「――で、これは一体どういうことなんですか」
感動(?)の再会からおよそ30分後。 ノボリさんに強く腕を引かれて連れてこられたサブウェイマスター用の執務室とやらの中で、俺は座ったイスに縛り付けられた状態で身動きが取れずにいた。
「申し訳ございませんが、終業時刻まで我慢してくださいまし」 「お腹すいた?飴玉あげよっか。はいあーん!」 「そうじゃなっ、む゛!」
コロンと口の中に入ってきた飴玉(イチゴ味に似ている)に言葉を邪魔されて黙り込んだ俺をクダリさんはニコニコしながら眺めて、ノボリさんは不意に俺の前髪をかき上げると、晒された額に当然のように唇を押しつけてきた。
「……では、わたくしはまたバトルの要請が入ってしまいましたので……クダリ、見張りは頼みましたよ」 「りょーかい!」 「っちょ、ノボリさ」
抗議の声が、ピタリと唇に触れた人差し指に押し込められる。 思わず息を詰めて肩を跳ねさせた俺の反応を、ノボリさんはあからさまに熱の籠った眼差しでじっと見つめたまま、下唇の輪郭を意味深に辿った。
「ナマエ様、お話はまた後程――二人きりでゆっくりと、ね」
「!!!」
瞬間、体中の血液が昇ってきたんじゃないかってほど、顔が熱くなった。 今度こそ言葉を失って、金魚みたいにパクパク喘ぐしかできない俺に、ゆったりと目を細めたノボリさんが妖艶な笑みを浮かべて踵を返す。 ……なんか、とんでもない宣言をされた気がするんだけど大丈夫かこれ。
「大丈夫じゃないと思うよ。ナマエ、今夜は覚悟した方がいい」 「ッ……デスヨネー」 「うん。今日は僕宿直だしね、ゴシューショー様!」
相変わらずさらりと人の心を読んで、クダリさんは底抜けに明るくそう言った。 ちくしょう、半分は面白がってるぞこの人。
「……ところでクダリさん、これほどいてくれません?」
ため息をついて、取りあえず今は今夜のことを考えないようにと自分に言い聞かせ、後ろ手に縛られた腕の解放を訴える。痛くならないように縛ってくれたみたいだけど、やっぱり落ち着かないし。こんなのなくても別に……俺はもう、どっかに行く気なんてないんだから。 ――それも目の前のこの人ならわかっているだろうに、悪戯っぽく目を細めたクダリさんはこてんと小首を傾げた。
「ほどいてほしい?」 「………」
マズい。 これは、絶対になにか企んでやがる。
「ねぇナマエ。僕、すっごく気になってることがある!」 「ッ……な、なにが、ですか……?」
ズイッと近づいてきた笑顔に、嫌な予感ゲージが跳ね上がる。 それでも先を促すことを言外に強要してくるその笑みに逆らうことができず、震える声で訊ねれば、クダリさんは待ってましたとばかりに瞳を輝かせた。
「ナマエとノボリって、もうエッチしちゃったの?」
「ッッ――!!」
予想通り、と言えば予想通り。 とは言っても、予想以上にあけすけな質問のせいでまたしても顔が熱を持つ。 とても成人男性とは思えないこのエンジェルスマイルを浮かべるクダリさんだけど、中身まで天使とはいかないようだ(いやわかってたけど!!)
「ノボリには聞ける雰囲気じゃなかったからずっと我慢してた!!ねぇ、まさかキス止まりってことはないでしょ?ナマエがいなくなる前の夜も僕は宿直だったし、“ソウイウコト”するためにあの日を選んだんだよね?」 「っそ…それ、はっ……!」 「ナマエだって元は男の子だもんね。両想いだってわかってるのに好きな人とお別れするって決めたなら、何もしないなんてことはありえないでしょ?」 「ゃ、あ…う、だから……っ」 「――で、どうなの!!?」 「〜〜〜〜〜っ!!」
ひく、と喉が引き攣って、あまりの恥ずかしさに眼球にまで熱がにじみ出た。
だって、全部バレてる。 お別れの夜にあの日を選んだのはまさしく、クダリさんが留守の夜だったから。 最初からノボリさんと、“ソウイウコト”をするつもりだったから。 綺麗に言えば『思い出をつくるため』――だけど、そこには確かに、好きな人とそういう風になりたいっていう、原始的な欲求も含まれていた。 それをまるごと見抜かれてしまって、もう弁解もできない。
「く……だりさん、の、鬼……!!」
それ以上顔を上げていることもできず、俯いて羞恥に震える身体を持て余す。 そうすると、頭上で小さな笑い声がして、うっすらと涙の溜まっていた目尻をクダリさんの指先が優しく撫でた。
「ごめんごめん。ちょっと意地悪しすぎちゃったね」 「……絶許ニ許サナイ」 「ふふ、恐い恐い!じゃあさ、お詫びにひとつ、イイコト教えてあげる!」
言って、俺に合わせて屈んだクダリさんが、耳元でそっと囁く。 ――その内容に、目を剥いた。
「ノボリってね、緊縛モノが好きみたい」
「………――え゛」
まさに今、自分の置かれているこの状況を思い出して、血の気が引く。
待て。 待て待て待て。ちょっと待ってくださいお兄様方。 じゃあなにか。つまるところこれは、俺をもうどこにもやりたくないとか、そういういじらしい願望から来ている切実なものじゃなくて、単にノボリさんの――
「――あ、ごめんナマエ。ダブルにも要請来たから行ってくるね!」 「!!?ま、ままま待ってクダリさん行くならコレほどいてください約束だったでしょう!?」
ひらりとコートの端をひるがえしたクダリさんに慌てて追いすがる。 そんな涙目の俺を振り向いたクダリさんは、あのエンジェルスマイルでこう言った。
「やだなぁナマエ、僕は『ほどいてあげる』なんて一言も言ってないよ?」
「ッ……!!!」
――天使だなんてとんでもない。 そうだ、この人は、天使の皮を被った子悪魔だった……!!
「くっ…クダリさんのバカッ!!嘘つき!!薄情者ぉ!!!」 「薄情なのはナマエでしょ?僕にはなーんにも言わないで出て行っちゃったお仕置き、しっかり受けてもらうからね!」
ケラケラと笑って冗談混じりなように言ってるけど、今一瞬目が笑ってなかった、ような……!!
「ッ――やっ、あのっ、謝ります!本当に謝りますから!!だから今日は一緒に帰りましょう!!ねっ!!?」 「ふふっ、安心して。僕ってそこまで野暮じゃない。恋人同士の久しぶりの再会なんだもん、邪魔なんてできないよ――と、言うわけだからナマエ、」
「今夜は頑張ってね!」
もっともらしいことを言いながら、最後にはにっこり笑顔で俺を脅かしていく。
本当に怒らせてはいけないのは、ノボリさんではなくてクダリさんの方なのかもしれない―― 閉じられたドアの向こうへ軽やかに消えた白い背中を見送りながら、俺は今更ながらにそれを悟って蒼褪めた。
(13.03.17)
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