「――では、要するにナマエ様は、いつも通りの電車に乗っていたはずが、転寝して目が覚めるとなぜか、身一つでカナワタウン行きの電車の中だった、と」 「しかも性別まで変わってた、ってこと?」 「はい……」 シン。 覚悟していたとは言え、沈黙が痛い。 うううやっぱ頭おかしい奴って思われたかな……いやでも本当にこれ以上説明のしようがないし。つか俺だってまだ意味わかんないし。 「でもさ、ナマエはポケモンのこと知ってるんだよね?だとしたら、」 「あ、いえその……!ポケモンのことは、確かに知ってるんですけど……なんて言えばいいのか、元々俺のいたところではポケモンは想像上の生き物であって、実在はしなかったんです」 「想像上の生き物、ですか……それはまた奇怪な」 「ポケモンは僕ら人間よりもずっと昔からいるのにねー?」 「バチュ!」 顔を顰めるノボリさんと、バチュルを指先で擽りながら肩を竦めるクダリさん。 さすがにここが俺にとってはゲームの中の世界だってことを言うのはマズい気がして曖昧に誤魔化すしかない。まさか『別の世界からトリップしてきました』なんて言えるほど肝も据わってないし。これ以上変人扱いされるのは嫌だ。 「……そうなりますと、なかなかに厄介ですね」 ポツリと呟かれたノボリさんの言葉に心の中で同意する。 なんたってこの世界ではポケモンがいることが常識なのだから。 「ほんと、すみません……」 「!いえ!!ナマエ様を責めているつもりではないのです!」 「そうそう!遠慮なんかしないで!これから当分は一緒に住むことになるんだから!」 「……――は?」 え?なんて?クダリさん今なんて言った? い、『一緒に住む』……だ、と? 「ナマエ、帰る家ないって言った!だったら僕らのとこにくるしかない!」 「?!いやいやいや!別にそこまでしてもらわなくて結構です!どっか適当に――ポ、ポケモンセンターとかに!泊まるんで!」 そうだ、『ポケモンセンター』! あそこなら確か無料で宿泊ができるって設定だったはず…!(アニメでは!) 「ナマエ様、残念ですがポケモンセンターはトレーナーカードを持つトレーナーしか利用できないのです」 「えぇ?!マジですか!(緩いようで変なところでしっかりしてんなポケモン界!)」 「マジ!大丈夫だよ、僕らの家広いし!それにナマエ、男の子なんでしょ?」 「うっ……!え、えぇ勿論!今はこんななりですが!」 「だったら問題ない!決定!!」 「(えええー)」 いや、本来なら泣いて喜ぶべきところなのかもしれない。 こんな、今日会ったばかりの得体の知れない奴を家に上げてくれるほどのお人よしなんて早々いやしないだろう。 ……だがしかし、ほんの十数分前に起こった悲劇――つまりはクダリさんのあの欠片も悪びれた様子のないオープンなセクハラを思い出すとやっぱり素直に頷くのは抵抗があるわけで。 「………」 チラリと助けを求めてノボリさんを見ると、そんな俺の心情を察したのかハッと小さく息を呑んだノボリさんが、いきなりガシッと俺の両手を掴んできた(う、わ!) 「ご安心くださいまし!あなた様のことは、わたくしがお守りいたします!」 「ぇ!う……っ、えと、あの………」 「――よ、よろしく、お願いします……」 ごめんなさいノボリさん。 100%善意で言ってくれてるのはわかるんですけど、ほんとマジで俺男なんで。 お願いだから顔赤くしないでください(な、なんかこっちまで変な気分になりそうで恐いぞこの人……!) ・ ・ ・ 「――……」 うそ、だろ……? なんなんだこの双子なんの仕事してんだよなんでこんな見るからにクソ高いマンションの最上階になんて住んでんだよお前らどっかの社長か!リビングだけで何畳あんのか言ってみろおい!(格差社会反対!) 得体の知れない恐怖と不条理な憤りで無言のまま肩を小刻みに震わせる俺の背をクダリさんがグイグイ押してデカいソファに座らされ、俺は本当に所在無く、その端に小さくなって座ることしかできない。 おおおおい大丈夫だよな?!この人たち変な仕事してるわけじゃないよな?! 「ナマエ様、どうぞ先にシャワーをお使いくださいまし。その間にご夕食を用意いたしますので」 「!!いえっ!そん、」 「じゃあナマエ!一緒にお風呂入ろ!!」 なん…だと……? 「――クダリ……?」 「いだだだ!!ノボリ、痛い!痛い!!」 固まる俺の代わりに俺に抱きつくクダリさんの肩をノボリさんが真顔で引っつかんで引き剥がす。容赦ないなこの兄さんは。 「全く!何を考えているのですかあなたは…!」 「だってナマエ、男の子でしょ?だったら平気!裸の付き合いしよーよ!」 「いっいやでも!今俺不本意ながら身体は女なんで……!」 まだ自分でもちゃんと確認してないけど、そんな身体を他人に見られるなんて絶対に嫌だ。 「ええ?だったら僕らはナマエのこと女の子扱いした方が良いの?それとも男の子扱い?」 「ッ…そ、それは……!」 確かに、クダリさんの言うことにも一理ある、のかもしれない。 ここに住まわせてもらうなら、そこはハッキリしとかないと二人もやり辛いだろう。 (――でも……) 今の俺って、どっちなんだろう。 中身は男だ。それは間違いない。だって俺は、生まれてから今日までの16年間、ずっと男として育ってきたんだ。普通に好きな女の子だっていた。……ざ、残念なことに、いわゆるDTだけ、ど……だけど、男なのは間違いない。――間違いなかった……のに、今は……。 「――ナマエ様、クダリはわたくしが見張っておきますので、どうぞご安心くださいまし」 ポンと肩に置かれたノボリさんの手が俺の思考を遮る。 ――きっと、それは彼なりの優しさだったんだろう。顔を上げて、一瞬だけ交わった視線の先の、細められた灰色の瞳は、俺の戸惑いを見抜いているようだった。 「………ありがとう、ございます」 何なんだろう。この人は。 俺、男だって言ってるのに、なんでこんなに優しくしてくれるんだろう。 それがどうして――こんなにも、胸に沁みるんだろう。 (頭、撫でんな) あんたのその優しさは、俺を泣き虫にさせる。 「――では、ごゆっくり」 簡単にシャワーの使い方を説明して、ノボリさんが脱衣所を出て行く。 着替えは後で適当に持ってきてくれるって言うから、脱いだものを適当に洗濯カゴに入れていると、ふと、洗面台に貼りつけられた鏡に映る自分と目が合った。 「……マジでか」 そう言えば、今更だけど女になってから鏡を見るのは初めてだ。 そこには、男の俺の面影をほんの少し残した普通に可愛い女の子がいた(これも自画自賛になるんだろうか) これはあの双子やら駅員さんが迷わず女の子扱いしたのも頷けるくらい、どこからどう見ても完璧に女の子だ。 ――ただ、 「………」 ふにっ。 どうしようもない切なさを感じてしまうほど、胸は小さかった(や、きょ、巨乳だったとしてもそれはそれで微妙だけど…!) (12.01.15)
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