489/ピオジェ/あまあま

上弦の月が輝きを潜め、それに呼応するように星々は秘めたる光を解き放っている。こうも都市にまぐわぬ夜空が瞳に映るのは、音素灯など必要以上の一切の灯が皇帝の命令により退けられているからだった。

「ガイラルディアには良い事を聞いたな。後で美人の女性でも侍らせてやろう」
「理不尽な上司に恵まれて可哀相ですねえ、流石です」

宮殿の中庭は皇帝及びその側近にのみ許された場所。その場所で二人は普段さながら軽口を交わし、しばしの休息と備え付けのベンチに座っている。
橋のように光の点が集まる線を褐色の指が遊ぶようになぞっていく。

「あれを渡って今頃年に一度の逢瀬をお楽しみ中、か。年に一度会えてるんだからいいじゃねえか。こっちなんて会いにも来なかったからな」
「…何の事ですか」
「いいや、俺が幽閉されてる時も一度と来なかった奴がいた、って話」
懐かしいな。昔は皆で天体観測もしたもんだ。
ゆうるりと唇が引き延ばされて、微笑みの形を辿る。釣られるようにもう一方の男も、ふ、と笑った。少しばかりの自嘲も込められていた。
「余裕も何も無かったのですよ、あの頃は。本当に愚かな事です」
腕が伸び、まるで子供が行う稚拙な遊戯のように男の白い頬をつまむ。

「痛いですよ」
「自虐反対。このマゾヒストめ」
ばーか。指をそのまま額に持っていき、ぴんと弾くと男は満足そうに目元を緩ませた。

「お前なら、引き離されようと自力で川を渡って来そうだ」
「どのような答えをお望みで、」
「答えなど望んじゃあいないさ」

静かに眼鏡に手を伸ばし位置を直すと、気分を害したとでも言わんばかりに空へ視線を追いやった。苦笑して男も空を見遣る。


「お前のような酔狂な現実主義者もこうして星空を愛でているんだ、世界に何万とは言えないぐらいの人間が願いを託しているだろうな」
「酷い言いようですね。まあ、星程とは言いませんが貴方も願われる点では人気者だと思いますよ」
短冊に書かれる薄っぺらい願いなんかより、余程重たい願いを民から授かっていますし。

男はわざとらしく眉を潜めて笑った。背後では丁度見計らったように星が流れる。
「厭味か、仕返しか、」
「民の願いは為政者の仕事、とね。貴方の仕事は結局私達にも回って来るのですから」
「…そういえばお前、短冊書いてなかったよな」

話逸らさないで下さいよ。
お前もな。

緩やかな夏の風が髪を揺らす。心地よい静寂はいつまでも訪れぬまま、


「酒、付き合えよ。断るのは許さん、勅命でな」
眦がくっきりと浮き出るようににやりと、悪人の笑みで男は笑んだ。

「どこまでも付いていきます、と言ったでしょう」
にぃ、と弓なりに男の目は細められた。

赤と青の双眸は、共犯者の笑いを宿して触れ合う。怠情な雰囲気を打ち消すことなく、不揃いな足音を立てて皇帝の一室へと男達は消えていった。


未だ、今宵は空ける事なく。
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