ふとした時に、思わぬ拍子で、等身大のジオラマのような彼女が微笑みを向ける。

「土浦くん」

華奢な四肢に小さな頭。
簡単によろけるその頼りない体はいつだって何かしら重い荷物を抱えている。
いつか、隣で差し伸べ続けたこの手を取らなかったこと、後悔しろよ。
そうやって強がっておきながら、きっとこの先も、無条件に手を貸してしまうんだろうなと時折思う。

「今日、誕生日なんでしょ?!知らなかったよ」

夏休みに入って一週間弱。
せっかくの長期休暇のせっかくの誕生日だと言うのに楽譜を大量に抱えて俺は大学にいた。
空調管理が完璧で、且つ利用者が少なく資料も豊富なこの図書室を俺は大学生活で幾度となく利用することになる。

「誰から聞いたんだよ、そんなこと」
「天羽ちゃんからだよ。もー、今までなんで知らなかったんだろう」

それは、俺の誕生日が毎年夏休みの真っ最中で、これまで今日という日におまえと顔を合わせることがなかったからだろう。
第一、毎年誕生日を祝い合うような間柄でもなし。
などと少し捻くれた返答をすると彼女は憮然として言い放つ。

「……そりゃ、そうなんだけど。でも、友達なんだから」

呆れた。
いい加減女々しいのは自覚しながらも、それでも隠すことなく(あえて主張はしなくとも)好意を伝えているはずなのに。
こともなげにその相手に向かって堂々と『友達だ』と宣うとは。
参考にしていた音楽史の本をバタリと閉じて頬杖をついた。
彼女が向かい側でテーブルに両手を着く。
白く細長い両腕が、申し訳程度についている袖から伸びる。

「で?何をしてくれるんだ」
「天羽ちゃんと加地くんと冬海ちゃんと志水くんで、ささやかなパーティーを」
「断る。俺は忙しいんだ」
「えぇ?!」
「騒ぎたいだけだろ。体のいい理由にされてたまるか」

提案者・天羽のささやかな、それでいて多大なるお節介の誕生日プレゼントには気付いた。
そんなふうには繋ぎ留めておきたくはないんだ。

「…そうやってお前が俺を視界に入れてくれるのも、悪くない。だけど見てくれるなら、全部受け入れてほしくなる。何度も言ってるだろ?」

お前が好きだ、って。

テーブルから両手を離して、胸の前で指先を弄ぶ。
俯いた彼女はじっとその自分の指先を見ていた。
想いをすっぱり断ち切れない俺の弱さを、彼女の所為にしていることは分かってる。
それでも好きでいたいし、好きでいさせてくれたらそれ以上望まない。
本当は友達だってなんだっていいんだ。
そばにいてくれさえしたら。
笑ってくれたら。
何も迷うことなく、ただ笑っていてほしい。
誰に恋をしようがしなかろうが、無責任なまでにそう思っている。
今、互いにこうして迷わずに道を進んでいるのだから、俺はある意味それで満足していた。

「……だからさ、いいんだよ。誕生日なんてさ」
「でも、」
「何もいらないんだよ」

見上げると、正面から視線がぶつかる。
何か言いたげなのに、何も出てこないのか唇がきゅっと引き結ばれている。

「どうしてもって言うなら、ヴァイオリンだな」

その言葉に一瞬でぱっと顔を輝かせる。

「リクエストは?」
「パガニーニ」

輝いた顔が固まる。
少し噴き出した。
みるみる困り顔になっていく彼女に俺はその真意を伝えた。

「来年の今日までに、パガニーニを一曲弾けるようにしておけよ。俺だけのために」

それでいい。
たった一曲、それだけあれば十分だ。
それだけは俺のものだ。
そして来年は、また新しい課題を押し付けることができたら。

その約束が何よりのプレゼントだった。

















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