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「それさ、仮装っていわないよね…」
「そうでしょうか?」
「いや、めんどくさいから普通に喋ってよ…」
「普段の方がよほど面倒かと思いますが。」
「…自覚あるんだね。」
ここは不二周助くんが一人暮らしをしているアパートです。 大学の1年次は神奈川キャンパスに通わなくてはならないので部屋を借りているというワケです。 ちなみに鍵は、不二くん自身のものと、恋人が持っているものと、管理人さん持っているものとで全てです。
さて、話は戻って。 帰宅直後の不二くんの目の前には、居るはずのない人物がいます。 けれども、その人物は今まさに不二くんの目の前に居ます。
先に述べました通り、この部屋の鍵を空けることができるのは、 不二くんと、その恋人と、管理人さんの3人きりです。
しかしながら、 目の前に佇む男の風貌は恋人のそれとは明らかに異なります。 余計とは思いますが、もちろん彼は管理人さんでもありません。
察しの良い方はもうお気付きでしょう。 どうぞ、そこの貴女。 『彼は風貌違えど、間違いなく不二くんの恋人である。』 えぇ、実に良い解答です。
それではもうひとつ、お訊ねしましょう。 不二周助くんの恋人のお名前は? 『柳生比呂士』 おや、それはとても素晴らしい解答ですね。 けれど、そうお答えになった貴女と、それから彼女と全く同じ事をお考えになっていた方には、 冒頭まで戻って、もう一度お読みになることをお勧めしますよ。
「じゃあそのままで良いよ。」
不二くんはドライにクールに言い放ちます。
「では、お言葉に甘えてそのように致しましょう。」
恋人の方もニヤリと、その気品ある風貌にひどく不釣り合いな、下賎な笑みを湛えます。
帰宅したばかりの不二くんは、玄関に荷物をおきますと、 そのまま一続きになっている奥の部屋、すなわち恋人が控える部屋へと足を踏み入れました。
そして不二くんは、おもむろに恋人の首に腕を回します。
「ただいま。」
恋人の方も慣れた手つきでその腰を引き寄せ、そのヒップを撫であげます。 付け加えておきますと、彼らは常にこんなものです。 えぇ、実にアダルティー。
「んっ…」
そして不二くんは、ほんの少し踵を浮かせて恋人に口付けます。
「ふっ…ぁ……」
恋人方も軽く顎に指先を添え、その唇を割って舌を捩込みます。 更に付け加えておきますと、彼らは常々こんなものです。 えぇ、えぇ、実にエロティック。
「いかがです?私のキスは。」
恋人が芝居かかった風に言いますと、不二くん、
「とってもイイよ」
トロけた風に、ウットリと感想を述べました。
「それは何より。」
「もっと、」
「本当によろしいのですか?」
恋人は眼鏡の奥の瞳を細めて、意味深に問い質します。 けれども不二くんは、それに負けじと挑戦的に言うのでした。
「もちろん、もっと柳生が欲しい。」
その言葉に、恋人は満足げに頷きます。 そして、それはそれは大層気を良くしたのでしょう。 なんてことない風に不二くんの身体を抱き上げて、 更に最奥に位置します、寝室へと運びはじめたではありませんか。
今更言っても仕方のないことではありますが、 傾きかけていると言えど、また陽は落ちきっておりません。
遂に辿り着いてしまった寝室に流れ込むメロディーが夕焼けチャイムであるから、尚更にその背徳感を煽ります。
カラスと一緒に、のフレーズまで聴いたところで、 不二くんの身体が最近やっと引っ張り出した柔らかな羽毛に沈み込みます。
「本当によろしいのですか?」
「ふふっ、なんだかイケナイことしてる気分だよ。」
「そうですね。」
恋人は不二くんの栗色の髪を一房掬い、さも愛おしげに接吻しました。 不二くんも、ベッドに乗り上げてきた恋人を熱っぽく潤ませた瞳で見上げます。
触れるだけのキスを数回繰り返すうちに、 その物足りなさから、どちらからともなく舌を突き出し絡め合わせていきます。 なんと扇情的な光景でしょう。 更に、角度を変えた深い口付け幾度を交わした後で、不二くんは、遂にその濡れた唇を震わせて言いました。
「や…ぁ…、やっぱり元に戻って…」
懇願するような不二くん。 恋人は意地悪く口元を歪めて無慈悲にも、
「それはできませんね。」
と。
「お願い…っ…」
「ダメですよ」
「意地悪しないで、“仁王”―――…っ」
頭を振るばかりの恋人に堪え兼ねたのでしょう。 不二くんの細い指先が蜂蜜色の髪に伸ばされます。 焦れたようにその髪を引いた不二くんは、
「え、な、なんで」
今にも泣き出しそうに、小さく叫びました。 そして、その指で慌てて恋人の唇の下を擦ります。
「ですから、再三『よろしいのですか?』と問い直しましたのに。」
引けども引けども白銀の糸は現れません。 擦れども擦れども漆黒の星は見えません。
さぁ、真に察しの良い方はもうお分かりでしょう。
先程の彼女の解答は不正解。
この部屋に居るはずのない人物は、 この部屋に居るはずのない人物に違いなかったのです。
不二くんの涙が伝う目元にキスをして、恋人のフリをした誰かが囁きます。
「Trick or Treat―――…」
仮装はハロウィンの醍醐味ですが、その正体には十分注意を払わねばなりません。 イベント事だからと言って、見ず知らずの人間に扉を開いてはなりません。
貴女も彼のような目に遭いたくはないでしょう?
まあ最も。 彼の場合は仮装でもなければ、見ず知らずでもない。 究極、不法侵入の被害者ですので、気を付けようもなかったのですが、ね。
え?それよりもさっきから喋っているお前は誰だ? あぁ、私は、そうですね。 “紳士失格のペテン師もどき”とでも言っておきましょうか。
失礼ですが、私はそろそろお暇をいただくことにします。 この後に外せない用事があるものでね。 それでは、
紳士淑女の皆様方、Happy Halloween―――…
END... |
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