妃竜レイ/ルーク→ジェイド/シリアス+パロ(1話目)






「ルーク、まだ寝ないのか?」


屋敷で働く使用人が、仕えている青年の姿を捉え、その背に声を掛けた。

時刻は真夜中。
寝静まった屋敷の廊下で青年は一人窓の外を眺めていた。その視線の先を追うように使用人の青年も窓に近付く。


「外見てたのか」

「…ん」

「…出たいか?」


こくり と。青年は声に出さずただ頷いた。


ルークは王家の血を引くこの屋敷の跡取り息子で、文字通りの箱入り状態だった。
身を護るという名目の軟禁生活。生まれてこの方ロクに外を歩いた事がない。ひたすら勉強の日々で、話し相手は年の近い使用人の青年。

うんざりだ。
ルークは何万回吐いたかわからない溜め息を大袈裟に吐いた。

長年、それこそ青年が幼い頃から彼の使用人を務めてきた青年…ガイも、ルークの境遇は不憫なものだといつも思う。
だが使用人でしかない身ではどうする事もできない。


覗いた硝子の向こうには、見慣れた広場と数えきれない星が輝いていた。



「今日は星が綺麗に見えるな」

「…星が綺麗だからって俺の境遇が変わるわけじゃないけどな」すっかり卑屈モードに入っているらしい主にガイは苦笑する。やれやれと肩を竦めて再び空に視線を移した。


「知ってるか?流れ星は願いを1つ叶えてくれるんだとさ」

「? なんだそれ、初めて聞いたぞ」

「俺の故郷に伝わる言い伝えなんだ。もしそうならルーク…何を願う?」

わかりきった答えを訊いた。
案の定、

「外に出たい」

の一言が返ってきた。

だろうな、と軽く笑ってガイは決心したように強く頷いた。










何もかもが珍しい。
暗い夜道をキョロキョロと歩きながら、ルークは先ほど交わした約束を思い出していた。

『必ず夜明けまでに戻ってくると約束できるなら、出してやる』

短いとはいえ、ガイなりに自分の境遇を考えて与えてくれた時間。もちろん、屋敷の人間には内緒だ。屋敷は見張りがいるが、ガイが脱出ポイントの手引きをしてくれた。


殆ど初めて歩く外は少し肌寒いが、やはり屋敷の中よりも開放的で気持ちがいい。
暗い夜道も慣れると平気だし、月と星のおかげで寧ろ明るく感じる。

何にも縛られない、自由な時間。
いっそこのまま行方を眩ましたい衝動に駆られる。けれど、ガイを裏切るわけにはいかない。


とりあえず、街を回ってみた。深夜ということで建物の殆どは明かりが消えていたが、ぽつりぽつりと営業している店もある。
軽い遊技場、本屋、カフェ…
もちろん金など持ってないので入ることはできないが、見て回るだけでもそれなりに楽しいものだった。


ふと、一軒のカフェが目に留まった。小ぢんまりしているが感じのいい店。好奇心のまま硝子張りのウィンドウを覗いてみた。
一番奥のテーブルに、客が一人だけ。本を読みながら紅茶らしきものを啜っている。
蜂蜜色の長い髪から覗く白い肌。横顔では男か女かも判らない。ただ、本のページを捲ったり時折カップに手を伸ばすその動作の一つ一つから何故だか目が離せなかった。


すると、唐突に。
恐らく強い視線に気付いたのだろう、その人物はルークを振り返ったのだ。
何の心の準備もしていなかったルークは内心動揺しながらも、やはり直ぐには目を離せないでいた。

紅い、とても紅い瞳。
今までにこんな色の眼を見たことはない。
吸い込まれそうな感覚を覚えながら、高鳴る鼓動は脳に響く。

ふいにその眼が訝しげな色を宿した。当然だろう。こんな夜中に子供が、しかも何故か一心に自分に視線を注いでいるのだ。
はっと我に返ったルークはどうしていいかわからず、とりあえず一目散にその場を逃げ出してしまったのだった。





屋敷に戻ると、ガイが笑顔で迎えてくれた。信じていたとはいえ、ルークが約束を違えなかった事が嬉しいのだろう。


「おかえり。何か面白いものは見つかったか?」

「あ、うん。…なぁ、ガイ」


明日も出ていいか?


恐る恐るそう尋ねると、ガイはそうくると思ったと言わんばかりに苦笑して、仕方ないなと笑ってくれた。


「じゃ、寝坊してバレないように、さっさと寝ようぜ」

「ああ。ありがとな、ガイ」










次の日の夜中。
ルークは再び街へと向かっていた。
目指すのは、あのカフェ。


(ああ、いた…)


緊張した面持ちで中を覗くと、昨夜と同じようにテーブルにあの客が座って本を見ながら紅茶を啜っていた。
整った横顔にまた目を奪われる。

再びここへ来て、何をしようとも考えていなかった。ただ、もう一度会いたいと。
だからあの紅い眼がまたもこちらを向いた時は再び逃げ出したい衝動に駆られてしまった。


…だが、ルークは今度は逃げ出さなかった。
いや、逃げ出せなかった。

あの客はルークの姿を捉えると、笑ったのだ。ふわりと。途端に頭の中が真っ白になって、身動きができなくなった。
そんなルークに構わず、客は笑顔で手招きをした。


「あ……」


どうしよう。

行くべきか、去るべきか。
相手はルークが動くのを待っているようだった。去ってしまえば、あの紅い瞳が悲しい色に染まるのだろうか。


(嫌、だな…)


