Mum's the word...! | ナノ



不二くん、早く出てこないかな…
何度来たってやっぱり、恋人の家の前はソワソワする。

いやだって、



「お待たせ」

「不二くん、おはよう!」

「おはよう」



だって一秒でも早く会いたいモンじゃないか!
というわけで、俺は微笑む不二くん最高に浮かれた。

今日という日を不二くんと過ごせるだなんて!
どうしたって俺はこんなにもラッキーなんだろう。

もちろん、不二くんに会えるならそりゃあ何の日だって嬉しいんだけど…
でも今日は特別。

なんといっても今日は―――…



「誕生日おめでとう。千石。」



俺の誕生日だから。

正直こんな日が来るなんて思ってなかった。
だって不二くんときたら、どう口説いたって「バカじゃないの」の一言で済まそうとする。

結局めげずにあの手この手でしつこく、そりゃもうしつこくアタックし通して。
そしたら、それで根負けした不二くんが仕方ないような顔して「わかったよ」と首を縦に振ったのがつい3ヶ月前。

これにはさすがの俺もびっくり!
このために猛アタックしてきたのは俺自身なんだけど正直ダメ元だったから。
やっぱり俺って、めちゃくちゃラッキー。

OKを貰った瞬間、俺は思わずそう叫んで万歳したものだった。

渋々なのがちょっとアレなんだけれども、でもここまで来たら後はこっちのモンかな?なんて。
仕方なしに付き合うことになったんだとしても、それならこれから惚れさせればいい。
それだけの話だろ?



「で、今日はどうしようか?」



と、大いに意気込んだは良いものの…



「さぁ?」



今日までまるで、進展ナシ―――…

デートも何度かして、勝手にだけど手も繋いで、
それなりに恋人らしく振舞ってはきたんだけど不二くんは、



「君の好きにしたら良いんじゃない?」



一向に振り向いてくれる気配がない。
不二くんには、これでもかってくらい優しくしてるし。ていうか実際大切に思ってるし。

ともかく、今までの女の子だったら
もう絶対にメロメロ!俺しか眼中にありません!ってとこまできてるっていうのに、

やっと正真正銘本気になれた不二くんに限っては全く以てなびいてくれない。
これは困った。



「じゃあさ、遊園地でもいこっか?」



準備していたふたり分のチケットを見せてニッって笑ってみせれば、不二くんはコクリ、と頷いてくれた。

これからこれから♪俺は絶対諦めない!


って、言いたいところなんだけど、さ―――…




◇◆◇◆◇





「楽しかった?」

「うん」



冬の日は短い。
まだ6時をちょっと回ったくらいだっていうのに、空はもう真っ黒になっている。

俺たちは観覧車のゴンドラのなか。
恋人同士の遊園地デートといったらやっぱりコレでしょ?

ふたりの初チューが観覧車。なんてのはラブコメじゃ定番中の定番。
だから俺と不二くんも。っていうワケじゃなかった。



「ねぇ、不二くん」

「なに?」



俺は今日、大一番の勝負に出る。

せっかく付き合ってくれることになったんだ。絶対諦めない!そう思ってた。
でも、いつまでも素っ気ない不二くんを見てたら、



「あのさ、」



本当にそれで良いのかな?って思うようになった。



「無理、してるよね?」

「なにが?別に寒くはないけど。」



不二くんは首を傾げて、首に巻いているマフラーを軽く突いてみせてくれた。
そんな仕草を、やっぱり可愛いなぁ。なんて思いつつも、俺は膝の上で拳を握りしめて。
違う違う。確かにそれも心配なんだけど、



