プラズマ団による襲撃があったあの日から一週間。 一時は運行休止になっていたバトルサブウェイは、今は何事もなく通常運営を再開し、多くのトレーナーが自慢のポケモンを連れ、意気揚々と地下鉄に乗り込む光景が戻ってきた。 そしてその中には勿論、ナマエの姿もある。 (47連勝……!あと、1勝!!) 5両目のバトルを勝利し、ノボリの待つ7両目までは残り1戦。 興奮と緊張が交互に押し寄せて、抑えようもなく高鳴る胸を自覚しながらナマエはゆっくりと深呼吸した。 (大丈夫…どんな相手でも絶対、絶対負けない……!) 回復を済ませたモンスターボールを手に、6両目に繋がるドアの前へ。 祈るように強く閉じた瞼の裏に恋しいその人の姿を思い浮かべ、覚悟を決めてドアを開ける。 ――その向こうで待ち構えていた人物に、ナマエは思わず目を疑った。 「っ、 な…え?!」 「新記録達成おめでとう、ナマエちゃん!」 「クダリさん?!」 ナマエが思い浮かべていた人物とは正反対の白のコートと帽子を身に纏った、笑顔のサブウェイマスター。 彼が担当するのはダブルトレインのはずだ。 それがなぜ、スーパーシングルの――それも、双子の兄の一つ手前になんて構えているのか。 予想外の出来事に、思わず自分が電車を乗り間違えたのかと慌てだしたナマエを見つめ、クダリはクスクスと楽しそうに笑った。 「ビックリした?担当の子に『お願い』して、代わってもらったんだ。ナマエちゃんが連勝してるって聞いたから」 「そ、うなん、ですか…?」 「ソーナンデス!僕もナマエちゃんと、本気のバトルしてみたかったから」 「――!!」 ナマエの表情が急に引き締まった。 おそらく彼女は、それが自分への試験だとでも思ったのだろう。 彼女がノボリに相応しい実力を有しているか否か、クダリは見極めようとしているのだと。 ――けれどそれは、残念ながら勘違いだ。 帽子の鍔をそっと引き下げ、クダリは密かに苦笑した。 「――ねぇ、ナマエちゃん。賭けをしようよ」 「?……賭け、ですか?」 「うん、」 顔を上げたクダリの瞳が、いきなりの提案に困惑した様子のナマエを捉える。 一拍、僅かな間をおいて、クダリはニッコリと微笑んだ。 「――このバトルで僕が勝ったら、僕の恋人になって!」 「、ぇ――え?!!」 何を言われたのか、理解したナマエの顔が一瞬にしてボンと赤くなる。 それにつられた様にクダリもまた僅かに頬を上気させ、照れくさそうに肩を竦めた。 「手を繋いで、二人でデートしよう。おいしいものを一緒に食べて、色んな話をして、時々ケンカもしちゃって、それから――君がその気になってくれたらキスをして、ちょっとだけ、エッチなこともしよう」 「 く、だりさ……っ」 「――その代わり、君が勝ったらとっておきの秘密を教えてあげる!」 ナマエの言葉を遮るように、いつも通りの笑顔を浮かべてベルトにつけたモンスターボールを構えたクダリに続き、ナマエも同じようにモンスターボールを構える。 その姿に、クダリは満足げに目を細めた。 「勝負はいつだって、真剣でないとつまらない。そうでしょ?ナマエちゃん」 「――負けません、私……絶対!」 未だ動揺の中にありながらも、既にその瞳には揺るぎない闘志が宿っている。 (この子はほんとに、強くなった……) きっと、『彼』のために。 込み上げてきた苦い想いを飲み込んで、クダリは高ぶる感情のままに声を張り上げた。 「お互いに、目指すは勝利!全速前進!!」 ・ ・ ・ 「あーあ、負けちゃった!」 勝負は結局、ナマエの勝利で幕を閉じた。 互いに最後の一匹まで追い込んだ、まさしく接戦。もしも一つ読み違えていたなら軍配はクダリに上がっていただろう。 しかし、クダリはなんとなく、こうなるであろうことがわかっていた。 『負けても良い』――心の底でそう思っていた時点で、『絶対に勝つ』と言い切った彼女に負けていたのだ。 「クダリさん、あの…っ」 「いいんだ。なんだか今、すっごく清清しい気持ち!やっぱり、君とのバトルはすっごく楽しい!」 「ねぇ、今度はスーパーダブルに挑戦してよ!」 「――はいっ!」 きっと彼女はもう、クダリの本心に気づいているのだろう。 それでも、心から嬉しそうに笑顔で頷いてくれたことにクダリの胸はじわりとあたたかくなった。 彼女に恋をしてよかったと――本当に、そう思った。 「……それじゃ、約束だったとっておきの秘密、教えてあげる」 備え付けのマシンで回復させたモンスターボールを腰に戻すナマエの耳元に、そっと背を屈めて唇を寄せる。 