食堂 | ナノ

「……何やってるんだお前」

尾浜先輩を抱っこしながら戻ってきた鉢屋先輩に、大変冷ややかな視線を浴びせられながら言われた。
…どんだけショックだったんだ、自分。“あの”久々知先輩が相手だったからだと思うんだけどさ。例えばあれがタカ丸さんにされたんだったら、“やっべ、今の子って怖いわねー”くらいで済んだと思うんだ。そんな、意外性とかないしさ、失礼ながら。

見られたのが鉢屋先輩というのも、何だか無性に恥ずかしい。
少し気まずく思いながら改めて鉢屋先輩を見る。

「……似合いませんね」
「うっせ」

子供を抱っこしてる鉢屋先輩が違和感ありすぎてつい本音が出た。
何て言うか…子供慣れしてないのが丸わかりだ。尾浜先輩の安定感のなさと言ったらない。
…って、尾浜先輩寝てるし。すごいな、あんな抱っこのされ方でも人って寝れるんだ。

話を聞くと、トイレが終わってすっきりしたのか騒いだ疲れがどっと来たのか、少し目を離している内に船を漕ぎ出していたらしい。
鉢屋先輩から尾浜先輩を受け取って、久々知先輩のベッドへ寝かせる。すっごいすし詰め状態。あ、竹谷先輩が久々知先輩のこと蹴ってる。
久々知先輩から竹谷先輩の足をどけて、布団を掛け直す。…うん、子供の寝顔が天使みたいだって本当だったんだな。超可愛い。
寝顔を堪能しすぎたのか、背中に鉢屋先輩の視線を感じる。

「…どうかしました?」
「別に」

…まぁ、素直に“お前の視線が気持ち悪くて”とかって言う人なんていないだろうからそういう答えが返ってくるかなとは思ってたよ。でも、そう言ったなら形だけでもいいから、私のこと凝視するのやめて欲しいな。
そのまま、沈黙が下りる。気持ち良さそうな寝息だけが音楽のように部屋に流れた。
ぽかぽかと太陽が窓から降り注いできて、とてものどかな雰囲気を作り出す。あー、何だか私まで眠くなりそうかもしれない。そんなことを思っていると、唐突に鉢屋先輩が口を開いた。

「…どう思う」
「…何がですか」

主語を言え主語を。

「戻れると思うか」

予想外の言葉に、窓の外へ向けていた視線を鉢屋先輩に向ける。
まっすぐと鉢屋先輩は私を見ている。その目はいつもと変わらない。けれど、顔に幼さが残っている。身体も成長期前なのか線が細く、私よりも小さい。いつもは上に向けなければならない視線も、今はその必要がない。声も、聞き慣れた声じゃない。いつもより高い。
他の先輩達の明らかな幼児化に気を取られて鉢屋先輩のことを注意していなかったけど、鉢屋先輩だって確実に幼児化していたのだ。
そして多分、中途半端に状況を理解している分、他の先輩達の不安とは比べ物にならないくらい大きな不安があったんじゃないだろうか。誰だって、訳もわからずに幼児化したら不安にもなる。その状況を共有できる人達は、幼くなり自分達がどういう状況にいるかもわからない。“自分がしっかりしなければ”その思いは不安よりも大きな負担を、心に掛ける。

あー、子供可愛いわーなどと呑気なことを考えていた自分が少し情けない。いくら状況に混乱して、目の前の子供達に気を取られていたとはいえ、もっと早く気付いてあげればよかった。

「?何だよ」

急に距離を近付けた私に怪訝な顔をする鉢屋先輩。

「…失礼します」

少し迷うものの断りを入れると、鉢屋先輩を抱き締める。線が細くて私より小さな鉢屋先輩は私の腕の中にすっぽりと納まった。「なっ!?な、な…っ」と無駄に“な”が聞えてくるが気にしない。

「大丈夫ですよ」

ぽんぽんと背中を叩きながら、言う。久々知先輩や不破先輩にもしたけど、不安なときに誰かに“大丈夫”だと言ってもらえることはとても嬉しいものだと思う。何の保証があってとか憤りを感じるときもあるにはあるけど、憤れるだけいいじゃないか。不安に潰されそうになるよりは、怒ったりして他のことに気を逸らしてる方が心に優しい。
“大丈夫”って言ってもらえたとき、そこに人の体温が感じれると、何だか無性に安心する。ホッとして、本当に大丈夫なんじゃないかって思える。…私が不安なとき、お母さんはいつも抱き締めて“大丈夫だよ”って言ってくれる。不安を口に出せなくても、そうしてもらうだけで元気が出てくる。
久々知先輩と不破先輩には頭を撫でたけど、鉢屋先輩は無駄に精神が大人っぽいので頭なんか撫でたら怒られるかなーと思い、お母さんと同じ手法に出させていただいた。
身動ぎする気配が暫く続いていたが、気が付いたら大人しくなっていた。

