食堂 | ナノ

膝に久々知先輩と不破先輩を乗せ、読み聞かせをする。
少し膝が痺れてきたような気もするけど、でも私の声に熱心に耳を傾けている二人を見ると大したことないような気分になってくる。私にも母性とかあったんだ…。しみじみ思った。

「幸せに暮らしました。めでたしめでたし。」

不破先輩の年齢に合わせて選んだ、幼児向けの絵本特有の締めの言葉を口にして本を閉じる。すると、不破先輩が私を振り返りながらぱちぱちと手を叩いた。頭を撫でてあげながら感想を聞く。

「どうだった、不破せんぱ……不破くん。」
「うん、あのね、楽しかった!お姫様幸せになってよかったね!」
「そうだねー、よかったねー。」

ニコニコ笑顔に私もつられるように笑顔になる。鉢屋先輩が竹谷先輩と尾浜先輩(推定年齢3歳)にかかりきりでよかった。見られたら絶対気持ち悪いとか言われる。

「久々知せん……久々知くんはどうだった?面白かった?」

さっきから絵本の角をいじって遊んでいる久々知先輩にも感想を聞く。この頃からしっかりしている久々知先輩にとっては少し幼稚すぎる内容でつまらなかったかもしれない。

「…あのさー、」
「うん?」

当初は敬語を使った久々知先輩であったが、やはりまだ語彙が少ないのかそれとも慣れてくれたのか、気が付いたら敬語はとれていた。

「幸せに暮らしました、の後ってどうなるの?」

子供ならば一度は通るであろう疑問に、言葉を返すことができなかった。

「…幸せに暮らしたんじゃないかなー…?」
「どんな風に?」

ぐ、具体的に答えろと?
久々知先輩の言葉に感化されたのか不破先輩までこちらを期待するように見てくる。

「…久々知くんは…、どんな時が幸せ?」
「ぼく?んーと…、豆腐を食べたときなのだー!」

…この頃から久々知先輩の豆腐好きは形成されていたのか…。無邪気な笑顔はさっきからずっと可愛いのだけれども、可愛い以外の…何とも言えない気持ちが胸に広がった。

「後ね、おじいちゃんに剣道ほめられたときとか、お父さんのひざに座ってテレビ見るときとか、お母さんに髪の毛拭いて…もらうときとか…。」

幸せそうに指を折りながら言っていた久々知先輩の声は段々と小さくなっていく。揺れる声はまさに涙声というもので、俯いた顔を覗き込めば瞳には涙が溜まっていた。
あちゃー、親のこと言ってる内に寂しくなってきたのかな。子供は寂しさや不安に敏感だというけれど、不破先輩まで涙目になってしまった。
大人っぽかろうとしっかりしてようと、所詮子供なんだ。こんな知らないところに投げ出されて知らない人だらけだったら不安にもあるだろう。むしろ今まで泣き出さなかったことの方が不思議なくらいだ。
まぁ、だからと言って泣かれると大変困ってしまうので、泣かせない方向で頑張る。
一旦、二人を膝から下ろして目を覗き込む。頭を軽く撫でながら頑張って優しい声を出す。

「大丈夫。大丈夫だからな」

にっこり笑んで自信満々に言う。二人にじっと凝視され「本当に?」と確認するように聞かれるが、それにも大きく頷く。
二人の不安が根拠のない漠然としたものならば、私は、その不安なんてどうってことない、大丈夫だよって言ってあげることしかできない。これが果たして正解なのかはわからないけど、私が同じ立場なら、きっとそう言って欲しいだろうから。
すると、ゆっくりではあるけど、二人の目から涙が引いていき笑顔を浮かべてくれた。
よかった。バレないように安堵の息を吐いていると、不破先輩が甘えるように抱きついてきたので抱き締め返す。“いい子いい子”だの“可愛いねー”だの心の声が駄々漏れになりながら撫でていると、服が引っ張られる感覚がする。
何だろうとそちらの方を見ると、そこには私の服を握ってる久々知先輩の姿。
不破先輩を抱き締めながら、一緒に首を傾げると久々知先輩の目が下へ移って横へと移る。上から見てるせいか、その耳に赤みが差しているのが見えてしまう。
視線をさ迷わせる様子といい、その赤みといい、恋する乙女の所作にしか見えないけど…、これはもしや…?

