「ナマエ!そのワンピースすっごいよく似合ってる!可愛いよ!」 「嬉しくないです手を動かしてください」 「ナマエ様」 「あ、はい」 ノボリさんから差し出された食器の泡を洗い流してクダリさんにパス。 受け取ったクダリさんが布巾で軽くそれを拭いて乾燥機へ。 3人並んで食器洗い。そしてなぜか、なぜか俺は「仲直りの印だから!」「ここは大人になってくださいまし、ナマエ様」と二人に謎の説得をされて、結局女物の洋服を着せられてしまった。正直納得いかない。 だけどそこでまた渋ってケンカになるのは避けたかったし、なんと言っても俺は居候なわけで、立場が弱いしあまり強くは出られない。それにぶっちゃけいい加減わめくクダリさんが面倒くさかったというのもある。 「明日はちゃんとした下着も買いに行こうねっ!僕選んであげる!」 「結構です」 「寝間着も必要ですね。あとはナマエ様のお箸にマグカップに……ああ、スリッパと枕も、」 ブツブツと頭の中で買い物リストを考えているノボリさんにクダリさんが更にあれもこれもと付け加えていく。 一体どれだけ買うつもりなんだろう。て言うか俺、一文無しなのに。 いやその辺りはちゃんと理解してくれてるはずだし、多分この感じからすると何のためらいもなく俺に買い与えてくれるつもりなんだろうけど、でもそういうわけにはいかないじゃないか。 俺のために使ってくれたお金は、いずれきちんと全額返したい。いや返さなきゃダメだ。この人たちは、俺の身内でもなんでもないんだから。 別に二人の善意を突っぱねたいわけじゃないけど、やっぱりそういうことはキッチリしないといけないと思う。 ……だからつまり、未来の自分のためにも、俺はこの双子の非常識レベルな浪費を食い止めなくてはいけない。 「――あの、お二人とも」 「なぁに?」 「どうかなさいましたか?」 最後の食器を洗い終えたところで切り出せば同じ顔がじっとこちらを見つめる。ちょっとした威圧感。 だけど負けてはいけないと心の中で自分を鼓舞し、思い切って言ってみた。 「お気持ちはありがたいんですけど、俺ほら……ここに来たのもいきなりだったし、もしかしたら元いたところに戻るのもいきなりかもしれないし…だからつまり、その…いついなくなるかわからないわけですか、ら………」 「「…………」」 え、えええー。 なんかすっごい押し黙られた。二人揃って青い顔で。 なんだその『そうだった…!』みたいな顔。 オイこらまさかこの人たち俺がずっとこのままこの家にいると思っていたとでも言うのか。 「えっと…二人とも……?」 「「……」」 「いやあの……俺、すぐに元の世界に戻れないにしたって、そのうちこの家からは出て行きますよ?」 しつこいようだが二人とは他人なんだ。 善意に胡坐をかいて居座り続けることなんてできない。 ――だと言うのに、俺のその言葉で弾かれたように顔を上げた二人は、驚くほど息の合った動きで両サイドから俺の肩を強く掴み、ズイと顔を近づけてきた(うお、わ!!) 「何をおっしゃっているのですナマエ様!!その様なこと、わたくし絶対に許しませんよ!!!」 「ノボリの言うとおり!!それにナマエ、トレーナーカードもお金ない!!そんなのでどうやって生活するの!!」 「いやだから、その辺りはその……お、追々アルバイトでもして、」 「許可しません!!」 「そんなことするんだったら家の外に出さない!!」 「えええ?!」 なんてムチャクチャな!! つかそもそもこの人たちは俺をなんだと思ってるんだ!!バイトくらい普通にできる年齢だっつーの! 「よろしいですかナマエ様!不本意でしょうがあなた様は今、身体的には年頃の女性なのですよ!!加えてあなた様がこの世界のことを詳しく理解していらっしゃるとは到底思えません!」 「ナマエ、字も読めないって言ってた!そんなの赤ん坊も同然!!」 「不埒な輩に絡まれたらどうするのです!ポケモンもお持ちでないのに、女性の身一つで撃退できるとお思いですか!!」 「だからとにかく!」 「絶対に!!」 『許可できない!!』と、二人は声を揃えてそう叫んだ。 ――なんか、なんと言うか。 二人が俺のことを心配してくれているのはよくわかる。超伝わった。 だけどなんか……遠まわしにボロクソ言われたような気がしないわけでもなくて、男としてのプライドが傷つく。 くそぅ、幼児通り越して赤ん坊だと……ううう、ちくしょう。否定できないのがまたやるせない。 思わず鼻の奥がツンと痛んで、涙の膜が浮いたのがわかったから、それを必死に堪えて唇を噛み締める。 するとそんな俺に気づいたのか、息巻いていた二人がハッと息を呑み、俯いた俺の頭をクダリさんの手が取り繕うようにクシャクシャと撫でた。 「ナマエ、先にお風呂行っておいで!」 「ッ……」 「大丈夫!今日は彼シャツにしない!下も用意する!」 「当たり前でございます!」 クダリさんの軽口にノボリさんが噛み付きつつ、そっと背中を押して促される。 ダメだ。 こんなことだから余計に、子供扱いされるんじゃないか。 