あなた様はきっと、覚えていらっしゃらないでしょう。
「――ナマエ様!!!」 ギアステーションが襲撃されたあの日。 イーブイに導かれた先で瓦礫に埋もれたあなた様を見つけて。 やっとのことで救い出したその小さな身体は、傷だらけで。 震える声で、つかえる呼吸で、ただひたすらにあなた様のお名前を呼び続けたわたくしの腕の中で、ほんの一瞬だけ意識を取り戻してたあなた様は、こう言ったのです。 『 のぼ り、さん……わたし―― 』
あの日の告白
「の、ノボリさん……」 「はい。どうかなさいましたか?」 「…あの……これは、おかしくないですか?」 「『これ』、とは?」 「っ、いや…!だ、だからその……っ」 休日。晴れてナマエ様の恋人になってから初めての、いわゆる『お部屋デート』でございます。 ナマエ様ときましたら目に見えて緊張していらっしゃるご様子で、小さなお体を更に小さくして必死に言葉を探すそのお姿がまた、表現の仕様もないほど、例える言葉も見つからないほどに愛らしいものですから、つい頬が緩んでしまうのが自分でもよくわかるほどでございました。 「――ああ。そうですね、こちらの方がよろしかったですか?」 何を仰りたいのか、わたくしにわからぬ筈もなく。 ほころぶ頬のままにナマエ様の細い腰を抱え、ビクリと肩を跳ねさせたその身体を、今度はわたくしの膝の上に降ろしますと、覗き込んだ横顔が一瞬にして真っ赤に染まりました。 「ちがっ…!違います余計にダメですっ!降ろして……!」 「……さようでございますか。それは、残念」 心の底から残念でございます。 折角本日のナマエ様はふわりと軽いスカートをお召しになっていらっしゃったので、わたくしのズボンの生地越しではございますが、やわらかな太股の感触を堪能することができると思いましたのに――という内心は伏せ、再びナマエ様を元の位置、つまり、ソファに深く腰掛けたわたくしの脚の間に降ろして差し上げる。 ああ、あからさまな安堵の息をつくなんて、意地悪でございますね、ナマエ様。 「ええと、ですね……ふ、普通に、隣に座っちゃダメなんですか?」 「おや、ご存知ないのですか?『これ』は、恋人の特権でございます」 言って、意趣返しとばかりに腕の中のナマエ様を抱き寄せる。 小さな悲鳴を上げたナマエ様からは瑞々しい果実のような、甘い香りがいたしました。脳の芯がじんと痺れるような、そんな香りでございます。 思わずスンスンと鼻を鳴らしながらもっとその香りを感じようと項に掛かる髪に顔を押し付けますと、気づいたナマエ様がわたくしの腕から抜け出そうと身を捩って抗議の声を上げますが、ええ、ご心配なく。わたくし、照れ隠しだとわかっておりますよ(なんと可愛らしい方なのでしょう!) 「ノ ボリさん…っ!あああのっ、」 「はい、何でございましょう」 「っ、ちかっ、近すぎて、その……!」 「――えぇ、そうですね。わたくしも少し、緊張しております」 また一つ跳ねたナマエ様の肩口に顎を落とし、この愛しい人を僅かな隙間もないほどに抱きしめる。 小さな背中越しに、伝わりましたでしょうか。
ナマエ様。わたくし、先ほどから胸の鼓動が治まらないのです。
「まだ、夢のようだとさえ思うのですよ。あなた様を、この様に抱きしめることができるだなんて……」 「ッう、ゃ!?」
『食べてほしい』と言わんばかりに薄ら色づいた小さな耳朶を、誘われるがまま唇で食めば、消え入りそうな悲鳴を上げる可愛らしいナマエ様になおのこと胸の奥がざわつく。
ポケモンバトルと似て非なる、この感覚。 まるで枯れない泉のように、こんこんとわき上がる果てのない欲求が、脳を溶かしそうなほどに心地良い。 この様なことは初めてで、けれど、戸惑いはないのです。
わたくしの欲しいものはすべて、今この腕の中でいじらしく身を縮めている少女の中に在ると、わかりきっているのですから。
「――お慕いしております、ナマエ様」