「久々知くんも、来る?」

片手を広げて久々知先輩を呼んでみる。
いや、勘違いかもしれないけどさ、もしや久々知先輩も抱っこして欲しいのかな、とかそんなことを思ったりしたんだけど…。
自分でも半信半疑だったんだけど、久々知先輩は迷ったようにそわそわした後私の腕の中に勢いよく飛び込んできた。
…マジか。
密かに思ったことは、私だけの秘密だ。

私の腕の中の面積を奪うように小突きあってる二人。
大変可愛らしい。
可愛らしくて気にしてなかったけど、結構激しい小突き合いだったりする。大丈夫かと今更ながらはらはらし出す。
少し違うけど、まさにあれだ。“私のために争わないで”状態だ。

「えっと、二人共…?」
「なーに?」
「?」

不思議そうな二人にツッコミを入れるべきなのか大変迷うが、言う。だって、怪我とかしたら大変だ。

「仲良く、しようね…?」
「うん!」
「わかってるよ!」

ニッコリいい笑顔で頷く二人。…うん、大変いいお返事。だけどね、舌の根も乾かない内に小突き合いを再開するのはどうかと思うの。私からは見えないとでも思っているのだろうか。



小突き合いの末に、「お姉さんは僕の方が好きだよね!」「僕だよね!」と浮気がバレた男のように詰め寄られたり、尾浜先輩がトイレと騒ぎ出したりと事件は続いた。
「トイレー!おしっこー!」と騒ぎ出した尾浜先輩をトイレへ連れて行こうと思ったのだが、鉢屋先輩に「いやいやいや、お前少しは勘衛門のことを考えてやれよ。女の後輩にトイレの世話なんかされたら一生の恥だろうが」等と呆れ半分で言われてしまったので、今は右手を不破先輩、左手を久々知先輩、正面を竹谷先輩という形でお留守番することになった。
痛い痛い痛い。お願いだから不破先輩も久々知先輩も手を引っ張るのはやめて欲しい。地味に痛い。

ふと、寄りかかる竹谷先輩の重さが増した気がした。
一旦不破先輩と久々知先輩に手を放してもらう。竹谷先輩を支えながら顔を見る。重そうな瞼がうつらうつらと開いたり閉じたりしている。

「竹谷くん、お昼寝しようっか」
「んー…」

抱きかかえて久々知先輩のベッドへ。申し訳ないが借りることにする。
竹谷先輩をベッドの中に入れて、眠るまで一定の間隔で布団をとんとんと叩いてあげる。暫くすると、竹谷先輩の静かな寝息が聞こえてきた。寝たということはわかったが、その様子が可愛かったので暫くそのまま布団を叩きながら一緒に居てあげる。
と、突然背中に何かがくっついた。

「…不破先輩?」

むすーっと頬を膨らませ私の背中にくっついている不破先輩。これは、放置しすぎただろうか。けれど、何となく違和感を感じて顔を覗きこむ。

「不破くん?どうかした?」
「んーん」

ゆっくりと首を振る不破先輩。
…もしかして、

「不破くんも一緒に寝る?」
「ヤダ、寝ない」

再びゆっくりと首を振る。
ヤダ、と言われたけど、どう見ても眠いのを我慢しているようにしか見えない。もしかして眠い?と思い始めたせいかもしれないけど、抱っこして無理矢理ベッドに寝かす。
竹谷先輩のときのようにとんとん布団を叩いてやっていると、目を擦った後眠りに落ちていった。

「久々知くんも、お昼寝する?」
「眠くないよ?」
「でも、二人共小さいでしょ?久々知くんみたいに頼りになるお兄さんが一緒に寝てくれると、お姉さん安心するんだけどな」

困ったようにお願いすれば、久々知くんもベッドへと入っていく。
よっしゃ、全員寝てしまえ。そうなると私が楽になる。そんな汚いことを考えているだなんて子供達には言えない。汚いことを内心考えて純真無垢な子供をいいように動かすだなんて、大人って本当に嫌ね。

「…手、繋いで」

恥ずかしそうに、小さな声でおねだりする久々知先輩はとてつもなく可愛い。差し出された手を握ってから、竹谷先輩や不破先輩と同じように布団を叩く。手の温もりのお陰か、二人の寝息のお陰か、久々知先輩の呼吸も段々と眠りに近付いていった。

「…僕ね…」
「うん?」

少し低い声で、ゆっくりと久々知先輩が口を開いた。もう少しで寝るだろうと思っていたから内心びっくりしながら相槌を打つ。

「お姉さんのこと、結構好きみたい…」
「そっか、ありがとう」

純粋に嬉しかった。この短い時間でこんなにも懐いてくれるなんて。
緩んだ頬のまま、久々知先輩の頭を撫でてあげる。

「だからね、僕がおっきくなったら、お姉さんお嫁さんにしてあげる」
「はは、そうか、ありがとう」

可愛らしい言葉に思わず笑ってしまう。“大きくなったらお嫁さんに”って、まるで幼稚園の先生になった気分だ。
私が普段はその“大きくなった”久々知先輩と接しているなど何て言う皮肉なんだろうね。小さい久々知先輩は知るはずもないけど。

「じゃあ、約束」

私の返事が嬉しかったのか、そんなことを言い出す。指切りでもするのかなって思うと、手で顔を近付けるように促される。
このタイミングで内緒話?不思議に思いつつも、顔を近付ける。

ふにゃり

そんな感触が頬に走った。

「やくそく…だからね…」

久々知先輩はその一言を最後に、完全に眠ってしまった。
残された私はと言うと…

「…………今の、もしかしてほっぺにちゅー…?」

頬に手を当てたまま間抜け面をさらしていた。


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