「そうじゃなくってさ、俺といるの。」

「は?」

「俺と、付き合うの。やっぱり無理してるよね?」



真っ直ぐ目を見て。
今日の俺は本当に真剣だから。ヘラッと誤魔化すのはナシ。

不二くんもそれを察してくれたんだと思う。
夜景を眺めていたために斜めを向いていた体をきちんと俺の方に向けて、居住まいを正してくれた。



「つまり、君はなにが言いたいの?」



不二くんの声が、硬くなった。

空気が重い。
そういう気持ちでいたから、それで良いっちゃ良いんだけど。

けど、それにしたって。なんだかあまりの重さにゴンドラごと落っこちそうな気さえした。
はぁっ、緊張、するな。



「別れたいなら、別れても良いってこと。」



今までだったらこんなんで緊張なんてしなかったのに。
俺の声も、知らず知らず、ますます硬く、


硬く、


あれ、おかしいな。
あんなにヘラヘラしないって決めてたのに、



「あははっ…ご、ごめん。ちょっとタンマ」



俺は笑っていた。
笑いながら、泣きかけていた。



「ちょっとだけ、待って」



あー…、なんて女々しいんだろう。
これじゃ完全に嫌われた。もともと嫌われてるかもしれないけど。

もうダメだ。
だってあんまりにもカッコ悪すぎる。

ツンッてしてる鼻を押さえて、寸でのところで溢れずに留まってくれている涙を乾かすように、ゴンドラの天井を仰いだ。
ガラス張りの天井を突き抜けて、星がよく見える。

落ち着いて。落ち着いて。俺。

しばらく一番明るい星をジッと見つめて唇を噛んでいた。
その間、不二クンはずっと黙っていてくれた。

ごめんね。

ごめん。



「ん、もう平気」

「うん、」

「それでさ、聞きたいんだよね。」



無理矢理気を持ち直して、口を開く。

これで良い。もう泣くな。
そのふたつだけ、繰り返し繰り返し胸で唱えて、



「不二くんがどうしたいのか。」





◇◆◇◆◇





「不二くーん!!!」



俺は青学の正門から出てきた不二くんに向かってブンブン手を振った。



「ちょっと!なんで学校まで来たんだよ!!!」

「だって不二くんに会いたくなったら居ても立ってもいられなくて」



ヘラリと笑ってみせれば、不二くんは呆れてハァーッと長い溜め息をくれた。
不二くんは相変わらずこんな調子。

それでも俺は、これ以上ないくらい幸せだ。

結論から言おう。
俺と不二くんはあの日、別れなかった。





◇◆◇◆◇





「―――…っ!!?」



俺は有らん限りのビンタをお見舞いされていた。
いきなり不二くんが立ち上がるもんだから、ゴンドラがユラユラ不安定に揺れている。



「バッカじゃないの!!?」



俺の前に仁王立ちする不二くんは、そう吐き捨てるなりフイッとそっぽを向いた。
え、なんで俺こんなに怒られてるの?なんで俺ビンタされてるの?

呆然としたまま頬を押さえる俺をちらりと一瞥して不二くん、



「ほんと、バカ!!!」

「え、いや、その」

「バカ!」




とりあえず、何度もバカと言われた。
何に対してバカなのか、ちょっと飲み込めないでいる俺は完全に腰が抜けていて、

ただパチパチと瞬きするしかリアクションが取れなくなっていた。
もう、本当にまったく情けないことだと思う。



「…ごめん」

「………ばか」



謝る俺に不二くんはもう一度バカ、と言って俯いた。
俯いたところで、座りっぱなしの俺には表情丸見えなんだけどね。



「千石は、」

「うん?」

「僕と別れたくなったの?」



口元をマフラーに埋めて、逆質で返してきた不二くんは、



「不二くん…?」



今にも泣き出しそうな目をしていた。

なんで、どうしてそんな表情するの?
だって俺は不二くんのためにこの話を持ち出したつもりだったのに。

なんで不二くんがそんな表情するの?泣きたいのは、俺の方だっていうのに。



「もし、もし千石がそうしたいなら」

「うん、」

「別れてあげるよ。」

「………」

「それが僕からの誕生日プレゼントだ。」



ズズッと、マフラーの下で不二くんが鼻を啜る音がした。
ねぇ、それって寒いからじゃないよね?

ていうかさ、



「…不二くん。俺、勘違いしちゃうよ?」

「なにが、」

「そんな顔ばっかされたらさ、不二くんが俺のこと好きなんじゃないかって」



勘違いしちゃうじゃん。

ねぇ、良いの?



