食堂 | ナノ

「孫兵、お茶持ってきてやった…ぞ…、」

竹谷先輩の部屋の扉を開けて、目に飛び込んできた光景に言葉が不自然に途切れる。
デジャブ――目の錯覚だと思いたいけど、あまりにもつい最近見た光景に似ていて錯覚だと思い切れない。頭が痛んだ気がした。

「あ、沙代さん。ありがとうございます」

小さな小さな男の子が丁寧に頭を下げてくれる。その声は若干舌足らずで幼さの抜けきらないものであった。

「…孫兵、…だよな?」

頭を押さえる手をそのままに、その子供へ問い掛ける。
私の問い掛けにその子は、とても不思議そうに首を傾げた。

「?はい、もちろんです」

………竹谷先輩、あの玉手箱もどき、まだ処分してなかったのかよ…。






今現在、私の膝の上に座って大人しくお茶を飲んでいるのは、竹谷先輩を訪ねてやってきた孫兵推定五歳である。
孫兵は自身の身体に起きた変化について全く気付いていなかったようだ。私が孫兵を持ち上げた瞬間すごい顔をしていた。ちょっと面白い顔だったとか思ったのは内緒だ。
そして、今回は前回二年生の身体が小さくなったのとは違い、どうやら精神年齢はそのままのようだ。だからこそ、抱っこされた瞬間にあんな驚愕した顔ができたんだろう。

精神年齢はそのまま――つまり高校三年生なので、こうして傍にいてやる必要はないような気がする。けれど、私は若干の罪悪感に襲われていた。
孫兵が渦正寮を訪ねてきたとき、竹谷先輩は不在だった。じゃあ出直しますと言った孫兵を竹谷先輩の部屋に通したのは私だ。…竹谷先輩にもし孫兵来たら俺の部屋に上げといてって言われた通りにしただけ、とも言えるけど…。やっぱり私が孫兵を竹谷先輩の部屋に通してしまったから…と申し訳なく思ってしまう。
…いや、よく考えたら私とか孫兵が悪いっていうより、竹谷先輩が未だに不審な箱を処分してなかったっていうのが一番悪いんだけど。
あんな目に遭って、何故まだ処分してないんだ。意味わからん。

念のため、こうして孫兵といるものの、やっぱり精神年齢が高いだけあって全く手が掛からない。
だからか、心の中は竹谷先輩への毒に埋め尽くされつつあった。

「沙代さん、」

そんなときに、声を掛けられ我に返る。孫兵が顔だけ私の方へ向けていた。小さくなっているせいで、自然と上目遣いになっている。くりくりの目がますます大きく見える。…ってか、可愛い。二年生のときにも思ったけど、小さい子って可愛いんだな。本当、私にも母性本能があったんだ。母性本能があることを信じきれない自分がいたんだけど、前回のことと今回のことで、自分でも認められそうだ。

「ん?どうかしたか?」

無意識に手が伸び、頭を撫でていた。…多分だけど、表情も若干柔らかい。

「あの…、…えっと…」

じっと私の目を見ていたのに、口を開くと急におどおどし始める。頬に赤みを差し視線をさ迷わせる様子は不審人物……ではなく恋する乙女のようだ。
…えっと、これは…何か言いづらいことでもあるのだろうか?時間はあるし、その様子さえも可愛く見えてしまうから、頭を撫でながら孫兵が言い出すまで待つことにする。

「ぼく…、沙代さんのこと好きです…」
「…え」

ようやく言ったと思ったら予想外の告白。思わず呆気に取られてしまう。
横目で私の反応を見ていた孫兵は、慌てたように言葉を続けた。

「だって、その…、ジュンコのこと、きらわないでくれました。避けないでくれました。ジュンコのこと、怖がらないでぼくのところに連れてきてくれました。それに、ジュンコのこと心配してくれました」

