ポケモン | ナノ


(勝っ、た……!)

スーパーシングルトレイン、42連勝。
危うい局面は何度かあったけど、とにかく後6回勝ち進めばノボリさんの待つ最終車両。
ここまでこれたのは初めてだ。
今日はかなり運が良いのかもしれない。だって私、バトル担当の鉄道員さんに会うのも初めてだった。
もしかしたら――もしかしたら、このままノボリさんのところまで行けるかもしれない。
バトルポイントを貰って、一度電車を降りて一息入れてる間も興奮が止まらなかった。

ベンチに座って、自販機で買ったジュースを飲みながら、これからの勝負のことを考える。
ここまで来たらもう、パーティーも順番もこのままで、行けるところまで行ってしまおう。
今なら、きっと――


「ねぇ聞いた?!今カミツレさんもスーパーシングルに挑戦してるんだって!」


「ッッ!!」

背中合わせのベンチに座ったOL風の女の人の言葉に、思わず肩が飛び跳ねる。
他人の会話を盗み聞きなんて、よくない。わかってるのに、固まった身体の耳が、集中してその声を拾っていた。

「うそ!今何戦目くらい?」
「4周目過ぎたあたりだって!珍しいよね、カミツレさんがバトルサブウェイに来るなんて!」
「いや…それが最近は、結構頻繁に来てるらしいよ?」

(――え……?)

ズキン。ズキン。
心臓が、痛い。

そう、だ。そう言えば、カミツレさんは、ノボリさんやクダリさんと近しい間柄、なんだった。
この間だって、『ディナーを奢らせる』って。

(最近、よく来てるんだ……私、全然知らなかった)

「そう言えばさ、今日買った週刊誌に小さくだけど――あ、あったあった、ほら!」


「『ジムリーダーカミツレ、サブウェイマスターノボリと親密交際?!』だって!」


「――ッ!!!」

ダメ。これ以上、聞いてられない。
さっきまでとは違う理由で心臓が早鐘を打って、その場にいることに耐え切れず、勢いよくベンチから立ち上がった。

(私…ッなに、考えて……!)

自分の気持ちが、風船みたいに萎んでいくのが手に取るようにわかる。
それでも、抑えられない。
クダリさんに背中を押されて、やっと前向きになれたと、自分でも思ったのに――こんなにも簡単に、心が折れてしまう。

例え、もしも本当にノボリさんがカミツレさんとそういうお付き合いをしていたとしても、今の私が彼を責めることなんてできない。

(ッ――違う、そうじゃない…!)

そんなことはないって、ほんとはちゃんと、わかってる。
ノボリさんは、そんな不誠実な人じゃないって。
あの人が、そんなことするはずがないってわかってるけど、だけど。

ノボリさんに、そのつもりがないにしても、カミツレさんが――あの人が、ノボリさんのこと、好きだったとしたら。
忙しいジムリーダーとモデルの仕事の合間を縫ってこのバトルサブウェイに通い詰めるほど、ノボリさんのことが好きなのだとしたら。


(私、よりも……)


こんな、どこにでもいるような子供よりも、強くて完璧なカミツレさんと付き合った方が――

「っ……」

やっぱり、ダメ。
ダメだ、私。こんなこと考えてるようじゃ、いつまでたっても変わらない。
――私は結局、臆病者のままだ。









(カミツレさん、今頃ノボリさんに会ってるころ、かな……)

あの後、7周目には挑戦せず、ライモンシティに戻ってきた。
多分、今のこの状態で戦ったとしてもノボリさんのところまではたどり着けなかっただろう。
だから、これでいい――はず、なのに。
カミツレさんと、ノボリさんのことを考えると泣きたくなった。

(私、嫌な子だ……勝手に想像して、勝手に傷ついて…っ)

バカみたい。
やっぱり、こんな私じゃノボリさんには――

そんなことを考えながらポイント交換所を通り過ぎて階段を上った時、ギアステーション内が妙に騒がしいことに気がついた。


「バトルサブウェイはポケモン同士を無理やり戦わせる非情な極悪施設だ!!今すぐポケモンを解放しろ!!!」


ギアステーションの入り口を塞ぐように、ツートンカラーの服を着た十数人の男女が立ちはだかっていた。
その手に構えられたモンスターボールから次々にポケモンが飛び出して、負けじと応戦する人たちが出したポケモンたちと、あっという間に混戦状態になる。

(ッこれ、って…プラズマ団――?!)