よくわからないけどそう感じた。
そして意を決してカフェの扉に手を掛けた。




「連日夜更かしとは、感心しませんね」


第一声に、相手はそんな事を言った。
柔らかい声。どうやら男性のようだが、近付くとより整って見える顔に鼓動は高鳴るばかりだ。

とりあえず座りなさいと促され、大人しくそれに従う。


「お、俺、夜しか出れないから…」


思わず自己紹介もそっち退けでそんな事を返してしまう。
彼は不思議そうにルークを見た。


「夜しか?」

「うん。屋敷から出たの、昨日が初めてで…」


たった今出会った見ず知らずの人間だというのに、ルークは自分の事を話し続けた。他人とこうして話をするのが新鮮で、楽しいと感じたのだろう。屋敷では自分の事など話す必要はない。
相手は時折相槌を打ちながら興味深そうに話を聞いていた。


「なるほど、あのお屋敷のご子息…ですか。では貴方の名前はルーク、ですね?」

「え? あ……」


突如口にされた自分の名にルークは驚いて相手を見た。そういえば互いに自己紹介もしないままに一人でペラペラと喋っていた事に気付き、しまったと少し顔を赤くする。そんなルークに相手はまたクスリと笑った。


「私は…ジェイドといいます。しかし、昨晩は驚きました」

「う…」

言われて更に顔が赤くなる。随分と真剣な眼差しを向けていた上に逃げ出してしまったのだからバツが悪い。


「ごめん。逃げるつもりはなくって…」




それから二人は互いに他愛の無い話を続けた。
ジェイドはこの店の紅茶が気に入っているらしく、この時間は仕事の休憩も兼ねていつも来ているそうだ。こんな夜中まで何の仕事をしてるのかと聞いたら、ただの研究者ですよと笑って答えた。


「ここのスイーツはなかなか美味しいんですよ」

「ジェイド、甘いもの好きなのか?」

「ええ、わりと。貴方は?」

「あ…うん、好きだよ」
少し照れながらも頷いた。甘いものが好き、だなんてなんだかカッコ悪い気がして今まで誰にも言った事はない(ガイは気付いていそうだけれども)
そんなルークにジェイドはまた笑って、

「では今度ご馳走しますよ。今日はそろそろ帰らないといけないでしょう?」

「え?あっ!」

すっかり話し込んでいたせいか、時間が経つのをすっかり忘れていた。今なら急いで帰ればなんとか睡眠時間は補えそうだ。
…本当は、もっとずっと話していたかったけれど。


それじゃあ明日も来るからと言って、ルークは慌てて席を立つ。そのまますぐに走り出そうとして、

「ルーク」

「え?」

「おやすみなさい」



(う、わ…)



「お、おやすみ…」



かっと顔が熱くなるのがわかった。
ジェイドは本当に、ふいに綺麗に笑う。
確信犯ではなかろうかというぐらいに、絶妙なタイミングで。

今夜は眠れないかもなと思った。






それからルークは毎日のように屋敷を抜け出してはジェイドに会いに行った。
ジェイドも、ルークが来る頃を見計らって紅茶とケーキのセットを注文して待っててくれる。
理不尽で、ただ退屈なだけだった軟禁生活も、この一時の為だと思えばそこまで苦にならなくなった。

そんなある日。


「ジェイド、いつも同じ本読んでるよな」

「…え?」


いつものようにカフェで二人、他愛ない話をしながら紅茶を楽しんでいた時。
それは素朴な疑問だった。

初めてここへ来てから毎日のように顔を会わせていたジェイドはいつも本を読んでいた。
少し古ぼけた、蒼い表紙の本。
何度ここへ来てもそれは変わらず、いつの間にかそれもジェイドの一部のように特に気にならなくなっていたのだが。


「そんなに面白いのか?」

「…いえ。これは…ただの歴史書ですから」

「歴史書?」


昼間望んでもいない勉強をさせられているルークはこれまで何度も歴史書を目にしてきた。無論その内容なんか殆ど覚えていないのがいい証拠で、全く持って面白い本とは言えなかった。
まぁ、ジェイドは研究者らしいから彼にとっては面白いのだろうと勝手に納得しておくことにしたけれど。


「昔滅んだ、国の歴史が書かれているのです」

「へぇ」

「昔といっても、貴方が生まれてすぐの頃ですからつい最近ではあるのですが」


そういえばそんな国の話を家庭教師に聞かされた記憶がある。
ルークが生まれた頃までは戦争が盛んで、その国が滅びた事でそれは終結し、今日の平和があるのだと。生まれた頃の事なんて曖昧で興味も湧かないから聞き流していた部分だ。


「そっか、ジェイドは戦争を体験してるんだよな。年上みたいだし」

「ええ、……」

「ジェイド?」


なぜか黙りこんでしまったジェイドにルークは首を傾げた。その表情がどこか痛みを耐えるように苦しげに歪んで見えてどうしたのかと呼びかけるが。


「…ああ、何でもありません。さぁ、そろそろ時間ですよ」

「え、ああ…」


明らかにはぐらかされた事に尚も首を捻りながらも、時間も迫っていたことだしその日は帰ることにした。

もしかすると戦争で何か大事な人や物を亡くしたのかもしれない。そういえばガイも家族を亡くしたらしく、それに触れるとやはり複雑な顔をしていた事を思い出す。


あんな顔をさせるくらいなら。

あの哀しげな表情が忘れられず、それ以来ルークはその事に触れなかった。ジェイドも進んで話そうとはしないし、いつの間にかそんな話も忘れかけていたのだった。



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