上手く回らない舌ながら、頑張って話す孫兵。「あと…」とまだまだ続くようだ。
しかし…、見事にジュンコ中心の考え方だな。…いや、孫兵がそういうヤツだって知ってるし、そんなに絆の強い存在がいるってことを羨ましくも思ってたりするんだけど…。ジュンコを助けたくらいでこんなに懐かれるなんて、孫兵がいつか変な人に騙されたりしないかが心配だ。…ジュンコは頭がいいから、そんな変な人間に助けられるようなヘマしないか。
そして、まぁ当然だけど、孫兵の好意が親愛であり恋愛のものでないことがわかって内心安堵していた。

未だ私に好意を抱いた理由を一生懸命話す孫兵の頭をもう一度撫でる。

「ん、わかった。ありがとう、嬉しい。私も孫兵のこと好きだよ」

真っ直ぐな親愛を向けられては、こちらも素直に返すしかない。
…本当、ジュンコに対する真っ直ぐな愛情といい、純粋というかバカ正直というか…真っ直ぐなヤツだよなー。私は孫兵のそういうところが結構嫌いじゃなかったりする。私には絶対できない生き方だと思うし。
私の言葉を聞けば、孫兵の顔がぱあっと明るくなる。うお、美少年の満面の笑みって眩しい。

「本当ですか?」
「うん、本当」
「…うれしいです…っ!」

うん、可愛い。眩しいけど、可愛い。
そんなことを思ってると、膝の上に座ってた孫兵が、私と向き合うように体勢を変えた。ん?と思いつつも好きなようにさせていると、小さな手が私の頬に向って伸びてくる。意図がわからず二度目のん?が出たが、私の顔に用があるのだろうかと少し顔を下げてやった。
私が顔を下げてやったことにより、ふにふにした手が私の頬に触れた。多少居心地悪い体勢ながら孫兵は一体何がしたいのだろうと、孫兵の顔を見るのと同時だった。

鼻先に、何か柔らかいものが当たった。

……………、

「…え?」

頭が今の状況についていかない。え、今何が起きた?
何か、湿り気のある柔らかいものが鼻に……って何で孫兵の顔がこんなに至近距離なんでしょう。

ポカンとしたままの私に、孫兵は満足そうに笑みを浮かべる。

「相談したんです、みんなに」
「?」
「左門は、気持ちはストレートに言葉であらわしたほうがいいって」

……突然“好き”って言い出したのはつまり、その左門とやらに言われたから実行したと?…まぁ、確かに孫兵にしては随分突飛な発言だとは思ったけど…。

「三之助は、いつもジュンコ達にするように愛情表現すればいいんじゃないかって」

…………鼻にキスは、いつもジュンコにしてるとでも?
いつまでも現実逃避してらんないから認めるけど、だからっていきなり鼻にキスはどうかと思うよ。ってか、三之助だか。孫兵がどういう風に相談したのか知らないけど、この純粋ボーイというか人間関係に関しては真っ白な孫兵に適当なこと吹き込むな。普通ならいや、それはないっしょーって笑って流すことだって、コイツは本気でするぞ。…現に今されたしね。

「いや、孫兵…」

あのね、と一から教えてあげようと口を開いたのに、孫兵には届かなかったのかまた顔を寄せてくる。ちゅっと頬から可愛らしいリップ音が聞えてくる。それも複数回。子供だから無理矢理突き放すこともできなくて、控えめながら「ちょ、ちょっと…」と抵抗してみるが、孫兵にはやはり届かない。顔中キスされまくる。
……いつもジュンコとこんなスキンシップしてるんですか。

これって、孫兵が子供の姿だからまだ辛うじて冷静でいられるけど、元の姿のときにされてたらどうなってたんだろう。
孫兵が、ジュンコのことを受け入れてくれる人を見つけて嬉しいのはわかるよ?爬虫類苦手って人の方が一般的には多いだろうし。その気持ちを表したいって考えてくれたってのもとても嬉しいことだよ?でもさ、物には限度があってだな…。…こんなことされても私は全く嬉しくない。本当に気持ちだけ受け取っておきたかった。

…ってか、冷静に考えると、少年にキスされまくってる私って結構怪しい人に見えるんだろうか。
ショタコン…?

とりあえずこの後、孫兵に説教と教育をすることを心の中で誓った。



110129
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