Mum's the word...! | ナノ


「わたし、自分を着飾るのがすきなのね?」

彼女は彼女の指先だけをじっと見つめてそう言った。
俺のことなどはチラリとも見ない。彼女は今、指先の芸術に夢中なのだ。

すきなのね?そう言われても、どう返事をしてよいものやら判らない。
俺はただ、「へぇ」と相槌を打って、それからなぜ突然にそんなことを言うのか?と、事のあらましを思い起こそうとしていた。

結果、思い起こすまでもなかった。

彼女が2、だか3週間前に言ったのが脳みそにこびり付いて剥がれなくなって、それでつい我慢できずに訊ねた。要は気掛かりでならなかったのだ。
そういう経緯であった。

なるほどそれでは思い起こすまでもない。本当は端から忘れた瞬間などないのだから。
ついでに言うなら、彼女が問題発言をしたのは2、だか3週間前ではなくて2週間と6日前のはなしだ。
はっきりと寸分の狂いもなく覚えている。



「蔵っておもしろくないよね。関西人なのに。」


東日本からやってきた彼女。
そのときは確か、くるくると俺のクルトガをペン回していたような気がする。

いや、それ関西人に対する認識間違うとるやろ。
人それぞれ個性いうもんがあるっちゅうのに、皆が皆おもろくてたまるかいな。

そうやって彼女にツッコんでやろうと思っただけで、別段悲しかったわけではない。
そりゃあ付き合っている異性に「おもしろくないよね。」と言われれば多少のショックを受けるものではあるけれど、まぁ俺自身その点に関して俺が「おもしろくないよね。」といわれる程度でしかないという認識をきちんと持っていたから別によかった。

しかし彼女はこう続けたのだ。


「だったら忍足くんの方がぜんぜんおもしろい」


これにはさすがに胸を抉られた。

え、なんでそこで謙也なん?
それで2、だか3週間前ではなくて2週間と6日前の出来事だときっちり印象付いたのだ。



わたし、自分を着飾るのがすきなのね?
つまり、どうやって彼女のこの台詞まで行き着いたのかというと俺が彼女にこう訊ねたからだ。


「なぁ、なんでつまらん俺と付き合うてるん?」


2週間と6日間、ギュッとこころに詰め込んできたのを止むに止まれぬ心地で彼女にぶつけた。
その返答がアレだった。

わたし、自分を着飾るのがすきなのね―――?

彼女は慎重な面持ちで爪にストーンを乗せていく。
きっともう、俺が訊ねた内容なぞ覚えていないだろう。彼女はまだ、指先の芸術に夢中なままだ。


そんな彼女を見ていてひとつ思い当たった。
なるほどな。と、合点がいく。

彼女が熱心に向き合っているのはなんといったか、確かスワロフスキーであった気がする。
俺は安価なアクリルストーンで十分だと思うのだが彼女曰くそうではないようで、高価なそれにこだわるのである。

お金なんか惜しくないのよ―――。

それから彼女は、どうしても自爪でやることに妥協しない。
しかもその上、またいろいろと塗ったくってしまうというのに丁重に爪を磨く姿なんかは幾度となく目撃してきたように思える。
ツヤツヤと光る爪を差し出して彼女はよく言う。

ねぇ、蔵も触ってみて―――!


ネイルひとつとってもこんなであるから、彼女は本当に「わたし、自分を着飾るのがすきなのね?」なのであろう。
よくよく見れば見るほど、枝毛ひとつない髪だとか、キメの細かい肌だとか。
その他俺以外の男は知らない隅々まで彼女はパーフェクトだ。

そんな彼女は、男にも決して妥協しない。

要はそういうことらしい。
ふぅん、そうか。そういう基準で選んだ男に対する唯一の不満が「おもしろくないよね。」なのだということも同時に理解した。
と、そのまた更に同時に彼女が言った。


「完成」


見れば、いつの間にやらトップコートまで塗り終えた指先を照明にかかげて満足気な様子だ。

そういえば、こんな光景をそう遠くない折に見た感じがする。
俺はよくよく彼女のことを知っているからすぐに気付いた。
あぁ、ネイルを塗り替えるスパンが平素よりずっと短いではないか。


ふぅん、そうか。もうひとつ、思い当たってしまった。
よくよく考えれば、ネイルケアに余念のない彼女がペン回しをするなんて、最初からおかしなことだったのだ。


《あとがき》

相互リンク記念に千歳×不二をいただいたお礼として書きました。
久々の夢小説にテンションあがってグイグイいったらまさかの悲恋に(こら

分かりづらいかと思いますが白石×ヒロイン→謙也の構図になっています。
ヒロインは自分を飾るアイテムとして白石と付き合っていますが、ペン回しでにおわせている通り謙也に恋をしています。
それも高飛車なヒロインらしからぬ淡くて青い恋。
ちょっとした会話が楽しくて面白くて、大切なネイルを傷付けてまで興味のないペン回しを教わってみたりなんかして。
彼女自身に恋の自覚はありません。けれど白石は気付いてしまう。そんなおはなしです。

それはそうと、クルトガでペン回しって難しそうですね(笑)
わたしはクルトガを持っていないうえに全然回せないので試しようがないのですが。
とってもアンバランスな感じがします。

女の子相手でないと書けないネイルネタだとか、新鮮でとっても楽しかったです!
せっかくの相互記念にこんな内容で申し訳ない限りではあるのですが『ユメセカイ』管理人の呉葉さまに贈らせていただきます。

ドロドロで甘酸っぱくて無責任で、なんだかちょっぴりズルい青春。
傷付き合いながらも決してふたりは別れないでしょう。

13.03.20.