだってわからない。わかることといえば、このまま放っておけば後数秒もすれば女の子が泣き出すだろうということだ。状況もきちんと理解していない、女の子が誰かもわからない。そんなときにどうやって慰めていいのか見当もつかないタカ丸、滝夜叉丸、三木ヱ門はわたわたと慌てることしかできなかった。
そんな状況の中、動いたのが一人。

「…ほ、」

喜八郎が、女の子を抱き上げた。
喜八郎の行動に、他の三人は驚きを隠せない。特に中学から付き合いのある滝夜叉丸は信じられないとばかりに目を見張った。…いつもなら、泣いている子供がいてもその横を無感動に通り過ぎるようなヤツなのだ。しまいには、「何あの子供。うるさいし鼻水と涙でベトベト。汚いんだけど」などと容赦ない暴言を吐いたりするようなヤツだ。…それが、自分から子供に近寄っていき、おまけに抱き上げた?そんな、まさか?
滝夜叉丸は混乱した。そんな滝夜叉丸の心情など知らぬ喜八郎は、抱き上げた女の子をあやすように上下に優しく揺すってやっている。そして、何事かを女の子へ囁いてやる。

喜八郎に何事かを囁かれた女の子は、弾かれるように喜八郎の顔を見た。その顔にはもう涙は浮かんでいない。むしろ警戒心が解け、好奇心を隠すことのできていない生き生きとした表情になっていた。

「お兄ちゃん、ママの知り合いなの?」
「…うーん、ママの知り合いではないかな。けど、君のことは知ってるよ」
「沙代の?沙代、お兄ちゃんと会ったことあるの?」
「うん。…沙代はまだ知らないだろうけどね」

喜八郎の行動をとりあえず見守っていた三人が、その会話を聞いてようやく言葉を発した。

「喜八郎、お前その子と知り合いなのか?」
「そうだ、今の状況はどういうことなんだ」
「………ってか、あれ?その女の子、さっき自分のこと“沙代”って言ってなかった…?」

タカ丸の発言に、滝夜叉丸と三木ヱ門もはっと気づく。そうだ、確かにそう言っていた。
三人の動揺を知ってか知らずか、喜八郎はいつものように平坦な調子で言った。

「うん、この子は沙代だよ。……小さい頃のね」

数秒後、三人の驚きの声が渦正寮に響いた。



「…だから、僕にも事情はわからないって」

小さな沙代を膝の上に乗せたまま、喜八郎は三人の途切れることのない質問にうんざりとした表情を浮かべた。

「ただ、小学生の頃の沙代とそっくりだったから、小さい頃の沙代なのかなって思っただけ」

そう平然という喜八郎には、今の状況が現実的におかしいだとかそういう感覚はないらしい。滝夜叉丸と三木ヱ門は痛む頭を押さえ、ため息を吐いた。
タカ丸はというと喜八路と同じく今の状況に順応しつつあった。「ちっちゃい沙代ちゃんの髪、今よりほそーい。ふわふわー」と髪を触りながらご満悦だった。
異性の部屋ということで少し躊躇われるが、滝夜叉丸は部屋を見回した。せめて何か、原因は掴めないだろうかと。

物が少なく、最低限の物しか置かれていない生活感の薄い部屋。それは期間限定であるからであろうが、そんな必要最低限の物しか置かれていない部屋の中で、一つの箱が滝夜叉丸の目に留まった。

「…何だ、これは」

落としてしまったのであろうか。一つの箱が床にひっくり返っていた。近くに美しい絵柄の描かれた蓋も転がっていた。
箱を拾ってみると、下から何やらドレスが出てきた。箱の容量からして明らかに入らないだろうドレスが、箱を持ち上げた瞬間に出現したのだ。滝夜叉丸は驚きの声を上げてしまいそうになった。
滝夜叉丸の様子に気づき、三木ヱ門もその箱を覗き込む。

「…木村の部屋には、随分と似合わないな」

滝夜叉丸と同じ印象を受けたのであろう。どう見ても、その箱は生活に必要なものには見えない。ならば、思い出の品とかであろうか。首を傾げるしかない。

「あ、きれいなドレス!」

二人が首を傾げあれこれ考えていると、小さな沙代が指を指しながら声を上げた。その声にタカ丸もやってくる。「ホントだー。可愛いドレスだねー」ほわほわと沙代の言葉に同意した。

「これ、もしかしたら沙代ちゃんのサイズにぴったりじゃない?」
「ほんとう!?わー、きたいきたい!」

ドレスを持ち上げ見ていたタカ丸の言葉に、沙代は嬉しそうに笑みを浮かべて騒ぎ出した。衣服に…おしゃれに興味を示す木村…。滝夜叉丸と三木ヱ門の胸を何故だか複雑な気持ちが過った。
タカ丸は、沙代の希望通りにドレスを着つけてやっていた。そしてさらに、ドレスに合わせて髪の毛も弄ってやる。沙代のドレスアップは、あっという間に終わった。

「どう、どう?にあうー?」

鏡越しにいろんな角度から自分の姿を見て、沙代はキラキラとした瞳で四人を振り返った。

「似合う似合う。ちょーかわいいー」
「…喜八郎、お前は何でそんな棒読みでしか言えないんだ。…木村、よく似合っているぞ」
「あぁ、本当に。見違えたぞ」
「まるでお姫様みたいだよねー」

四人の言葉に、沙代はくすぐったそうに首を竦めるが、その表情は嬉しさを隠し切れていなかった。

「おひめさまみたい?…えへへ、ありがとうー」
「…沙代ちゃん、お姫様好きなの?」
「うん!ママがね、沙代にもいつか沙代だけのおうじさまができるよって言ってたからね、沙代、そのおうじさままってるの!」

