「わー!すっごい可愛い!僕の思ったとおり!!」 「すみませんあちらも包んでくださいまし。ではナマエ様、次はこちらを!」 「……もうやめませんか」 お願いだからそろそろ解放してください。 次々と差し出される服を受け取って試着室で着替えて、カーテンを開ければ更に次の服を差し出されてのエンドレスリピートに正直うんざりだし、さすがに店員さんも苦笑いだ。恥ずかしい。 だと言うのに、この双子はそんなこと気づいていないかのように妙にイキイキした顔で両手いっぱいに新たに見繕ってきた洋服を抱えて交互にそれを差し出してくる。今の俺はまさに着せ替え人形状態だった。 「なんで?まだまだ着せたいお洋服いっぱいある!」 「気に入らないようでしたら別の店に移りましょうか」 「いえそうじゃなくて服はもう十分ですから、」 「あ、そっか!下着も買わなきゃだもんね!」 ニコニコ笑顔のクダリさん。困った顔の店員さん。青筋を立てる俺。 そんな俺をまぁまぁと宥めすかし、今まで試着したもの全部の会計を終えたノボリさんは少し満足げな顔をしていた。 本当は男物の服を買ってもらおうと思ってたんだけど、今更更に買ってくれなんてとても言えない。 無理やり試着室に押し込められた時点で俺の敗北は決まっていたようだ。ちくしょう。 「ねぇナマエ!ナマエはどんなのが好き?僕はね、リボンとかレースとかいっぱい付いた可愛いヤツがいいな!」 「……お、俺は清楚な大人しい感じのが好きです」 両手にデカい紙袋を提げながら俺の手を取り、「出発進行!」と下着売り場に向かって歩き出したクダリさんから目を逸らしつつ答える。 本音を言えばセクシー系が好きだ。黒の際どいのとか、紐とか、男のロマンだろ。 だけどバカ正直にそんなこと言えばどうなるかなんてわかりきってるし、いくら女の身体になったとは言え似合うかどうかは別の話。 と言うかそれはあくまで男としての好みの話であって、実際女になった自分がそれを身につけたいかと問われるなら答えは「NO」だ。そもそも女物の下着自体にまだ抵抗があるって言うのに。 「う゛……っ!」 悶々と考えているうちに全体的にピンクな内装の女性向け下着売り場(要するにランジェリーショップ)につ、着いて、しまった…! (む…無理!無理無理無理!!絶対無理だこの中に入るとか……!) 当たり前だけど女の子ばっかりで、店員さんだってもちろん女の人で、どこを見ても女の子の下着しかない。 正直に言うと、恥ずかしい。すっげぇ恥ずかしい。 だっ、だって今までこういうところに近づいたことすらなかったし、たまたま通りかかったとしてもなるべく見ないようにして早足に通り過ぎてきたんだぞ。それをいきなり、中に入れってそんな無茶な……! 「ッッ…や、やっぱやめましょう!俺、男物で全然平気なんで!!」 「えー?なに、ナマエもしかして中入るの恥ずかしい?」 「!!!そっ…べ、別にそういうわけじゃないですけどっ!!でもほら俺胸もほとんどな…ないわけ、ですし!わざわざ買う必要もな、」 「いけません」 ピシャリ。 ノボリさんの語気の鋭さに、思わず背筋がビクリと伸びた。 恐る恐る振り向いて仰ぎ見れば、なんかもう目が恐い。マジ過ぎて恐い。 「――よろしいですか、ナマエ様。例え慎ましいサイズであったとしても、だからと言って不必要なわけでは決してございません。しっかりと身体に見合った下着をつけなければ形を崩してしまうと言いますし、衣類と地肌が擦れて不快な思いをするのはお嫌でしょう?それに、クダリではございませんが目のやり場に困るということもやはりございますし、何より抱きしめた時のあの感触には大変危険なものが、」 「わかりました着けます!ちゃんと着けますからもう黙ってください!!」 下着売り場の前でイケメンにブラジャーの必要性を説かれるとかどんな拷問だ。 慌ててノボリさんを遮って、くるりと売り場に向かい合う。 で、でもやっぱり……う゛、入り辛い……! うだうだとしり込みする俺を見かねてか、クダリさんが何食わぬ顔で店員さんに声をかけて、ズイと俺の背中を押した。 「すみません、うちの妹こういう店に来るの初めてなんで、採寸と試着お願いしたいんですけど」 「っい゛!!(『妹』、だと…!?)」 「はい、かしこまりました。ではこちらへどうぞ」 しれっと嘘をついたクダリさんを睨むが、「いってらっしゃーい」とヒラヒラ手を振るだけで悪びれた様子なんて一切ない。 いやそうでも言っといた方が変に勘繰られたりしなくて良いんだろうけど!