「………勘違い、しても良いよ。」



ねぇ、

今、なんて言った?

やっぱりそっぽを向いたままこっちを向いてくれない不二くんを、
俺はさぞやマヌケな面で見つめていたことだと思う。口なんかあんぐり空いちゃって。

勘違いしても良いって、どういうこと?
不二くんが俺のこと好きだって勘違いしても良いってこと?

てことは、



「でも…!」



てことは、不二くんも俺のこと好きって思ってくれてるってこと?
って言いかけたのを止められた。

不二くんはまた、チラリと俺を見る。で、またすぐ逸らす。



「それでラッキーとか思うんだったら、別れる。」

「………へ?」



ええっと、それってどういうこと?
不二くんの言葉の意味が飲み込めない俺は、やっぱりマヌケ面を晒し続けっ放し。

不二くんが俺のこと好きだって勘違いしても良いってことをラッキーって思ったら?
つまり、不二くんも俺のこと好きって思ってくれてるってことをラッキーって思ったら?



「ラッキーって思ったら、別れる?」



結局不二くんの言葉通りに反復することしか出来なかった俺に、不二くんはコクン、とマフラーの中で頷いた。

それからモソモソと喋りはじめる。



「君さ、」



疑問符だらけの俺に、不二くんは構わない。
続ける。



「僕が付き合っても良いって言った時、ラッキーって言っただろ」

「…言った」

「それが、嫌だった。」



ゴンドラの揺れは、とっくに収まっていた。
もうすぐ頂上が近い。



「僕の気持ちって、君にとってただのラッキーなんだなって思ったら悔しかった。」

「………」

「偶然の産物っていうの?そんなもんなんだなって。」



あぁ、そういうことだったんだ。
やっと気が付いた。むしろ今までの方がよっぽど勘違ってたんだって。

不二くんは、根負けして、仕方なく俺と付き合っているものとばかり思い込んでいた。
だから、俺はずっと不二くんをおとすことばっかり考えてて、不二くんの俺に対する気持ちの“変化”にばっかり気をとられてた。

とっくに俺のこと好きでいてくれてただなんて、



「不二くん、」



想像もしてなかった。



「不二くん、今まで気付かなくてごめん、


 それから、


ダイスキ―――…」





◇◆◇◆◇





「だって不二くんに会いたくなったら居ても立ってもいられなくて」

「もう、意味わかんない」

「良いでしょ。だって俺、不二くんのことダイスキなんだもん!」

「ますます意味わかんない。理由になってないし。」



不二くんは相変わらず素っ気ない。
でも俺はめげない。そもそもめげる必要なんてないってわかったから。



「ねぇねぇ、不二くん。」

「なに、」

「チューしたい」

「はぁあ!!?」



大袈裟にびっくりして、一歩後ずさる不二くんの手首を掴まえて、



「お願い!今なら誰もみてないから」





◇◆◇◆◇





ゴンドラはもうほとんど頂上に来てる。
一番イイ雰囲気になるはずだっていうのに、さっきの名残り。やっぱりちょっと気まずいまんま。



「不二くん。やっぱり俺、別れたくないんだけど」

「うん、」

「そしたらさ、誕生日プレゼントってなし?」



不二くんが、誕生日プレゼントに別れてやるって言ってたの。
実はちょっぴり気にしてた。

そもそも不二くんからプレゼントなんて期待できないとは思って、覚悟はしてたんだけど。

だから、そのありがたくないプレゼントを突っ撥ねたからには、当然誕生日プレゼントはないものだと思って。
思ってはいたんだけど、でも気になって。

不二くんの本当の気持ち聞いたら、ますます期待しちゃって。



「誕生日プレゼント、あるよ。」

「え、ほんと!!?」

「うん。」

「なになに?」

「ラッキーって、思わない?」



思わない。思わない絶対に。



「僕に、キスさせてあげる―――…」



観覧車はぴったり頂上。
俺たちは最高にベタベタな、ラブコメ的シチュエーションで、キスをした。



HappyBirthday to Kiyo.