Mum's the word...! | ナノ



「Io non posso proteggerLa se io non capisco una spada
 Io sto capendo una spada, e non L'e abbracciato―――….」



昨夜は景ちゃんの誕生日パーティーだった。

煌びやかで、オトナの社交場。
それはそれは盛大な立食パーティーで、豪華も豪華。
各界の要人が、入れ代わり立ち代わり景ちゃんの元にやってきてはグラスを掲げる。
そして、媚を売る。

景ちゃん自身に掛ける言葉は冒頭ほんの数行で、後は景ちゃんのお父様とお母様。
いつもシニカルな笑みばかりを浮かべる景ちゃんが、
こういう時ばかり、その傍らで穏やかな作り笑いでいるのが、僕はとてつもなくキライだった。



「不二、笑えてないよ。」

「わかってるよ、サエ。」



僕の方はというと、景ちゃんの全く逆だった。
得意のアルカイックスマイルも形無しに、バルコニーから不機嫌オーラを放出中。

サエだけはいつも通り、無駄にキマった苦笑いでいるのだけれど。



「サエはどうして平気なの。」

「んー?」

「あんな景ちゃん、景ちゃんじゃない。」

「あぁ、そうだな。」



イギリスから帰ってきた景ちゃんは、ヘンなところで良い子になっていた。
それはきっと、社交的ってやつなんだと思う。
でも、僕はどうしてもそれを気に入ることができずにいる。

お父様とお母様に引っ付きながらも不遜に、高慢に、強がる小さな景ちゃんの方がよっぽど景ちゃんだった。

バルコニーで夜風に当たりながらノンアルコールのシャンパンを含む。
これを飲むと、いつもオトナの世界に掠った気分になる。



「不二、仕方ないよ。」

「でも、」

「あれが景吾の役割りだ。」

「それでもヤダ。」



サエの前髪が夜風に揺れる。
僕らふたりがいるバルコニーから眺める大広間は、まるで異世界だ。
その中心で作り笑いする景ちゃんも、異世界人だ。



「なぁ、不二。」



今度はサエが2分の1オトナ味シャンパンを含んでから言葉を紡ぐ。
酷く甘い響きで。



「俺はずっと俺でいられるよ。不二の知ってる俺のままでいられる。」



サエの指が、僕の指をスルリと撫ぜた。
微かに上がった僕の肩を認めて、サエは『ヘンなコトはしないさ。』と陽気に笑った。
僕の手はバルコニーの手摺りを這うようにして逃げる。



「冗談は止してよ。」

「冗談じゃないさ。」



嗚呼、確かに。
ヘンなコト言っても、確かにサエはサエだ。
男前に前髪を揺らして、白い歯を見せて、ニッコリ笑うサエはサエだ。
サエだけは、どんな風に笑ってもやっぱりサエだ。



「俺が何も知らないと思ってる?」

「何を、」

「景吾とお前のこと。」



サエの指は再び僕の指を追うことなく手摺りを撫ぜた。
仰々しく肩を竦めてみせると、サエは中庭を指さして、ちょっと淋しく笑った。
やっぱりサエだった。



「ほら、行ってやりなよ。」



今にも駆け出しそうになる両脚を、
きちんと順序よく、ゆっくりと、オトナが行き交う大広間を通り抜けて。
背中のシャンデリアに嗤われながらシンデレラみたいな広い階段を一段一段、じれったく踏んだ。
バルコニーのすぐ真下なのに、異世界を遠回りしなくちゃ中庭には辿り着けない。



「景ちゃんっ」



やっとやっと行き着いた中庭。
走ってもいないクセに、僕はやたらに息を弾ませて景ちゃんを呼んだ。



「あぁ、シュウか。」



真っ白いフレンチレースの薔薇に巻かれて振り返った景ちゃんは、掠れた声。
アイスブルーの瞳に僕を映して、シニカルに、淋しく、作り笑いをした。



「俺の部屋に行こう。」

「え、でも景ちゃんお客さんは、」

「頼む、シュウ。」



フレンチレースよりよっぽど頼りなく景ちゃんは笑った。



◇ ◇ ◇



「よかったの?景ちゃん。」

「あぁ、大方挨拶は済ませてあったからな。」



素肌に景ちゃんの体温と上質な繊維を感じながら僕は問うた。

言われるままに部屋に籠って、抱かれて、次に気付いたら朝だった。
目が覚めた途端にまた唇を奪われて、また抱かれて。

その余韻とベッドに、僕らは今まさに沈み込んでいた。



「今年の誕生日はサイアクだったぜ。」



額に薄く掻いた汗を拭って、さも苦々しげに吐き捨てた。
誕生日から一夜明けた景ちゃんは口の悪さも不遜な態度もきっちり景ちゃんだった。



「どいつもこいつも、娘がいる奴らは縁談の話しかしやがらねぇ」

「そうなんだ。」

「あぁ、冗談めかしやがって。下心がスケスケだぜ。」

「だって景ちゃんと結婚したら安泰だもの。みんな狙うに決まってる。」



キュウっと胸が切なく鳴いたけど、僕は卑怯にもうそぶいて。
だって事実として財閥の御曹司で跡取り息子。
おまけに容姿端麗で聡明ときたら、それはうちの娘に!と思うのも至極当然。

けれども、嗚呼、どうしてか。
苦しい。苦しい。狂おしいほどに苦しい。



「俺は周りの奴らが思う程何も持っちゃいねぇよ。」

「そうかな?」

「俺は弱い。現に俺はお前のことさえ、」



景ちゃんは続きを言わなかった。
きっと、言いたくなかったんだと思う。

だから僕も聞かなかった。


「シュウ、」

「なぁに、景ちゃん。」

「俺の傍に居てくれよ?」

「もちろん。」



それに“ずっと”だとか、“永遠に”だとか、もっと言えば “死ぬまで”とか付かないのは、
景ちゃんにも、そして僕にも。
薄々、そう遠くない未来が見え始めたからに違いない。

だったら僕は。
景ちゃんが望む限り、傍に居よう。
居られる限り、傍に居よう。

スッと真っ直ぐに、高い高い天井向かって腕を伸ばした景ちゃんはこう言った。



「Io non posso proteggerLa se io non capisco una spada
 Io sto capendo una spada, e non L'e abbracciato―――….」



僕はそんな景ちゃんの指先も、高い天井も仰がない。
ただ、景ちゃんの素肌の肩口に鼻先を埋める。
だって、高慢で不遜でシニカルな笑みが似合う景ちゃんの口からそんな言葉、聞きたくないよ。



剣を握らなければ お前を護れない。剣を握ったままでは お前を抱き締められない―――…。



暗に仄めかした割にあまりに分かりすぎるその比喩に目頭が熱くなった。
景ちゃんの“剣”の示すところが、その立場であったり、権力であったり、財産であったり。
はたまた、彼を取り巻くすべてであることは明白だった。

若干15歳。
中学生にして歳をとるのが恐ろしくなった。そんな記念日だった。



「Happy Birthday、景ちゃん。」



あと何度、恋人としてこの台詞を紡ぐことができるのだろう―――…。



HappyBirthday to King.