死のう、と思ったのは今日に始まったことではない。
もうずっと、ずっと前から。
時折考えるようになったことだ。
別段何か嫌なことがあるから、と言うわけではない。
コンビニ行こうとか、カフェに寄ろうとかそれくらいの思い付きと同じくらいの思い付き。
本当に飛び降りる訳ではないけれどビルの屋上に上って柵の向こうへ立つ。
そうするとなんとなく救われる気がするのだ。
自分は何にも縛られてはいないと、思えてしまう。

「自殺?」
少し離れた所から声がした。
「え?」
目に入ったのは赤い瞳。
ハーフアップにした髪とその間にちらつく沢山のピアス。
軽々と柵を飛び越え私の隣に立ったた彼が巷を騒がせる喰種だと気づくのに時間はかからなかった。
怖い、とは思わなかった。
緩く羽織ったパーカーやその首に刻まれた刺青、反社会的といえる彼の風貌にその瞳は良く似合っていた。
「僕、ウタって言います。飛び降りるのかなって思って声かけました。」
"どうして声を掛けたんですか、貴方は喰種ですか、私を食べるんですか"
聞きたいことは沢山あったけれど何一つ言葉にはならなかった。
「そう、ですか」
不思議と心は穏やかでこの人になら食べられてもいいと思った。
「座って?」
その場に座り込んだ彼に促され、わたしも腰を下ろした。
なにかあったの、と彼は柔らかな声で私に尋ねた。
「何も、ないです。何も。」
「なんとなくってこと?」
「はい」
そっか、と彼は柔らかく笑った。
「ウタさん、はどうしてここに?」
さっき彼が名乗った名を声に出してみたくてどうでもいい質問を投げかけた。
偽名かもしれないその名前。
今はそんなことどうだっていいような気がした。
「見えたから。」
「私がですか?」
彼はそうだよ、と笑う。
「そう、ですか。」
「僕、喰種だよ。」
私の相槌にかぶせるように彼は言った。
「そうだと思いました。」
「気づいてたの?あんまり驚かないから気づいてないのかと思った。」
そういって彼はまた笑う。
尖った外見とは正反対に柔らかく笑う人だと思った。
「瞳で分かりましたよ。初めて見ました。」
「うん。そうだと思う。どう?初めて喰種に会った感想は」
「よくわかりません」
これが本心だった。
今、私の隣で柔らかく笑うこの人がニュースで報道される喰種だとは思えなかった。
本当に人を食べてしまうのか。

「ウチ来る?」
少し間が空いて彼から出た言葉があまりにも唐突で笑ってしまった。
「どうしたの」
「すいません、あまりにも急だから。」
ナンパじゃないよ、と彼はまた笑った。
「さっき一目惚れしたんだ。それでとっても素敵だから連れて帰りたくなったんだ」
「ナンパですね、新手の」
「違うよ。死んじゃうならその前に僕がもらいたいなぁって話」
食べるんですか、とは聞けなかった。
「食べないよ?」
私の意図を汲み取ったように彼は呟いた。
驚いたのは私のほう。
「食べないんですか?」
「食べたらなくなっちゃうでしょ。」
当たり前だ、と言わんばかりに彼は笑う。
「人間は食べる物じゃないんですか」
「そうだけど、そうじゃないかな。
 僕の店、人間のお客さんもよく来るんだ。喰種の方が多いけど。僕の所で店の手伝いと か恋人とかして欲しい。」
「手伝いとか、恋人ですか」
「そう。他には恋人とか恋人とか。」
少しおどけて見せる彼に私は笑ってしまう。
人といてこんなに居心地がいいと感じるのは久しぶりだった。
もっと彼を知ってみたい、喰種を知ってみたいと思った。
「いいですよ」
「じゃあ決まり」
立ち上がった彼が伸ばしてきた手を掴む。
その手は温かかった。
「家に帰ろう」
彼は少し嬉しそうに呟いた。
「はい」





「あ、名前聞いてなかった」
「あ、言うの忘れてた。」
私はまた笑った。



アトガキという名のいいわけ

ウタさん好きです。
すごくタイプです。







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