「え……っと……?」 「――たいへんおはずかしいかぎりでございます……」 何だろう。この子。 ちっちゃい――そう、ちっちゃいノボリさんみたいな男の子が、喋ってる。 ちっちゃいお口で、ちょっと舌足らずになりながら、ノボリさんみたいな大人びたことを言ってる。 え、やだ、どうしよう。 「すごく可愛い!!!」 「ナマエちゃん第一声がそれでいいの!?」 クダリさんに呼び出されて連れ込まれたギアステーションの一室で出会ったのは小さな男の子だった。 その子があまりにもノボリさんにそっくりで、それでいてもう信じられないくらい可愛いものだからきっと今の私の目はハート型になってしまっているだろう。 だってだって、思わず握り締めちゃったこの手も小さくてプニプニしててもうなにこれなにこれ可愛すぎる!!! 「クダリさんこの子どうしたんですか?もしかして歳の離れた弟さんだったり?」 「いや、残念ながらその子は僕と同じ日に生まれた双子の兄さんなんだ」 「へぇ――………え゛」 え。 え、待って。ちょっと待ってください。え、だって――え、ええ? そんな、私の知る限りクダリさんの双子のお兄さんって言ったらノボリさんしか、 「わたくし、ノボリでございます」 「正真正銘ノボリだよ」 「………ッえええええ!!?」 ――事の発端はこうだ。 クダリさんが女の子からもらった青いキャンディー。 ちょっと興奮気味に「お二人で食べてください!」なんて言われて、何となく身の危険を感じたクダリさんはそれが差し入れであることを伏せ、先にノボリさんに食べさせて様子を見ることにしたらしい。 結果、そのキャンディーを食べたノボリさんは見る見る内に縮んでいって、見た目およそ5、6歳の今の姿になってしまったと言うことだ。 「酷い話ですね」 「まったくでございます!」 「いやいや、中身まで退行しなかったのが不幸中の幸いかな!」 はは!なんて爽やかに笑ってるけど、やってることはかなり非人道的だ。クダリさんって時々恐い。 だけど、私がそんなクダリさんに対してどうも怒り切れないのは、ソファにちまっと座って唇を尖らせている小さなノボリさんのせいだ。 さっきから不機嫌そうな顔とか仕草とか一々可愛すぎて正直辛い。そんなことしてる場合じゃないってわかってるけど本音を言わせて頂けるなら今すぐ抱きしめてそのまま幸せになりたい。 「それでね、さすがにこんなノボリにバトルさせるわけにはいかないから今日は家に帰そうと思うんだけど……やっぱり一人きりにさせるのも不安でさ。ナマエちゃんさえ良ければ傍についててあげてほしいんだけd」 「任せてください!」 「やや食い気味だったね!」 と、そんなわけで。 今日一日、マルチトレインは車両点検ということで急遽運行停止。 クダリさんはこの責任を取って一人二役でシングルトレインとダブルトレインを回しながら例の女の子を探し、私は小さくなったノボリさんを連れ、テレポートを使って二人のマンションを訪れた。 何かわかったら、もしくは何かノボリさんに変化があれば、随時クダリさんと連絡を取ることになっている……んだけど。 (ううう…どうしよう……!) 幸せすぎて全然危機感持てない……!! 「?ナマエさま、どうかなさいましたか?」 「へっ!?え、いえ!なんでもないですっ!は、はい、どーぞ!」 「…あー、 ん」 (うひゃあああ!!!『あーん』、だって…!『あーん』だって…!!) 小さな口を大きく開けて、私の差し出したスプーンにパクリと食いつくノボリさん。しかも私の膝の上! 部屋に着いて早々お腹を鳴らしたノボリさんに簡単にオムライスを作ってあげたは良いが、椅子もスプーンも今のノボリさんには大きすぎて、必然的にこんな体勢でいわゆる『はい、あーん』をやっているわけなんだけどもう…っ、もう……!! むぐむぐ一生懸命咀嚼してる時に膨らむまあるいほっぺとか見てるだけで動悸が凄いことになってる。 どうしようどうしようノボリさんが可愛すぎて生きるのが辛い!! 「ナマエさま、ナマエさま」 「ッな、んですか?」 「とてもおいしいですっ」 にこっ。 「ッッ――!!!」 効果は 抜群だ ! 心の中でそんなバカなナレーションを入れながら、私はどうにか平静を装いつつ、お約束みたいにケチャップで汚れたノボリさんの口の周りをハンカチで優しく拭うことに全神経を集中させた。 ・ ・ ・ 「ノボリさん、眠たいですか?」 「っ……ぃ、ぇ」 食器の後片付けをしてリビングに戻ると、ソファに座っていたノボリさんが船を漕いでいた。 きっとお腹いっぱいになって眠いんだろう。なのに咄嗟に否定しちゃうところがまたどうしようもなく愛おしいと思う。 普段仕事が仕事で忙しい人だから、お昼寝の習慣なんてないんだろう。 だけど、今日くらいはのんびりしたって良いんじゃないかな。 「ここじゃ風邪ひいちゃいます。ベッドに行きましょう?」 