聞いたことが、あった。
このイッシュ地方には、ポケモンの解放を訴える秘密結社があるって。
そしてその人達は――ポケモンを解放するため、トレーナーからポケモンを略奪するんだって。
でも、まさか本当に自分がその人たちに巻き込まれる日が来るなんて、夢にも思わなくて――足が、震えた。

(どうしよっ、わたし……!)

バトルサブウェイでのポケモンバトルは、厳しいルールの上で成り立っている。
トレーナー同士のバトルだってそうだ。最低限のルールに守られているからこそ、自分のポケモンを安心して戦わせることができる。
だけど、今この場には、ルールなんてない。
大切なパートナー達を、奪われるかもしれない。

「っいやあああ!やだあ!つれてかないで!あたしのチラーミィ!!」
「うるさい!さっさと他のポケモンも出さなければ、痛い目を見るのはお前だぞ!」

「――ッ?!!」

子供の泣き声。
振り向けばそこには、今まさにその子の腕からチラーミィを強引に奪ったプラズマ団が、手を振り上げる。

考えるよりも早く、身体は飛び出していた。


「ガッ!!ッ……なにしやがるこのガキぃ!!」


渾身の、体当たり。
その拍子にひるんだプラズマ団の腕から抜け出したチラーミィが子供のもとへ走る。
私自身、体当たりした勢いで床に崩れ落ちながら、その子に向かって震える声を振り絞った。

「逃げて!!ノボリさんを…ッ、サブウェイマスターを呼んできて!!!」

ジュンサーさんでもなく、クダリさんでもなく、私の口から咄嗟に飛び出したのはノボリさんの名前だった。
ノボリさんなら、ノボリさんさえ来てくれれば、どうにかなるって、そう思った。

「行け、ワルビアル!!そいつをやっちまえ!!」
「ッ、行って、ジャローダ!!」

やるしか、ない。
恐くて、全身が震えてる。だけど――この子達を守るには、戦うしかない。

(大丈夫、私に、だって――!)

今まで伊達にバトルサブウェイで鍛えてきたわけじゃない。
正直相性はよくないけど、一体ならどうにか――そんな私の考えが見透かされたのか、相手はニヤリと笑うと腰に下げたモンスターボールを次々と投げ出した。

「う、く……!」

6体、手持ちのポケモン全て、だ。
こんなのもう、トレーナーのバトルじゃない。
最悪なことに私はシングルバトル用の3体と、非戦闘員のイーブイしか連れていなくて、状況は一気に暗転した。
もともとこのバトルサブウェイのために育てた子達だから、レベル自体はそこまで高くない。
つまり――いくら相性が有利でも、レベル差でゴリ押しされれば、一溜まりもないってことだ。

「ジャローダッッ!!!」

最後まで粘ってくれたジャローダも遂に倒れて、私はもうなす術がない。
プラズマ団の男がニヤリと笑って、こちらに一歩近づく。

(ダメッ いや――!!)

咄嗟にモンスターボールの中にジャローダを戻して、床に座り込んだまま、身体を丸めた。
ギュッと目を閉じた瞬間、強い蹴りが脇腹に入る。
誰かに蹴られるのなんて初めてで、あまりの痛さに悲鳴も出せないまま、惨めに床に転がる。
痛い。恐い。痛、い。
それでも、絶対、絶対にこの子達を奪われたくなくて――モンスターボールを必死にお腹に抱き込んだ。
その瞬間、ボールの一つがカタカタと小さく震えて、止める間もなく中から飛び出したのは、小さなイーブイだった。

「ッ、イーブイ!!!戻って!!」
「フーッ!!!」

このイーブイは、戦闘に向いてない。
ジャッジさんによると個体値自体は相当優秀な方だけど、臆病な性格がバトルを好まなかった。
だから、この子はまだ一度も実戦に出したことがない。
――敵うわけが、ない。
それなのに、私を守ろうとするかのようにプラズマ団の前に立ちふさがって、震えながらも毛を逆立てて歯を剥き出す。
そんな小さな後ろ姿に、涙が溢れた。

「なんだ、まだ手持ち残ってるんじゃねぇか!――行け、ワルビアル!!」


「『いわなだれ』!!」


(イーブイ――!!!)

だめ
イーブイは、まだあんなに小さいのに
そんな技受けたら、死んじゃうかもしれない


身体の痛みも、その瞬間は忘れていた。
ただ、目の前のイーブイを死なせたくなくて、必死に地面を蹴って、
イーブイの身体を腕の中に抱きしめたのと殆ど同時に、さっきの蹴りとは比べ物にならないくらいの、衝撃。

私の意識は、そこで途切れた。



(11.12.19)