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「手塚、今日生徒会だよね?」
「あぁ、そうだが。」
「じゃあ図書館で待ってるから。一緒に帰ってもいいかな?」
「構わないが。遅くなるぞ。」
「いいの。じゃあまた放課後に。」
くるりと踵を返して去って行く後姿に、 手塚はほんのわずかに、きっと誰が見ても気付かない程度に首を傾げた。
普段は菊丸と仲良く帰って行く不二が突然教室までやってきて、 よりにもよって生徒会会議のある今日、一緒に帰ろうと提案してきた。 しかも会議があることを承知で。
手塚は考え込む。 やがてその思案は放課後の生徒会会議の内容へとすり替わる。 そんな彼の眉間には、皺。
チャイムの音に遮られて、それは中断されたけれど。
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「不二。待たせ、」
手塚は言いかけて口を噤む。
図書室の一番奥の席。 栗色の髪を認めて近付いたのだけれど、その頭はぺったりと机に伏していた。
途中まではきちんと勉強していたのであろう。 見苦しくない程度に散乱した筆記用具。 開きっ放しのノートを枕に不二は眠ってしまっていた。
それに気が付いてから耳を澄ませば、ふたりきりの図書室にはその寝息がはっきりと聞こえた。
「まったく…」
顔を横に向けて突っ伏す不二の、すぐ口元に散らかる消しゴムのカスをそっと払って手塚はひとりでに呟いた。
それから不二の寝顔が見える方の椅子を 慎重に、音を立てないように静かに引いて、そこに腰かける。
西日の射し込む図書館。 扇型に広く、そして上向きの長い睫毛が、不二の白い肌にくっきりと影を落としていた。
シャーペンや色ペンに交じって1本だけ鉛筆が混ざっているのを見て、今時珍しいな。 と、思ったのを最後に意識は飛んだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……ん…」
ぼんやりと白んだ視界にキツい西日が刺さる。 あまりのまぶしさに目を眩ませた不二はギュウと瞳を瞑り直した。
そうして初めて気付く。 あぁ、僕寝ちゃったんだ。と。
どれぐらいの間寝ていたのだろう? もう生徒会会議は終わったのだろうか? 彼はもう、来ている?
でも、それにしては―――…
「手、塚…?」
それにしては静かだ、と。 薄く細く目を開けた先に信じられない景色があったから。
不二はまだ光に馴れていないのも忘れて目を見開いた。
「寝てる…の………?」
訊ねておいてその回答を得る気はしなかった。 届かないことを承知で、囁くように声を潜めてしまったのはそのせいだ。
それほどに、手塚の寝顔は穏やかだった。
重力に逆らえずに崩れた前髪の分け目も、 寝るつもりはなかったのであろう掛けっぱなしの眼鏡も、 今は痕跡だけとなった眉間の皺も。
菊丸に言ったなら『空気読め!』と呻かれそうだとは思いながらも、 不二はやっぱり、“レアだ”と思わずにはいられなかった。
ゆっくりと、突っ伏していた上半身を起こす。 ほんの微かに図書室の長机が軋んだのでさえ、不二の息をじっと詰める気にさせる珍光景。
(でも…)
それも仕方ないのかも。
図書室の壁掛け時計にやればいつの間にか時刻は5時45分を示していた。 下校時刻まで、あと15分。
寝てしまっていた不二に生徒会会議が何時までだったのか知る術はなかったけれど、 あの手塚が、こんなところで1時間以上寝ることはしないだろう。
きっとまだ10分やそこらしか寝ていない。
(おつかれさま。)
部員を纏め上げ、全校を率い、それを言い訳にすることなく自らの勉学も怠らない。 表情や口に出さなくとも忙殺寸前の手塚だ。
きっと―――…
「………っ」
硬質な睫毛が震え、それに続いて低い呻き声が漏れた。 そして、朦朧とした表情、吃驚した表情、そしているもの無表情へと。 順を追うようにその顔を変化させた。
「おはよう。手塚。」
「不二…」
不二が微笑んで声を掛けると、手塚は数回目を瞬かせてからサッと状態を起こした。
「寝て、いたのか。」
信じられない。 ありありとそんな思いを滲ませた呟きに、不二は答えることはしなかった。
ただ笑いかけてそっと、ズレた眼鏡に指をかける。
「あ、あぁ…すまないな」
たじろぐ手塚に不二は言った。
「帰ろっか?」
「あぁ。」
見計らったように下校10分前を知らせるチャイムが鳴ってふたりは席を立つ。 筆記用具を片づける不二を、手塚は醒めやらぬ意識の中で眺めていた。
そしてすべての支度を終えた不二が、鞄を肩にかけ、入口へと方向転換した。 手塚の眉がぴくりと寄る。
「不二、」
「なに?手塚。」
「ありがとう。」
不二はぱちくりと瞬きして、数秒後、くすっと小さく笑った。
「なんだ。覚えてたの?」
「いや、たった今気が付いた。」
「ふーん?」
なんで今? そんな疑問符が尾にくっ付いていることは気付いていたけれど、手塚はなにも言わない。 不二が歩き出す。手塚はその少し後ろを歩く。
「ねぇ、手塚のうちにお邪魔しても良いかな?」
「構わない。」
「いろいろ用意してるんだ。」
「あぁ、ありがとう。」
「どうせ忘れてると思ってたよ。」
「そうだな。」
あぁ、忘れていたさ。そんなもの。 手塚にそんな事を思い出す隙などありはしなかった。学校に、部活に、生徒会に。
朝練のメニューと、授業内容と、放課後の生徒会会議の議題と、そして帰ってからの予習復習。 数分前まで手塚の頭の中はそんなことに埋め尽くされていた。
すっかり忘れていた。
「待て、不二。」
何?そう返される前に、鞄の掛かっていない左腕を引いてその頬に口付けた。
「ありがとう。不二。」
「ヘンな手塚。そう何度も言わなくていいのに。」
もう3回目。と付け加えて笑う不二の頬。 突っ伏していたせいで映ったのであろうノートの文字列に、口元がほんのわずかに、きっと誰が見ても気付かない程度に緩んだ。
「なに笑ってるの?手塚」
「笑ってない。」
「嘘。笑ってた。」
訂正しよう。 ただひとりを除いては気付かない程度に。
手塚はもう一度頬にキスをする。
「ねぇ、こっちにはしてくれないの?」
「今日はこっちにしたい気分なんだ。」
「ふーん。ヘンな手塚。」
この頬を愛しまずにはいられようか。 再三再四頬にばかりキスをして、不二に怪しまれたことは言うまでもないけれど。
HappyBirthday. ダイスキなてづか―――…。
それほどに、鉛筆の黒鉛が映った頬が愛おしかった。
HappyBirthday to Tezuka. |
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