「…何が大丈夫なんだよ」

拗ねたような声が聞えてくる。首や耳に赤みが差している気がして、相手が鉢屋先輩だというのに不覚にも可愛いとか思ってしまった。

「きっと、元に戻れますよ」
「何の確証があってそんなこと言うんだよ」
「私の勘です」
「…………」

むっすーという効果音が聞えてくるような気がした。

「大丈夫大丈夫。きっと戻れます。もし仮に、戻れなかったとしても私が何とかしてあげますよ」
「…何とかって何だよ」
「……何とかは何とかです」

育ててあげますとは言えないけど。親御さん達に連絡取るとか、何やかんやはしてあげようと思う。一回関わってしまったんだし、流石に知らんぷりはできないから。
ぶつぶつと不満そうな声が聞えてくるが、はっきり聞き取ることができないので、流す。

「だから、大船に乗ったつもりで…いや小船?…とりあえず安心してください。その内拍子抜けするくらいあっさり治りますから」

“例えば、お昼寝から目覚めたりとかしたら”と、何の根拠もないけどそんなことを言う。背中を一定の間隔で叩いていたからなのか、健やかな寝息のおかげなのか、はたまたこの騒ぎのせいで心が休息を求めていたからなのか、鉢屋先輩の呼吸がゆっくりとしたものに変化していってることに気付いていたから。
「アホか」ともごもご言った後、少しづつ鉢屋先輩から力が抜けていった。重くなっていく身体に、鉢屋先輩も眠りだしたことがわかった。
他の先輩方のようにベッドへ運ぶことはさすがにできなくて、だからといってこのままの体勢というのも身体に負担が掛かりそうだ。熟睡するのを待ってから、鉢屋先輩の頭を私の膝の上に乗せる。所謂、“膝枕”ってやつだ。…起きてたら文句を言われそうだけど、今できる体勢の中で一番ベストな形だから大目に見てもらえると嬉しい。
ベッドから掛け布団を一枚拝借して、鉢屋先輩に掛ける。

あー、何か平和だ。
五人の寝息の中でそんなことを思う。

こんな非現実的な状況の中でこんなことを思う私は、案外図太いのかもしれない。
でも、子供達は気持ち良さそうに寝てて、天気は良くて。絵に描いたような平和ってこういうもんじゃないかな。

足が痺れる、膝枕って案外しんどいな…と関係ないことを考えつつ、私も少しだけと眠りの世界に落ちていった。






「大変っ、申し訳ありませんでしたぁぁぁあ!」

――ジャンピング土下座というのを、初めて生で見ました。

私の予言があったのか何なのか、私が目を覚ますと先輩達が元の姿に戻っていた。
そして、どうやら記憶が残っているらしく…、

竹谷先輩が、素晴らしいジャンピング土下座を半泣きで見せてくれた。

…別におっぱいって言われたことやら胸部をぺたぺた触られたこと、そんなに気にしてないんだけどな。…だって子供のしたことだし。私の中で、子供先輩達と先輩達ははっきりと別人だと認識してるし。
とりあえず、竹谷先輩の膝小僧が大変心配なのですぐに止めてもらった。…絶対青たんできるよ、あれ。

尾浜先輩は鉢屋先輩に、本気で感謝していた。「ありがとう、三郎っ!」…私がトイレの世話をしようとしたのを回避してくれたのがよほど嬉しかったらしい。

不破先輩は、久々知先輩と恥ずかしい小競り合いをしたのを恥らってはいたが、他の先輩達ほど動揺はしていなかった。

さて、不破先輩の小競り合いの相手、久々知先輩は無言で赤くなっています。現在進行形で。

「…久々知先輩…?」
「っ!…沙代!」

固まってしまった久々知先輩の顔を覗き込むと、肩を跳ねさせすごい勢いで後ずさりだす。…何度も言うようだが、私は子供先輩達と先輩達を別人だと思ってるからこうもあからさまに避けられると、微妙な気持ちになる。

「わ、悪かった…!」
「…いえ、そんな気にしないで下さい」
「でも、あんなこと、………っ」

…自分で言ってて赤くなってくのはやめていただきたい。頬にキスぐらいで。…いや、私も激しく動揺してしまったけど。でも、よくよく考えたら海外じゃあ挨拶じゃないか。そんな過剰に反応することなかったし、ないじゃないか。
若干呆れた気持ちで、でも何て言葉を掛ければいいのかわからないから黙って久々知先輩を見てると、久々知先輩は何かを決心したように顔を上げた。

「俺、責任取るよ」
「…………はい?」
「結婚しよう、沙代」

ぽかん。
呆気にとられた後、正常に頭が働きだすと私の頭の中はすごいことになっていた。
何なのこの人、責任取るって…は?え、どんだけ純情?この顔でまさか頬にキスしたら結婚しないといけないとか思ってんの?え、本気で?正気?どんだけ純情?
失礼極まりないことを表情に出さずに考えていると、久々知先輩が目の前から消えた。竹谷先輩、不破先輩、尾浜先輩にどつかれている。鉢屋先輩はどついてはいないものの、呆れた視線を送って冷静に「バカか」と嗜めていた。


最後、久々知先輩が暴走した気がしなくもないけど、こうしてある昼下がりに起きた珍事件は幕を閉じた。
…子供のときって互いにスキンシップが激しくなるもんなんだな。そんなことを学びました。


「…あー、でも、あんなに可愛い子供ができるんなら結婚してもいいかもしれないなー…」
「「「「「え!?」」」」」


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