和地/ルクジェ/ほのぼの


「ジェイドって、わがまま言わないよな。」

 唐突に切り出したルークの発言に、はい?と顔を上げて彼を見る。私と対になるベッドの上で、かなりの間うつ伏せになって日記と格闘していたルークが、握っていたペンを転がしたのはつい先刻のこと。
 一日のノルマ達成に脱力したのか、今度はルークがベッドに転がって、あ〜とか、う〜だのとうめいていたのだが、特に珍しい光景でもないため、私は自分の読書に集中していた。
 そのうめき声が止まったかと思えば、今度は冒頭の発言。
 とりあえず、分かるように説明してくださいと、発言源の理由を求めると、ルークは転がって仰向けの状態のまま私を見やり、だってさあ、と答える。

「俺は毎日のよーに、あれ欲しいこれ欲しいとか言って、ガイやティアやナタリアに注意されてるのに、ジェイドってそういうの言われたことないだろ?」

 他のメンバーだって、そりゃ俺より少ないかもしれないけど、各々注意された事くらいあるのに。続けるルークの声は、自分の行いを恥じているのか、思い返してやるせなくなったのか、語尾がだんだんと小さくなる。
 しかし、それでなんとなく、この子供が言いたいことが分かった気がした。
 今日、この宿に来る前に、ルークが何に使うのかも分からない妙な形の譜業を欲しがり、ティアに無駄遣いはダメだと咎められていた覚えがある。その前日も、肉料理が食べたいとぼやいていたルークに、ナタリアが好き嫌いはいけませんと指摘していた。
 だから、恐らくはそういった物欲を、私が口に出さないのは何故かと問いたいのだろう。

「…別に、欲がないわけではありませんよ。」

「じゃあ、いつもは我慢してるのか?」

 いえ、と短く返答する。確かに、自分とて欲がないわけではないのだ。ただ、ルークが言うようなものとは、基準や規模が違うだけで。

「まあ…なんといいますか、軍にいるとわがままなんて言ってられませんからね。自然とそういった、個人の希望みたいなものも、薄くなっているのかもしれませんが。」

「でもさ、ジェイドって、軍の中でもそれなりに偉いんだろ?ちょっとくらい言ったって、いいんじゃないのか?」

「逆ですよ、ルーク。」

 逆?とルークは問い返す。読書を諦め、ぱたりと本を閉じて、再び口を開く。

「わがままを言う上司についていきたいなんて、あまり思わないでしょう?月日を重ねた仲なら分からなくもないですが、軍にいる人間なんてほとんどが部隊にいるだけのただの他人ですからね。それに、わがままばかり言って信頼を無くした上司の経験を、あなたは持っているでしょう?」

 うぐ、と、目に見えない何かが刺さったように、ルークは呻く。
 正確に言えば、あの時のルークは上司という立場ではなかっただろうが、旅の中心部分には居たのだから、あながち間違ってもいないだろう。
 動きを止めたルークを尻目に、読書を再会しようかと厚い表紙に手をかける。
 少しして、図星を指されたショックから復活したルークは、上体を起こし、今までの会話をどこか腑に落ちない顔で、でも、とか、やっぱり、とぶつぶつ呟いている。
 しばし己の思考に没頭していたらしいが、突然がばりと顔を上げると、よし決めた!と声を張った。

「今日はジェイドはわがまま言って良い日!」

「…は?」

 また唐突になにを言い出すんだろう、この子供は。そんな思いが頭を横切りながら、文字を追っていた視線をルークに戻す。
 ルークは我ながら良い案だと頷くように、エメラルドの眼を輝かせて、私に詰め寄る。

「いいからなんか言えって、俺がジェイドの希望を叶えてやるから!」

「そういわれましてもねえ、すぐ思いつくものでも…」

「いいから、新しい武器ほしいなーとか、今日の夕飯はこれにしてくれーとか、とにかくなんでもいいからさ!」

 やれやれ、これではどちらが我儘なのだか。大げさにため息を吐いて、わがままなリーダーを持つと苦労しますねー、にこやかに言い放つ。
 途端、ルークは言葉を詰まらせた。しかしそれでも、いいから!とあくまで私が答えるのを促す。
 嫌味を言っても引かないとなると、これは本格的に答えなければならないようだ。
 ふむ、と顎に手を添える。

「そうですねえ…では、今日の夕飯のデザートに、新鮮な果物を使ったパフェが食べたいです。」

 それを聞くなり、ルークは、分かった!俺に任せとけ!と言い残し、ばたばたと部屋を飛び出して行った。
 本当に大丈夫ですかね、一抹の不安から窓の外を覗くと、ちょうど宿から出ていくタイミングだったのだろう、元気に駆けていく赤髪が見えた。
 そして、間違いではなかった自分の感覚に苦笑じみた笑みが浮かぶ。
 窓からは、いつもなら買わないような、高価な果物を買っていくルークの姿が映っている。

「…新鮮な、と言っただけで高価な、とは言っていないのですが…。」

 あの調子では夕食時、所持金の使いすぎだとティアあたりに注意されそうだが、それでもルークは決して理由を言わないだろう。少なくとも、自分から言い出し、自分から進んで始めた行動なのだから、その責任を私に押し付けたりはしないはずだ。

 (まあ、もしルークへの説教が長引くようなら、助け船でも出してあげますか。)

 高級食材を次々と買いあさるルークの、跳ねる赤髪を眺めながら、意図せず、ふ、と笑みがこぼれた。





end.


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