そうは思うのに、口を開けば声が震えてしまいそうで、結局終始無言のままトボトボと風呂場に向かう。 背中に感じる二人の視線に少しだけ、何とも言えない居心地の悪さを感じた。 ・ ・ ・ あの後、やっぱりあれこれ考えてしまって、風呂上りにクダリさんから色々話しかけられた気もするんだけど心ここにあらずな状態で、適当に相槌を打って聞き流すことしかできなかった。 きっとクダリさんは気を遣ってそうしてくれたのに、態度悪いだろって自分でも思うけど、でも、やっぱり。 この世界での自分の無力さを改めて突きつけられた気がして、落ち込まずにはいられない。 (そもそも『助けて』って、言ったのは俺だけどさ……) クダリさんとの会話も早々に切り上げて、俺はもそもそとノボリさんのベッドに潜り込んだ。 明日は出掛けるらしいし、今日は早めに寝よう。 ふぅ、とため息をついて横になったのとほぼ同時に控えめなノックの音。 静かにベッドに近づいてくる足音から何となくノボリさんだろうなと予想を立てていると、ベッドの端が少し沈んで、「ナマエ様」と気遣わしげに俺を呼ぶ声はやっぱりノボリさんのものだった。 「もう眠ってしまわれましたか?」 「……起きてます」 寝たふりしてもどうせバレるだろうから、背中を向けたまま小さく身じろいで返事をする。 そうすると、ノボリさんは暫く沈黙して、やがて言葉を選びながら、少しずつそれを繋げた。 「ナマエ様は、その……やはりわたくし達と暮らすのは、お嫌ですか……?」 「――っ……」 そうじゃ、ない。 そういうわけじゃない。 頭ではそう思うのに、なぜか声に出せない。 それが無性に苦しくて、思わず布団の中で小さくなった身体を丸める。 そんな俺の頭をノボリさんが遠慮がちに撫でるものだから、尚更自分がガキみたいに思えて泣きたくなった。 「ッ、嫌じゃ、ないです……だけど、いつまでも迷惑かけっぱなしなのは、嫌だ」 「迷惑など、」 「ノボリさんがそう思わなくても、俺は、嫌だ」 「………」 これじゃ本当にわがままを言っている子供みたいだ。 どうしようもなく何もできないくせに、大人扱いをしろと駄々を捏ねて、ノボリさんを困らせてる。 ごめんなさい。 困らせたいわけじゃないんだ。 これでも感謝してるんだ、ノボリさんにも、クダリさんにも。 だけど、上手く言えなくて、そんな自分がもどかしくて、もっと情けない。 「ノボリさん……ほんとに時間あるときで良いから……文字とか、ポケモンとか、この世界のこと、教えてください」 「ナマエ様、」 「大丈夫。ノボリさん達が安心してくれるようになるまでは、無茶しないよ。だから……」 だから、外に出さないとかそういうのは勘弁してほしい。 それじゃ元の世界に帰るための手がかりもつかめないだろうし、いつまで経っても独り立ちできない。 ノボリさんもクダリさんも良い人だって、わかってるからこそ迷惑かけたくないって思うんだ。 そんな俺の内心を、ポツポツと伝えれば、ノボリさんの方からため息が聞こえて思わず肩がビクついた。 (う、また――お、怒られる……?) 咄嗟に身構えてしまう。 だけど、そんな俺に向けられたノボリさんの言葉は――声は、なぜかひどく、寂しそうなものだった。 「あなた様はもう少し、大人に甘えてくださいまし」 「 ぅ、え…?」 頭を撫でていたノボリさんの掌が、不意に頬を包むように撫でて、顔にかかっていた横髪をスッと耳に流された。 その動作に、耳に触れた指先に、おかしい位に心臓が跳ね上がる。 まずい。今、俺絶対、顔赤い。振り向け、ない。 「わたくしが、あなた様を守ると――ひとりになどさせないと、申し上げたではございませんか」 囁くように言いながら、ノボリさんの親指が髪の生え際を辿って優しく撫でる。 「ッ、!」 なんだ、これ。 どういう雰囲気なんだ。 なんで、こんなに こんなに、ドキドキしてるんだ。 「の、ぼりさ、」 「文字も、ポケモンも、この世界のことも、ナマエ様がお望みであればいくらでも教えて差し上げます。ですから、どうか、」 「――出て行くなどと、言わないでくださいまし」 熱っぽい声でそう言って、俺の頬を撫でる。 またビクリと身体が跳ねそうになるのをどうにか堪えて、俺は咄嗟に口をついて出そうになった言葉を飲み込んだ。 『どうして俺に、そこまで言ってくれるんですか?』 それを、訊いてはいけない。 ただ漠然とそう感じて、だけど俺の中では確信に近くて―― これ以上この話題を続けるべきじゃないと、ノボリさんの手を避けるようにもう一度身を捩り、顔まで布団を被りながら消え入りそうな声で「わかりました」とだけ応えれば、背中越しのノボリさんが安心したような息をつく。 それだけのことに、胸がズキンと痛んだ。 (――だって、俺、) やっぱりこのままここにいることはできないって、そう思ったんだ。 (12.02.18)
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