内緒話をするように潜められた声はどこか楽しげだった。 「ノボリはさ、女の子の知り合いなんて少ないから――ナマエちゃんのことずっと、カミツレちゃんに相談してたんだよ。デートはどこに誘えば良いかとか、どんな風にすれば喜んでもらえるかとか」 「ッ――え、!」 「……それから」 「カミツレちゃんてね、実は男よりも女の子の方が好きなんだって」 「 へ?」 「――そういうわけだから、『気をつけて』ね!」 「え、っちょ!うわぁ!!」 一体何に気をつけろと言うのか。 追求する前にクダリに背を押され、7両目に押し込まれる。 勢いでよろけながら後ろを振り向くとドアの向こうのクダリは笑顔で手を振っていた。 (あ、えっ…ど、どうしよう、来ちゃった……!) ここまできて今更だが、スーパーシングルトレインでサブウェイマスターの――ノボリのもとまでたどり着いてしまった。 ナマエとしてはもう、告白しにきたようなものだ。 さっきのクダリの爆弾発言も一瞬でパニックになった頭の端に追いやられて、心臓がバクバクと暴れだす。 そんな中、ゆっくりとノボリがいるはずの車両の奥を見たとき、ナマエは本日二度目のサプライズに今度こそ声を失った。 「ッ――??!ノボリさん?!」 「ん゛んー!!」 目的のその人はなぜか、スマキ状態で縄に縛られ、猿ぐつわを噛まされて床に転がされていた。 「なっ、え?!ど、どうしてこんなことになってるんですか…っ!」 「ぷは!げほっ…ごほ!ッナマエ様!ご無事でございますかッ!!?」 「いえむしろノボリさんこそ大丈夫ですか?!」 駆け寄ってとにかく急いで猿ぐつわを外してやれば開口一番になぜか身を案じられ、嬉しいが正直意味がわからない。 何がどうしてこんな状態になっているのか。 妙にしっかりと結ばれた縄の結び目を四苦八苦しながら解いて拘束されていた彼の身を解放すると、ノボリは忌々しげに6両目のドアを睨みつけながらコートの汚れを払い立ち上がった。 「――お見苦しい姿をお見せして、大変失礼いたしました……いえ、電車に乗り込もうとしたところ背後から不届き者に襲われまして」 「……その『不届き者』って言うのは…」 「お察しの通りでございます」 「(クダリさん……)」 ダブルトレイン担当のはずのサブウェイマスターがスーパーシングル48戦目に待ち構えていた経緯が見えてきた。 チラリと後ろを窺ったナマエの意識を引き戻すように、ノボリが一つ咳払いをする。 反射的に彼に向き直り、灰色の瞳と視線がぶつかると、ナマエの頬はそれだけでじわじわと熱を持った。 何だかんだで、ノボリに会うのはあの日――彼に全てを打ち明けて泣きじゃくった夜以来だ。 「――お体の具合はどうですか?」 「へっ?え…っ!あ、全然!もう全然大丈夫です!!傷とかも、跡は残らないから安心して良いってお医者さんが!」 イーブイをかばって『いわなだれ』を受けた代償は、幸運なことに軽い打ち身と打撲程度だった。 今はまだ包帯を取れずにいる部分もあるが、日常生活には殆ど支障がない。 そう告げると、ノボリがほっと息をついて、ナマエを見つめる眦を和らげる。 「それは、本当によかった」 「ッ……!!」 自然に伸ばされたノボリの手が、愛しげに頬を撫でる。 その眼差しに、触れる手つきに、彼の想いが如実に表れるようで、ナマエは本気で恥ずかしさのあまり死んでしまうのではないかとバカなことを考えてしまった。 「っっの、ノボリさん私!私、ちゃんと、ここまで来ました!だから――!!」 「……ええ。では、この勝負が終わりましたら、ナマエ様の本当のお気持ちを聞かせてくださいまし」 「〜〜〜っ、は い!」 (大丈夫。もう――自分に嘘は、つかない!) ノボリの言葉が、こうして彼のもとまでたどり着くことができたという事実が、確かな自信となって背後を支えてくれる、安心感。 後はもう、全力で彼にぶつかって行くだけ。一つも後悔を残さないように。ありのままの自分で。 (できるなら……ううん、勝って――勝って、言うんだ…!) 「覚悟してくださいね、ノボリさん!」 「ええ、ナマエ様。全力でお相手いたします――それでは!」 「二人の輝く未来に向かって、出発進行――ッ!!」 「えええ?!」 (11.12.23)
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