(納得いかない!) そんでノボリさんはノボリさんで物珍しげにディスプレイされた下着を眺めてるせいで店内にいる女の子達がそわそわしてるし。ああもう、なんか色々恥ずかしくて今すぐにこの場から消えてしまいたい……! 「――……Aカップですね!」 「(ですよねー)」 試着室の中、店員のお姉さんの前で上半身裸になった上に最後の審判。 予想していたとは言え消化しようのない切ない気持ちが込み上げる。消えたい。 巨乳になりたかったわけじゃないけど、なさ過ぎるのも複雑だ。どうせならもう少しくらいほしかった。 ・ ・ ・ その後、例の如くあれもこれもと手当たり次第に試着させようとする双子にマジギレしそうになりながら大人しいデザインのヤツを最低限の数だけ買ってもらい、クタクタになった俺はベンチで小休憩。 クダリさんは途中で通りかかったゲームセンターが気になったらしく、「ちょっと行って来る!」と目を輝かせて行ってしまった。 「疲れましたか?」 「………少し」 自販機でジュースを買ってきたくれたノボリさんからお礼を言ってカップを受け取り、喉を鳴らして飲み込む。 ミックスジュースだろうか。甘くておいしい。 隣に腰を降ろしたノボリさんの持つカップからはコーヒーのほろ苦い香りがした。 ちなみにいっぱいになった荷物はコインロッカーに預けてある。しかも一番デカいやつ。 「申し訳ございません。わたくしもクダリも、年甲斐もなく少々はしゃぎ過ぎてしまったようです」 「………」 そんな、小さい子供を見るような優しい目で、頭を撫でながら言われたら文句なんて言えない。 わかっててやってるとしたらたちが悪いな。 そう思いながら、だけどノボリさんの手を振り払うこともできず、もう一度喉を鳴らしてジュースを飲み込む。 そしてふと顔を上げると、今更ながら目の前が本屋だということに気がついた。 「――あの、ちょっと見て来ても良いですか……?」 「ええ、どうぞ」 どうせこの世界の文字は読めないんだけど、なんとなくノボリさんと二人でいることが気恥ずかしくて、断りを入れてからベンチを離れる。 途中で空になったカップを屑箱に入れて、適当に目に入った本を手にとってページを捲るが、やっぱ読めねぇ。 ため息をついて元の位置に戻し、ふらふら歩いていると絵本のコーナーに来てしまった。 (あ、『バチュル』だ……) 子供向けの淡い色彩で、バチュルが大きく表紙に描かれたそれを何気なく手に取る。 絵本だから文字が少ないし、大体の話の流れはなんとなく掴める。 それにこの絵本、バチュルが可愛い。 「『なきむしバチュルのぼうけん』、でございますか」 思わず絵本に見入っていると、いつの間にか後ろに来ていたノボリさんに声をかけられてちょっとビビッた。 ――でも、それよりも、振り向いた先のノボリさんがふっと柔らかく笑んでいたことに、尚更心臓が騒がしくなる。 ノボリさんて、普段ほとんど無表情だから、笑った顔なんてきっとかなりレアだ。 「……読んだことあるんですか?」 「ええ。有名な絵本でございます。わたくしたちの家にもございました」 「へぇ……」 懐かしそうに目を細める。そんなノボリさんから、なぜか目を逸らせない。 そうしていると俺の視線に気づいたノボリさんと目が合い、思わず小さく肩を跳ねさせてしまった俺に返されたのは、これまたひどく穏やかな優しい表情だった。 「買いましょう」 「――へ?」 「お預かりいたしますね」 言って、俺の手からバチュルの絵本を取り、ノボリさんはスタスタとレジに向かう。 その背中を、慌てて追いかけた。 「ノッ、ノボリさんいいですよ!服だってたくさん買ってもらったんですから……!」 「こちらの絵本でしたら、文字を学び始めるナマエ様には最適でございます」 「!!え、や…でも……っ」 「――それに、これはわたくしが、あなた様にさしあげたいのです」 『ね?』と、そう微笑みかけられてしまえば、俺はそれ以上反論なんてできない。 これだからノボリさんは本当に――たちが、悪い。 「早速今夜、読み聞かせてさしあげましょう」 「っ……あ、りがとうございます(幼児扱い……)」 「あ!いたいたナマエ!!ただいまー!」 「うわ!?なんですかクダリさんその大荷物!」 「バチュルの巨大クッション!UFOキャッチャーで取ってきた!ナマエにあげるね!」 「ッッ!!!ぁ…ありがとうございます……っ!(かわいい…!)」 「えへへ、どういたしまして!……ってノボリ何?顔恐いよ」 「……別に」 (12.03.02)
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