え、何、実は木村って王子様とかに夢見るタイプだったのか…。意外だ…。いやでもこれは小さい頃の木村であって今でも王子様を信じてるとは限らないよな…。このまま純粋に育って欲しいような、欲しくないような…。って言うか今、すごく木村に悪いことしてる気がする。すまん、木村…!
「へぇー、そうなんだー」とタカ丸に頭を撫でられ笑っている沙代を見ながら、そんなことを悶々と考えていた人がいたとかいないとか。




「はしゃぎ疲れて寝ちゃったみたいだねー」

タカ丸さんが、ベッドに寝かせた沙代の顔に掛かった髪をどかしながら三人に言った。
小さな沙代が寝付いた。ということで、現状把握とこれからどうすればいいのかを話し合うために円形に座っていた。タカ丸がその円の中に加わり話し合いは始まった。

「…さて…。…どうしましょうか」
「…どうしようかって言われてもな…。どうして小さくなったのかもわからないのにその解決策を立てようなど無謀以外の何物でもないよな」
「ホントだよねー。ってか、何かお伽噺みたい。魔法掛けられたお姫様〜、みたいな?」

眠る沙代を振り返りながら、タカ丸がそう言うと、自然と他の三人の視線も眠る沙代へと向いた。タカ丸が言うように、確かに今の沙代はお姫様のようだった。あの変な箱からでてきたドレスに身を包み、髪はタカ丸の手によって緩いウェーブを描いている。可愛い寝息を立て眠る様はとても微笑ましいが、彼女の本来の年齢を知っているものからすればそれは悪い魔法に掛けられたとしか形容できない。
ぽん。喜八郎が手を叩いた。

「…どうした喜八郎。何か閃いたのか?」
「うん。元に戻す方法、思いついたかも」
「何!?何だ、どうするんだ!?」
「タカ丸さんが言ったでしょう?“魔法に掛けられた”みたいだって。お姫様の魔法を解くためにはどうすればいいと思う?」

喜八郎の問いに三人はそれぞれ考える。よくあるお伽噺。お姫様が悪い魔女に魔法を掛けられるなど、お決まりのパターンだ。ではそのお姫様を救うのは誰の役目である…?いつもどうやってお姫様を救っている…?

「まさか、お前…」
「うん。やっぱり魔法を解くには“王子様のキス”、でしょう」
「な!?」
「何を言ってるんだ、お前は!」

滝夜叉丸と三木ヱ門が一斉に喜八郎に説教を始め出す。喜八郎は煩わしそうに耳を塞いでいるが、二人はそれに気づいていない。心なしか、二人の頬に赤みが差していた。タカ丸はというと、年長者でありながら、喜八郎の発言に顔を赤くさせるとあわあわしながら三人をどうにか落ち着けようとしていた。

「…沙代、起きるよ」
「「!」」

怒鳴っていた二人に喜八郎がぼそりと呟くと、一斉に口を噤む。そして、おそるおそる沙代の方を見る。
沙代は、先ほどと構わず健やかな寝息を立てていた。滝夜叉丸と三木ヱ門が落ち着いたのを見て、喜八郎がため息交じりに口を開く。

「じゃあ何。滝と三木は沙代がこのままでもいいの?」
「そういう訳ではないがっ、…そういうことはやはり双方の合意の元にすべきであってだな…」
「要は、元に戻ったとき、木村がどう思うのかも考えてやるべきではないかと言っているんだ」

ぐだぐだと長くなりそうな言葉を遮って、三木ヱ門が簡潔に纏める。喜八郎は三木ヱ門の言葉に何か考えるように首を傾げていたが、その頭はどうやら見当違いの方に結論を出したらしい。

「…滝も三木も沙代とはキスしたくないってこと?じゃあ、僕がするからいいよ」

そのまま眠る沙代の方へと近寄っていく。それを滝夜叉丸と三木ヱ門が許すはずもない。喜八郎の肩を両側から全力で押さえる。

「いやいやいやいや、そういう話をしてるんじゃなくてだな、」
「いいじゃん別に。減るもんじゃないし。ってか、今の沙代、子供だしさ」
「子供だからいいという論理はどうかと思うぞ!むしろ一般的には子供に手を出す方が危ない!」
「そうだぞ、ロリコン!」
「ロリコンじゃないよ。だって沙代は同じ年だし」
「お前、さっきと言ってること違うだろぉお!」

思わず出てしまった三木ヱ門の心からの叫び。大声で揉めていて、寝ていられる子供がいるはずもない。沙代も身じろぎすると、「うーん」と声が漏れた。四人の身体が、弾かれたように強張る。
続いて聞こえてきたのは、ぽんっという破裂音のような音。そして視界を覆い尽くす白い煙。突然のことに驚きながらも、げほげほと咳き込む音が聞こえてくる。
ようやく白い煙が引き、視界が開けたとき、四人の目に映ったのはベッドから身を起こしている沙代だった。

「……何で、居んの」
「やった!戻った!」
「よかった、一時はどうなることかと!」
「よかったよー、沙代ちゃん…っ!」
「…………」

四者四様の反応に、不機嫌そうにしていた沙代も戸惑うしかなかった。…一体何があったというのだ?沙代は疑問符を浮かべて四人を見つめ返すのだった。






「…あれ、そういえば、何で喜八郎くんは小さな沙代ちゃんに、あんなこと言ったんだろう?」


タカ丸の感じた小さな疑問は、自分の姿に気付いた沙代が叫び声を上げたことによって吹き飛んでしまった。



120209
竹谷先輩から玉手箱もどきを没収し、処分しようと思って忘れてた主人公。誤って玉手箱もどきをひっくり返したことにより今度は自分が幼児化。
小さくなっちゃったシリーズ、夏休み中のまだ主人公が住み込みしてたときの番外編的なお話でした。
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