そんな幸せな毎日を繰り返していたある日。 俺はサイケの体調が優れないことに気がついた。 原因はここ最近の寝不足だろう。 毎晩、悪夢でも見ているのかびっしょりと汗をかき魘されながら涙を流すサイケの姿に胸が苦しくなるのを感じた。 そして今も。 暗闇の中、自らの目の前でサイケが呻き苦しんでいた。 サイケが苦しんでいる。それなのに俺はただ見ていることしかできない。 自分自身に腹が立ち、ぎりと歯軋りした。 君を守るつもりだったのに、なんだこの様は。 気付けば俺はサイケの身体を優しく抱き寄せていた。 否、正確には抱き寄せる真似をしていた。 妖は人に触れることが出来ない。 それでも…たとえ俺が君に触れる事が出来ないとしても。 君を慰めたいんだ。 「ん…」 しかし、実際に抱き締めているわけではないサイケの身体は未だにガクガクと悪夢への恐怖に震えたままだった。 そして、サイケの口から溢れた小さな言葉に俺は身体の奥から凍り付くような錯覚に陥った。 「ついて…来ないで。……近付かないでっ…」 サイケの身体の震えが大きくなるのを感じ慌てて腕を放す。 そして漸く、サイケの震えが大きくなったのではなく、震えているのが自分自身だということに気付いた。 今の言葉は俺にに向けられたものではない。悪夢の中の妖怪か何かに…… 頭では十分に理解していても身体の震えは収まることがなかった。 ついて来ないで その一言は俺の存在を否定しているようにも思えた。 『…そうだよな。俺に憑かれて…苦しかったよな、サイケ』 漸く冷静な思考が出来るようになって俺は寝ているサイケに語りかけた。 悪夢の原因はきっと俺にある。 霊感の強い君は、恐らく俺の気配を感じていたんだろう。 優しい君はきっと、不幸を呼ぶであろう憑き物の俺がついてきているのに気付いていながら、それでも俺が周りの妖を追い払っているのを知って敢えて何も言わず……いや、それは都合の良すぎる考えだろうか。 何にせよ、俺は君の近くにいることで君を苦しめてしまった。 不幸を呼んでしまったのだ。 それならば。 ぽたり、と自らの瞳から零れた滴がサイケの頬をすり抜け毛布へと小さな染みを作ったのが見えた。 『…今までありがとう。俺は遠くに行くけど…ずっとずっとお前を見守ってるよ』 さようなら。 幸せだった。 言葉だけを残し俺は静かにその身を風に乗せるように散らした。 俺は恋をした馬鹿なウェンディゴ。 だけど後悔はしていない。 短い間だったけど君の傍にいることができた。 君の笑顔を近くで見ることが出来て、俺は物凄く幸せだった。 俺はもう君の傍にはいないけど。 いつまでも君を守り続ける。 辛いときは風に乗せて歌を送るよ。 君に届くことのない歌を。 君を愛しています。 愛しています… 愛していました。 (サイケは毎日笑顔でいるらしい) |