「今日は負けませんからねっ!覚悟してくださいノボリさん!」 「望むところでございます。それでは、出発進行ーッ!!」 ああナマエ様、今日も大変お可愛らしい! 戦意剥き出し、やる気満々のこの輝く瞳が今日もまた潤むのかと思うと私、想像しただけでゾクゾクいたします! 「ダストダス!どくどく!」 「ジャローダッ!」 効果抜群の技にどうにか耐え切ったジャローダですが、残りHPが少ないのは誰の目にも明らか。 心配そうにジャローダの名を呼ぶナマエ様の瞳が早くも潤み始めます。 ああ、ああ、お可哀想に!ですが勝負は勝負! サブウェイマスターとして、わたくしも手を抜きすぎるわけにはいかないのです。 『いい加減スーパーシングルのチケットあげなよ』 ふと、クダリの言葉が胸を過ぎりました。 確かに、今の一撃で倒れないこのジャローダからも、よく育てていらっしゃることがわかります。 ナマエ様にはスーパーシングル挑戦に値する素質も資格も既に備わっていることでしょう。 ああ、ですが、ですが! (わたくしはやはり、ナマエ様の悔しがるあのお顔が……!) 「ゲンガー!サイコキネシス!」 「ッ?!」 しまった。 思わず考えこんでしまっていた間に指示が遅れてしまいました。 毒の効果で倒れたジャローダに変わりゲンガーを出してきたナマエ様に速攻をかけられペースを乱してしまったダストダスが一撃の下に倒れる。 これはまずい。流れをこちらに取り戻さなければ。 ――そう思って居住いを正した時、わたくしは見てしまいました。 「っ、よし…!」 ナマエ様が頬を緩ませ、微かに笑んだのを。 (――考えてみれば、ナマエ様がわたくしのポケモンを倒したのはこれが初めて、ですか) いつもわたくしが3−0で圧勝しておりましたので、こんなナマエ様を見るのはこれが最初。 胸の奥で心臓が小さく跳ねて、急に喉が、渇いたような。 頭の芯が、ポーッといたします。 (わたくし、どうしてしまったのでしょう……) 頭がまわらない。ポケモンたちにまともな指示が出せない。 それもこれも、ナマエ様からどうしても目が離せないからでございます。 もう一度……もう一度、あの嬉しそうなお顔を拝見したくて…… ――気づけば私、負けておりました。 「ッ…ブラボー!貴方様はその実力で、」 「やっ…やったぁあ!!やったよ皆!ありがとうぅ〜っ!!」 興奮のあまりわたくしのお決まりの口上も耳に入らないのか、ナマエ様はポケモンに駆け寄り、彼らの労を労いながら小さな腕にぎゅっと彼らを抱きしめて頬を摺り寄せます。 無視されたことへの一抹の虚しさが胸をシクリと刺しました、が…それよりもその、お顔が、 頬を染めて、目尻にキラリと涙を光らせながらも本当に嬉しそうに、幸せそうに笑うお姿が、 「――――ッッ!!!」 いつものあの悔しそうなお顔よりも、もっと、もっと、比べられないくらい愛らしくて わたくしは思わず、鼻の辺りを急いで手で覆い隠しました(幸い出ておりませんでした。鼻血) ・ ・ ・ 「ク、クダリ!クダリ!!どういうことですかあれは!」 「あ、ついにナマエちゃんにスーパーシングルのチケットあげたんだって?」 「その通りですがそうではございません!なんなのですあの笑顔!!わたくしナマエ様のことは同じ人間だと思っておりましたが、もしや彼女は天使だったのでs」 「ねぇとりあえず落ち着いてよ。同じ顔が近い」 「これが落ち着いてなどいられましょうか!」 今日も今日とてお決まりの『本日のナマエ様』。 しかし今回はいつもよりも俄然ヒートアップしていて、正直クダリも手に負えない。 わあわあと意味のない叫び声を上げながら床をのた打ち回らん勢いで悶絶する兄に クダリはもはや実の兄弟に向けるべきではない非常に冷ややかな一瞥をくれてやるだけだ。 「ナマエ様の!あの笑顔が!頭から離れないのでございます!!」 「病院行ってきなよ」 「それだけではないのです!あれからずっと動悸が収まらなくて……! はっ、も……もしやこれは……!!」 突然息を呑んだノボリがピタリと動きを止め、わなわなと震えながら口元を押さえる。 また何を言い出すのやらと背凭れに体重を掛けてプラプラと片足を揺らしていると次に兄の口から出てきた言葉に、さすがのクダリも噴き出した。 「これは『恋の病』――という事はわたくし、ナマエ様に恋を……?!!」 「えええええ?!」 まさか、バカな。気付いていなかったというのか。 大声を出して自分を凝視するクダリにノボリが肩をビクつかせ、急にもじもじと視線を逃がす。 「ち、違うのでございましょうか……?」 「いや違わないけど!そうじゃなくて!え?うそ、本気で?本気で今まで自覚なかったの?」 「自覚も何も、まさについ先程気がついたばかりでございますので」 頬を薄っすら染めつつもケロリと言うノボリにクダリの張り付いた笑顔が引き攣る。 あれだけナマエを(嫌な風に)特別扱いしておいて自覚なしとは頭が痛い。 恋愛に対する経験値が低すぎる故なのか、全く持って残念な兄だ。 思わずがっくりと頭を抱えたクダリをシャンデラが心配そうに覗き込む。 対して兄は、気付いたばかりの恋心に逆上せ上がって余計に興奮していた。 「どどど、どうしましょうクダリ!!わたくし次にナマエ様にお会いしたときどのように接すれば……!」 「……うん、とりあえずいつも通り、せめて見かけだけは紳士でいた方が良いよと思うよ」 「そんで上手いこと言ってキャス番でも交換してもらいなよ」 投げやりがちに言ったこの一言に予想外の喰いつきを見せたノボリによってその後就寝時刻まで『女性に警戒されないスムーズなキャス番交換とは』の議論に付き合わされたクダリはその夜、心底ナマエに同情したのだという。 (鬱陶しい兄でごめんねナマエちゃん) 少女がノボリの本性に気付くまで、そう長くはかからないだろう。 (11.10.23)
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