「告白しないの?」
「…なんの話だい?越前。」
返却処理を済ませた本を棚に戻していた越前が、不意に。
ニヤリと口角を上げた越前にドキリとして、返事まで一瞬間が空いた。ドキリ、というのは悪い意味で。間違っても乙女の抱くああいう高鳴りとは相容れない類だ。
夕日が射し込む図書室で発せられたその一言は僕にとってはとてつもなく大打撃だった。借りようと思っていた本を支える指に力が入ったのはそのせいだと思う。
「好きなんでしょ。」
「だからなんの話してるの。」
越前が言いたい意味はわかっていた。 身に覚えがあったし、越前にはなんとなく前から見透かされているような予感がしていた。そこまで承知で僕は挑むように、尚もシラを切ろうと試みる。
敗北を見据えた上で。
「なんの話か言っていいの?」
「だからなんの話か聞かないとわからないだろ。」
「ふぅん」
越前の猫目がちょっぴりせせら笑うように形を変えた。
先輩に向かって、失礼な奴。やっぱり甘やかし過ぎたのかもしれない。だなんて。 土壇場にきて思い直したところで遅いけど。
「じゃあ言わせてもらうッスけど、」
さっき戻した本の背表紙を撫ぜる越前の言葉を、夕日が本を焼いていくのを見つめながら息を詰めて待つ。もうバレているのは分かっているけれど、心のずっと隅っこの方で『本当は違う話なんじゃないのか』と淡すぎる期待を抱いていた。
「部長のこと、好きなんでしょ。」
こういう話をするのに書棚と書棚に挟まれた、この狭く長い空間はあまり向いていないな。と、かなり主観的に思った。きっと越前はそうは思っていないだろうけれども。 見積もり通りの負けに僕は肩を竦めて言った。
「バレてた?」
「まぁね」
「いつから?」
「何が?」
「僕が手塚のこと好きだって、いつから気付いてたの?」
どうせバレてるなら今更言い訳しても仕方ないし、きっと越前に嘘なんて通じないし。ならいっそ聞きたいことを思う様聞いても良いんじゃない?と開き直ってくる。
「まぁ。けっこう最初の方からかな。」
「最初って?」
「最初って言ったら最初。」
ホラ吹きとかじゃなくて、それって本当にかなり最初の方なんだろうな。って妙に納得させられた。最初と言ったら最初なのだろう。『そっか、』と返事をすると、今度は越前の手前らしい。
「それで、告白しないの?」
「うん。しないよ。」
「なんで」
「勝てない賭けに出るほどバカじゃないよ。」
そう、バカじゃない。それと後は、僕の中に巣食ってる弱虫のせい。
弱虫でズルい僕としては今のままの安定的な居場所で十分満足だったから。どうせ叶わない恋なら。望む通りの形でなくとも手塚の傍に居られれば、それで。
越前は納得したんだかしてないんだか、興味なさそうに『ふうん、』と返事をしてきただけだった。
それにしたって、だ。僕はそんなに分かりやすい態度とってただろうか。
「ねぇ、不二先輩」
「うん?」
「心配しなくても多分他の人は気付いてないよ。多分だけど。」
うーん、と首を傾げた僕の憂い事をあっさりと見抜いて越前は、もう最後の一冊を棚に戻し終えていた。 あんまりにも全部が全部筒抜けすぎて僕は思わずこう訊ねた。
「越前はエスパー能力でも使えるの?それとも妖怪サトリ?」
僕のかなりしょうもない質問にを聞き流すように、越前はさっさと向こうへ行って図書室の戸締りを始めてしまう。野球部の掛け声と吹奏楽部の基礎合奏の音が少し遠巻きになった。
「そんなわけないじゃないッスか」
「うん。そうだよね。」
叶わない片想いの話をしてるはずなのに不思議と笑えた。その通りに、僕はクスッて小さく笑う。
「好きな人のことは目で追っちゃうから、じゃないッスか」
「………僕そんなに手塚のこと見てた?」
「まぁね。」
「………そう。」
「だから、オレが気付いたのも同じなんじゃない?不二先輩みたいにさ。」
「うん?」
「他の人より見てるっってことッスよ。アンタのこと。」
「ふーん、」
………って、え?待って、今なんて言った?
そんな訳で、僕は途端に笑ってられなくなった。 越前は戸締りを終えてしまったし、僕はとっくに借りたい本が決まってるし。気を紛らわすことも出来ず、書棚と書棚の間で僕はボケッと後輩を凝視して固まった。
さて、この空気。どうしたものだろうか。
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