自分でも少し驚いてしまうほど、その言葉はごく自然にわたくしの口をついて出てきました。 きっとそれは、それこそがわたくしの本心であり、今やわたくしという存在を形成する大きな要素の一つとなっているからなのでしょう。
ね、ナマエ様。 ――本当に、我ながら笑えてしまいそうなほど
ただただ、愛おしくて、恋しくて、堪らないのです。
「愛しております。言葉では伝えきれないほど、あなた様が愛おしい」 「の、ぼりさ……っ」 「好きです。ナマエ様。どうかわたくしを拒まないで」 「ッ……!!」
耳朶を伝って、首筋へ、肩口へ。 胸に燃える愛しさを白い肌に映える赤で刻みつけると、息を飲んだナマエ様が、抱きしめるわたくしの腕を震える手でぎゅっと握りしめる。 それは拒絶でなく甘受なのだと都合よく受け止めて眦を緩めれば、小さな小さな声が、上擦りながらわたくしを呼びました。
「ノボリさんばっかり、みたいに…言わないで、ください……っ」 「――と、申しますと?」 「だっ、だから……あの…!私、も……っ!」
言葉を詰まらせて、盗み見たナマエ様の横顔は今にも泣きだしてしまいそうでした。 その理由を知っているからこそ――ああ、もう。本当に、愛しくて、愛しくて、仕方がない。
「『私も』……なんですか?」 「ッ!!」
少しばかり意地悪をして、ナマエ様の顎を掬い上げて顔を上げさせ、頭上から覗き込みますと、わたくしを映した瞳が浮かび上がった透明な熱の中に溺れる。 物言いたげな唇が喘いで、けれどその先がどうしても続かず、もどかしそうに眉を下げ、涙の膜を厚くして。
ナマエ様は、わたくしが言葉を重ねる度、このように苦しげな顔をなさるのです。
(……そんな、申し訳なさそうな顔をせずとも、大丈夫ですのに)
――あなた様はきっと、覚えていらっしゃらないでしょう。
ギアステーションが襲撃されたあの日。 傷だらけのあなた様は、呼びかけるわたくしの声にほんの一時意識を取り戻して、そして、言ってくださったのです。 『 のぼ り、さん……わたし―― 』
言って くださったのですよ。
『 ノボリさん、が、…っ』
『 すき 』
『好き』、だと。 わたくしの目を、しっかりと捉えて。 そう言ってくださったのです。
――ですから
「ナマエ様、どうぞご安心くださいまし」
気に病むようなことなど、なにもございません。 あなた様の心は、既にあの日、この胸にしかと届いております。 きっと永遠に、色褪せることなく、わたくしを貫き続けるのです。
「――あなた様のお気持ちは、わかっているつもりですので」 「の、っン!」 「……こうしたいと、思ってくださったのでしょう?」
違いましたか?と悪びれずにもう一度、ふっくらとした唇をやわらかく塞ぎ笑んで見せれば、遅れて首筋まで赤くなったナマエ様が言葉を失い、胸に飛び込んでくる。 おそらく恥ずかしさが頂点に達して、苦し紛れの行動なのでしょうが――ああ、そのように可愛らしい反応をされてしまいますと、わたくし、いよいよ歯止めが効きません。 いえ、もちろん今は効かせます。無理にでも効かせますよ。 ナマエ様の心の準備が整うまで――もう一度、あの言葉を聞かせて頂けるその日まで、待つ覚悟はできておりますとも。
「ノボリさん、の、えっち……!」 「……お慕いする女性の前では、男はみな発情期のグラエナでございます」 「そんなの初耳です!」 「お気を付けください。悪タイプの、『かみつきポケモン』ですよ」
先ほどの鬱血跡が残った肩口にかぷりと甘く歯を立ててみせれば、子犬のような悲鳴があがる。 そのように可愛らしいあなた様が悪いのです。
(――あのお言葉、取り消すことなど認めませんよ)
どのような事情があるにせよ、いつまででも待つ覚悟はできております。 ……ですからせめて、味見くらいはさせてくださいまし。
(12.08.02)
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