Mum's the word...! | ナノ


ケーキも食べて、プレゼントももらって、お風呂も一緒に入って、セックスして。
恋人との甘い時間を存分に堪能した。
それでも忍足侑士は自分の誕生日に満足できずにいた。



「なぁ、不二」

「ん」

「俺、もう一個だけ欲しいモンあんのやけど」

「やだ」



あからさまな拒絶に、忍足はたちまち悲しげな表情になる。
もう何度頼んだことだろう。
どうしてこうも嫌がられてしまうのだろう。

愛するヒトに『名前で呼んでほしい』と思うことはおかしなことだろうか?



「なぁ、なんで呼んでくれへんの?」

「なんでも。」



甘えるように胸に擦り寄ってくるというのに、その物言いはえらく冷たい。
確かに、しつこいのを承知で何度も頼み込んできた。
呆れるのも理解できる。
けれど、だからこそ、今日に賭けてきたのだ。



「今日俺の誕生日やん。」

「それでも」

「えぇやろ?な、お願い。」

「いーやー。」



挙げ句の果てに、『最近言ってこないと思ったらそういうことだったのかい?』とまで言われてしまった。
まあ、つまるところ。そういうことに間違いない。
せやけど見抜かれてもうたんやったら尚更引き下がる訳にはいかれへんわ。
と、忍足は思う。



「理由はなんなん?」

「さぁね」

「理由次第では諦めるで、な。」



その言葉に、胸に顔を埋めていた不二がふと顔をあげた。
これはキタか?!
と、忍足が内心で舌なめずりをしたのも束の間、



「言わない。」



ジッと目を合わせてきっぱりと宣言した上に、あっかんべーを喰らうのであった。

なんちゅうこっちゃ。とやはり内心で呻く。
なぜ誕生日にこんなにまで落ち込まなければならないのだろう…
というかこの恋人にサービス精神を見出だそうとした自分がバカだったと忍足は思う。
イヤと言ったらイヤなのだ。
良くも悪くも芯が強い。つまり頑固だ。



「なんでアカンのやろ…」



もう半ば独り言の域に入りながら忍足は呟く。
断られる度にその理由を考えてみたけれど、皆目見当もつかない。

せめてヒントを、と思うけれど応じてくれる気さえしない。
はて、どうしたものか。
やはり諦めるしかないのだろうか?



「ヒント、あげようか?」



恒例のパターンに入りそうになったところで、思いも寄らない言葉。
ユメだろうか?
マボロシだろうか?
ゲンチョウだろうか?
忍足は我が耳を疑った。そうせざるを得なかった。



「ねぇ、答えないってことはヒントいらないの?」

「……っあ、あぁ。いる、ヒント。貰うわ。」



ちょっぴり不満げな瞳。
思いがけない展開に言葉を失いかけていた。
気圧されるままに忍足が慌てて促すと、不二は桜色の唇を開く。

ほんの一瞬だというのにどうしてか、ひどく長い間その唇から音が出るのを待っている気がした。



「人のフリみて、我がフリ直せ。ってね。」



虚を突かれている間に、
その桜色は小悪魔めいた微笑を浮かべて、もうすっかり閉ざされていた。

いつの間にか一瞬だった。



「わかった?」

「我がフリ、なぁ…」



思い当たる節は、ない。
不二に心を奪われて以来一切の女性関係には区切りを付けた。
不二との関係だって悪くない、と思う。
むしろ良好だと思っている。

それでも名前で呼びたくないと言わしめる
その“フリ”とは一体何であろうか?



「フリ、なぁ…」



見つめてくるのは楽しいような表情。
完全に遊ばれている。



「なぁ、不二」

「なに、忍足」



そう問い掛けた、その、わずかに一瞬。
意地悪く桜色が笑った。

そういうことかいな。

わかってしまえば悪質なあの笑みでさえ、こんなにも愛おしく化けてしまうのか。



「愛しとるわ、」



ちがう。元から愛しむべき笑みだった。
ただ、それに気付けずにいただけで。
忍足は胸にその微笑みを抱き寄せて小さくその邪念を詫びた。



「周助。」



楽しげに『大正解』と笑う恋人が愛おしくて仕方がなかった。
頑固だとか、意地悪だとか、小悪魔だとか。
散々言うてごめんやで。許したって。
忍足の指先が、優しく細い顎を掬って、それから桜色をなぞる。

唇がまさに重なろうという時―――…



「H・B・D・Y」



唐突に囁かれたアルファベットに、忍足は面食らう。

桜色に触れるまで、その距離わずか数ミリ。
忍足はキュッと眉間に皺を寄せた。



「自分、やっぱ意地悪いわ。」

「そう?」

「せや。とんだ小悪魔ちゃんや。」

「ふふっ」



互いに吐息がかかり合う距離での会話。



「なぁ、ちゃんと言ったって…?」



不二は幸せそうに笑う。



「Happy Birth Day、侑士―――…」



唇が重なるほんの一瞬前のことだった。



(I・L・Y)
(せやから、ちゃんと呼んだってや)
(ちがうよ。アイラブユーだもの。)
(アホ、そんなら…あぁ、もうどっちだってえぇわ。)



HappyBirthday to Yushi.