2012年8月31日―――…
「ブルームーンだね。」
「あぁ、そうだな」
窓の外で満月が輝いている。 それを見るためだけに網戸まで開けて身を乗り出しているというのに、恋人はちっとも嬉しそうではない。
「蚊が入るだろう。閉めろ」
「うん」
普段は咎めると拗ねるクセに今日は嫌に素直だ。
「どうした、不二。お前らしくもない」
「なにが?」
「ゴネないのか?今日は。」
背後から抱き寄せて、従順に網戸を閉めようとする指を絡め取る。 いつの間にか同じ種類になったシャンプーの香りが心地よく香った。
「ブルームーンだけど、意味ないんだ。」
不二はじっと空を見上げて、俺はじっと不二のうなじに顔を埋める。黙って続きを待つ。
「だって ファーストムーン見てないもん」
「そういうことか…」
ひと月に2度、満月が巡ってくることをブルームーンという。 1度目をファーストムーン、2度目をブルームーン。そして今夜はブルームーン。
「3年か5年に1度しか来ないのに。2回目しかこの眼でみてないんじゃ普通の満月と変わらない。」
「そんなワガママを言うな。」
「でも見たかったの。」
「やはりお前はお前だな…」
やはり恋人はワガママ姫だった。 素直に窓を閉めようとしたのは、単につまらなくなったからで、興味の失せたオモチャを捨てたに過ぎなかったというわけだ。
「手塚、それどういう意味?」
「そのままの意味だ。」
「相変わらず愛想な―――…」
文句ばかり言う唇は塞いでしまおう。 コイツの心の中は手に取るように分かるというのに生憎俺は口下手で、こういうことに関しては丸腰でしかない。今更今月頭の満月の夜に連れ戻してやることも、上手く機嫌をとってやることもできず、キスの最中フルに考えを巡らせた挙句、結局ベタな台詞しか思い浮かんでこなかった。
「不二、月が綺麗だな。」
きょとん、と一瞬間の抜けた顔をした不二は、無礼にもクスリと笑ってこんな風に言う。
「手塚、ベタすぎ。」
その後も腕の中で散々笑ってくれるからこちらの立場がない。誰の為にこんな顔から火が出そうなセリフを口にしていると思っているのか?いっそ開き直りたくなる。
「良いだろう、別に」
「ていうか時代錯誤?同い年なのにジェネレーションギャップ感じるんだけど、僕。」
「・・・・。」
しかしまぁ。
随分な言われようだがコイツが笑っているなら良いだろう。 きっと眉間に皺は寄っているだろうが、不二ならばそれが単なる不機嫌でないと分かってくれると信じている。
「ねぇ、手塚?」
「なんだ」
「良いブルームーンが見れたよ。」
「意味がないんじゃなかったのか?」
「んーん、意味あった。」
「そうか」
機嫌がよくなった恋人をそのままベッドに引き込んで、互いが満たされるまで何度も抱いた。
そのままふたりして眠り込んでしまったらしく、朝目を覚ました時には閉め忘れた網戸から侵入してきた夏の大敵に身体中すっかりやられていた。 不機嫌な不二の、身体中掻き壊そうとする手を自分の手と繋がせておいて、自分以外の付けた紅い痕を見つけ出してはクスリを塗ってやった。
3年後の7月31日は、その前のファーストムーンも忘れず一緒に見て、それからしっかりと網戸を閉めたことを確認してから恋人を愛すことにしよう。
そう心に決めながら。
(ねぇ、手塚。“月が綺麗ですね”が“I love you”なら“once in a blue moon”は“極めて稀なこと”って訳だね。)
(………お前ならばいつでも口説いてやるが。)
(たまにだから嬉しいんだって。)
(そうか)
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