言って、小さくなったノボリさんをそうっと抱き上げる。 私でも軽々抱えられてしまうささやかな重さと、子供特有の甘い匂いに思わず頬が綻んだ。 桜貝みたいな爪のついた指が私のブラウスの胸元をきゅっと握り締めるから、尚更。 「ナマエ、さまも……」 「はい?」 「いっしょに…そば、に……いてください、まし…」 相当眠いのか、もう目をしょぼしょぼさせながら、甘えるように私の胸に頬を寄せてくる。 そんなノボリさんのお願いを断れるはずもなく、ノボリさんの寝室のドアを静かに開けた私は広いベッドの中心にノボリさんを降ろして、自分もその横にゆっくりと寝転んだ。 なんだか不思議な感覚だ。 いつもの大人なノボリさんとだったら、こんな風に落ちついて一緒に寝れるわけがない。 と言うか、一緒に寝室に入るという時点で私のキャパシティを越えている。 だけど、今の天使みたいなノボリさんとだったら全然平気だ。 やましさなんてちっとも感じられない。ただただ愛おしい。守りたい。そんな感情ばかりが際限なく込み上げてくる。 もしかしたら、母親ってこんな感じなのかな。 「ナマエさま……」 小さな声で私を呼んだノボリさんが、目を閉じたままもぞもぞ身を寄せて、もう一度胸元に顔を埋める。 普段なら飛び上がるところかもしれないけど、今はそんな気が起こらないどころか、むしろ嬉しくてきゅんきゅんする。 耐え切れずに私からもノボリさんを緩く抱き寄せると、ノボリさんが目をとろんとさせて私を見上げた。 「ナマエさまは……こどもが、おすきですか……?」 「え、あ……そ、そうみたい、です」 多分、正確には子供じゃなくて、子供になったノボリさんが――つまりは、ノボリさんのことが、好き過ぎるんだと、思う。 でもそんなこと恥ずかしくて絶対言えないし、曖昧に言って誤魔化すように笑うと、ノボリさんはまた嬉しそうに目を細めて、無邪気に微笑んだ。 「でしたらわたくし……がんばります、ね」 何を、とは言い切らないまま目を閉じたノボリさんから穏やかな寝息が零れる。 その意味を深く考えることを阻むように、私にも抗い難い眠気が訪れて――ぽかぽかの春の陽気に包まれた部屋の中、また無意識のうちに擦り寄ってきたノボリさんを抱きしめなおして、私もぼんやり目を閉じた。 ……のが、おそらくおよそ数時間前。 夢うつつの中でも何か異変を感じて目覚めた私は、眠る前の穏やかさが嘘のように凍りついたまま身動きも取れずにいた。 (どっ……どういう、こと……!!) 目の前に、裸の胸板。 背中に感じる逞しい腕。 布団の中で絡まった脚。 もちろんその持ち主は、一人しかいない、わけで。 「〜〜〜!!!」 恐る恐る視線だけ上に上げれば、予想通り、いつものノボリさんのドアップ。 そう――『いつも』の、ノボリさんだ。 二人してお昼寝している間に、彼は小さな可愛いノボリさんから大きくてかっこいいノボリさんに戻ってしまったようで――だけどそのことに気がつかないまま、ぎゅうぎゅう私を抱きしめて眠り続けている。 うっすら開いた形の良い唇から零れる僅かな寝息が私の額のあたりをくすぐって、その何とも言えない生温かさに肌が粟立つ。 心臓が、待ってましたとばかりに本領を発揮して耳元で響きだした。 (やっ…!無理っ、これは無理……!!早く、どうにか…!) どうにか、ここから抜け出さなければ。 だって…だって、今、視界の端に明らかに不吉なものが見えた! 小さくなったノボリさんが着てた服の残骸みたいなのが見えた!! (ってことはつまり今のノボリさんは……!!) "ピピピピ!" 枕元に置いておいたライブキャスターが絶妙なタイミングで鳴って、私は心の中で絶叫しながら自分でもビックリするくらい素早く応答ボタンを押した。 うわあああんもうやだノボリさん起きちゃったらどうしてくれるんだ心臓飛び出るかと思った!! 『あ、ナマエちゃん!ノボリどうなってる?例の女の子に話聞けたんだけど、あれ時間が経てば自然に元に戻るみたいで、』 「クダリさんお願いですお願いですから早く帰ってきてくださいノボリさんが起きる前に……!!」 『――……わかった!』 泣きそうになりながら潜めた声で早口に言う私の反応を見て、クダリさんは大体のことを理解したらしい。 ひきつった笑顔でそう応えたクダリさんとの通話を終了させた部屋に静寂が戻ってくる。 その静けさの中、服越しに伝わってくるノボリさんの体温と――お、お腹の辺りに感じる違和感から必死に意識を逸らし続け、私はただひたすらに、クダリさんが帰ってくるまでノボリさんが目を覚まさないでいてくれることを祈った。 「ん ナマエ、様ぁ……」すりすり 「ッ!!(お、お願いだからそれ以上おしっ、押し付けないでぇぇ!!!)」 (12.03.23)
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