Mum's the word...! | ナノ


「Trick or Treat!」



休み時間。
突然やってきたかと思えば“コレ”だ。

無言で眉を顰めた相手に不二はズイズイと手の平を出す。



「だから、Trick or Treat!」

「お前は…」



そして にこにこと笑う彼に、溜め息交じりの応答をするのは手塚国光。



「学校にそんなもの持ってきているわけないだろう。」

「えー…」

「何の日であろうとも校則は厳守だ。」



このカタブツ!桜色の唇を突き出して拗ねる不二の内心はこんなものだ。
そんな思考をアッサリと見抜いて手塚は深々と溜め息を吐く。

拗ねてしまった恋人は普段は大人びているくせに、唐突にこういうことをしたがる。
まったく本当、困ったものである。

とはいえ、

手塚はくいっと軽く眼鏡を押し上げて思う。
結局自分も らしくもなく、この恋人には甘いのだと認めざるを得ない。



「不二、もう1度言ってみろ」

「え?」

「さっきのセリフ、だ」



自分で口にするのは なんとなく照れ臭いものだ。
手塚は思わず目を逸らす。

けれど、それでも不二には伝わったらしく
困り顔の疑問符付きながら、小首を傾げて もう1度そのセリフを口にする。



「Trick or Treat?」



その決まり文句に、手塚はとっくに下げられていた細い手首を取る。
それから力の抜けている手の平にそっと何かを握らせて、耳元に唇を寄せた。



「Happy Halloween」

「ひゃっ」



耳朶を擽る吐息に身を捩りながら不二は手の平の中身を見る。



「え、手塚、これ…持ってたの…?」

「あぁ」



ぱちくりと瞬きする不二の視線の先には、
ハロウィンらしいオレンジと紫の包装がかかったキャンディが一粒。



「でもさっき校則がどーとかって…」



粗方、不二は自分から言っておきながら、
手塚がハロウィンにノッてくるなんて似合わない!なんて思っているのだろう。
それもまた見抜いて、手塚はまた溜め息を吐く。



「不二、3月を思い出せ。」



不二はしばし視線をふらりと空に彷徨わせて、やがてハッとする。



「もらった!手塚に、お菓子、学校で!」



まるで新発見!とでも言いた気に区切り区切りに言う。
約半年前、実体験済みの出来事なのだから新発見でもなんでもないのだが。



「ホワイトデー、もらった。」



そう、本当のところ、校則を破るのはこれで2回目。
カタブツの生徒会長も形無し。不二にはどうしても甘くなってしまう。



「ところで不二、」

「ん、何?手塚。」



手の平でハロウィン仕様のキャンディを転がして、
ニコニコ顔の恋人の腰を引き寄せて、手塚は再び不二の耳元に唇を寄せる。



「Trick or Treat―――…」



(え、用意してない)
(ほう)
(だって…だって、手塚は絶対用意してないと思ったから)
(油断しすぎだ。覚悟はできているな?不二。)


END...