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何がどうしてこうなった。
痛む頭を押さえて、目の前の幻よ消えろと念じてみても、目を開くとそこには先ほどと変わらない光景が広がっていた。

久々知先輩の部屋。そこには部屋の主であり用のあった久々知先輩がいるはずだ。そして、時間帯的に友達である尾浜先輩や竹谷先輩、不破先輩に鉢屋先輩くらいしかいないはずであって…――幼児化したとしか思えないほど、先輩方にそっくりな子供が5人なんて…、…いるはずがない。

あれか、これは幼児化だなんて非現実的なことを考えるよりも、先輩方のお子さんの可能性を考えた方が現実的なのか。
いや、それよりもやっぱり夢を見てるのかもしれない。それも、夢は夢でも紛れもない悪夢を。

帰ろうと、扉を閉じようとすると、慌てて鉢屋先輩にそっくりな中学生くらいの男の子が駆け寄ってきた。

「ちょっと待て待て。」
「いやいや、これは悪夢だ。幻だ。そうに決まってる。だから私は部屋に帰って寝るんだ。邪魔はしないでくれ鉢屋先輩そっくりな少年。」
「夢じゃねーから、現実だから。そしてそっくりな少年じゃなくて、本人だから。」

あっはっは、何を面白いことを言ってくれてるのかね、と笑い飛ばしてやりたかった。今思えば、私は少なからず混乱状態にいたんだと思う。そんな動転していた私を、鉢屋先輩にそっくりな少年、自称鉢屋先輩は部屋の中に引きずり込んだ。

「………。」
「………。」
「えーと…。」
「………。」
「…とりあえず、一体どうしてこうなったのか教えてもらっても?」

引きずり込まれ、座ったところで私達の間には沈黙しか訪れなかった。きっと、自称鉢屋先輩にしても何から話せばいいのかわからなかったのだろう。
私がようやく理由を聞くと、鉢屋先輩はこくりと頷きを一つ、理由を話し出した。


それは、私が部屋を訪ねるほんの少し前。
いつものように久々知先輩の部屋でぐだぐだと過ごしていた、尾浜先輩、不破先輩、鉢屋先輩。何をするでもなく、皆別々に好き勝手に過ごしていたとき、竹谷先輩がすごい勢いで部屋へと入ってきた。

「…ハチ、部屋に入るときは静かにしてくれないか。ドアが壊れるだろう。」
「悪い悪い。でも、それどころじゃねーんだよ!俺、玉手箱もらった!」
「「「「は?」」」」

全員の声がはもったのも無理はないだろう。私がその場にいたって同じようなリアクションをとっただろう。
竹谷先輩が、嬉々とした様子で語った内容というのも怪しいことこの上ない。
亀を虐めている子供達から亀を助けたら、その箱が落ちていたというのだ。「きっと亀がお礼に玉手箱を置いてったんだ」と興奮気味に話す竹谷先輩に、他の先輩達の反応は二つに分かれた。
面白そうだと興味を引かれた尾浜先輩に、胡散臭いと信じもしなかった鉢屋先輩。開けようと言ったとき、竹谷先輩と尾浜先輩は一緒に身を乗り出して箱を覗いていたというのも、鉢屋先輩は入り口近くで傍観していたというのも、その温度差からすれば当然だったと思う。

結果を言うならば、箱を開けたときの距離が命運を分けた。
箱を開けた瞬間、部屋は不思議な白い煙に満たされた。その煙が晴れたときには、今と同じ状況が鉢屋先輩の目の前に広がっていた。次いで、自分の体も皆と同じように縮んでいることにも気が付いた。


事態を把握できずに混乱していたところに、私が訪ねてきて冒頭に戻る――、それが鉢屋先輩の話した内容だった。

…くっ、何てタイミングが悪いんだ私…!
話を聞き終えたときの最初の感想がそれだった。不思議現象に遭遇した喜びなんてなく、ただただこんな面倒で極まりないことに関わってしまった間の悪い自分をひたすら呪っていた。

「だあ!」

そんな私の膝に温かいものが触れた。目を下に移せば、髪がぼさぼさの赤ん坊が一人。…多分、2歳?頃の竹谷先輩だ。“抱っこ”とでも言うように両手を私に突き出している。
子供なんか持ったことないし、どうしようかと戸惑っていると、竹谷先輩の目がみるみる内に潤んでいく。やばい、泣く…!戸惑っている場合じゃないと判断した私は、竹谷先輩を不格好ながらに抱き上げた。
きゃっきゃとはしゃぐ竹谷先輩は可愛くて…、自然と目元が和らぐのを感じた。玉手箱の中に入っていたらしい、子供の玩具で遊んでいたのだが、急に手を止めると私のことを凝視し出す。

「…どうかしたか?」
「……い、」
「ん?」
「おっぱい!」

…………、
無邪気な言葉に、私と鉢屋先輩が一瞬で固まった。

「…ご、ごめんなー…。私、おっぱいは出ないんだ…。」

お腹が減ったのだろうかとか思いつつも、私が返せたのはその一言だけだった。
出産してなくても、母性で母乳が出るようになったりするらしいけど、残念ながら会って数分の子供のために母乳を出すことはできない。
私の言葉を理解できてるのかできてないのか、竹谷先輩は不満そうに口を尖らせ私の胸をぺたぺたと触りだした。…小さな子供だからセクハラだなんて気にするのはバカみたいだけど、でもこれが竹谷先輩だと思うと、果てしなく複雑な気持ちになった。まぁさ、気にできるほど私の胸は大きい訳じゃないんだけどね。どうせ小さいからいいんですけどね。
私の心中を知ってか知らずか、鉢屋先輩がすごい勢いで未だぺたぺたと私の胸元を触っている竹谷先輩を引きはがした。

「沙代は、雷蔵と兵助の面倒を頼む!」
「あー…、はい。」

とりあえず、お言葉に甘えることにした。
座って先ほどから大人しくしている不破先輩と久々知先輩に近づく。ちなみに、不破先輩は5、6歳、久々知先輩は小学3年生くらい…といったところだろうか。

「あ、それ車?上手だね。」

今よりもずっとふわふわの髪が揺れながら、一生懸命何かを画用紙の上に描く姿はとてつもなく微笑ましい。不破先輩はお絵かき中のようで、話し掛けると嬉しそうに顔を上げた。

「本当!?ぼく、お絵かきじょうず?」
「うん、すごい上手だよ。」

あぁー、可愛い。思わず頭を撫でてしまうが、不破先輩は嫌がった様子はなく、むしろくすぐったように笑った。
不破先輩の頭を撫でながら、久々知先輩の様子も見る。
久々知先輩は、何やら本を読んでいるようだ。こっそりと読んでいる本を盗み見て驚く。…あれ、小学3年生ってもうこんなに難しいの読めたっけ?

「…すごいね、読めるの?」
「…うん。大体ですが。」

わぁお。敬語使われた。すごい。頭いい子だな。何ていうか、この頃から久々知先輩だ。

「…読んであげようか?」

余計なお世話かもしれないと思いつつ、申し出てみる。と、予想もしなかった速度で久々知先輩が顔を上げて期待するような目で私を見た。

「本当…!?」

…可愛い。キラキラする瞳を断ることなんかできなくて、一つ返事すると、不破先輩も巻き込んで本の読み聞かせをすることにした。



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