莉夜/PJ/シリアスのち甘々



「預言は必ず成就する…足掻いたところで、何も変わらない」


それは誰が言った言葉だろうか。
暗い空間に響く声。
進めども進めども暗い空間。
再度響く誰かの声。


「覆すことなど不可能だ」
「マルクトもいずれ滅びる」
「ピオニー・ウパラ・マルクトは自らの血で玉座を染め、そしてマルクトは滅びる。そうならなければならない」


煩い声だ。
そんなもの、覆して見せます。
大切な彼を殺させはしない。この身を犠牲にてでも必ず救ってみせる。
脳内に響く声を振り払うように首を振る。
けれど声は再度繰り返し、私を戸惑わせた。


「ッ…いい加減消えなさい!」

何度も何度も繰り返されるそれを聞きたくなくて。
痺れを切らして叫べば、声はあっさりと途絶えた。
なんだったのだろうか。

ふ、と急に視界に色が付く。
気がつけば見慣れた宮殿の正門に、ジェイドは立っていた。
いつのまに。いや、それよりもおかしい。
辺りを見回しても人の気配がない。
昼間なのにここまで人がいないなんてあり得ない。
それに、なんだか空気がどよんでいる気がする。
戦場に、よく似た空気だ。


「陛下はどこに…」


ドクン、心臓が一跳ねした。
それをきっかけにドクドクと活発になる心臓。
急に不安に駆られ、足早に宮殿の中へと入っていった。
宮殿の正門を乱暴に開く。中を見ればそこには地獄のような光景が広がっていた。


「…ッ?!」


一体、どうなっている。

一瞬怯んだ足は次第に全力疾走でピオニーの私室へと駆け出していく。
あの人は、あの人は無事だろうか。


「ッ…陛下!!」


勢いよく扉を開く。
はぁはぁと息が上がるのもそのままに、私室の中をくまなく探したが彼の姿はない。
しかしいつも以上に部屋は散乱し、窓ガラスも粉々に砕けていた。
音素の名残も感じる。此処で一戦あるいは何戦か交えたのだろう。
ここに居ないとなればあとは謁見の間だ。
いつも以上に長く感じる階段を走り駆け、重い扉を勢い良く開く。
そこに求めていた皇帝はいた。


「…ジェ…イ…ド…」
「……へい…か…?」


血に染まった体がぐらりと傾く。
駆けつけ、近寄ろうとするが金縛りにあったように両足が動かない。
声すら出なかった。

いつの間に現れたのか赤い兵士が歓喜の雄叫びを上げる。
その中の一人の男が無造作にピオニーの髪を引っ張り顔を上げさせるのをただ瞳が映した。
そのままピオニーの首元にあてられる剣。

鋭い光が走った。




「ジェイド…!」
「…、…っ…!?」


声にはっと目が覚める。
がばりと身を起こし、ジェイドはうるさい呼吸と心音を宥めるよう胸に手を当てた。
息が苦しい。
断片的に息を詰まらせながら、呼吸を繰り返したが呼吸は一向に治まらない。


「…っは…、ッ…げほっ…」
「落ち着け、大丈夫だ」


心地よい体温がジェイドの背中を滑る。
ジェイドはそれがピオニーの掌だと気付くのに、数分かかった。
縋るようにピオニーに抱きつけば、無意識に体が震える。
抱き返してくる腕の強さには安堵するが、まだ呼吸は落ち着かない。
ピオニーはそんなジェイドを落ち着かせようと何度も背を撫でた。


「魘されてたぞ…嫌な夢でも見たか?」


ピオニーが声をかけるが、まだ夢から抜け切れていないのかジェイドは反応を返してくれない。
取り敢えず寝かし付けようと腕に力を込めるが、きつく力を込めて拒むジェイドを見たらそれもできなくなってしまった。
呼吸も体の震えも治まっていない。


(まずいな…)


内心、ピオニーは焦りを感じていた。
ジェイドは数日前から高熱が続き、今も治療中なのだ。現在、高温が彼の体を蝕んでいる。
薬が切れたのか一時期下がりかけていた熱はまた上がってしまっているように思える。
熱で体力の落ちている所にさらに魘されてジェイドの体力も限界の筈だ。

そういえば熱を出すときは大抵夢見が良くないとジェイドが呟いていたのを思い出した。

不意にジェイドの息の乱れ方が酷くなり、思考に耽っていた脳を現実に戻す。
どうやら息が上手く吸えていないようだ。


「…、ジェイド…!」


過呼吸になってしまっているジェイドの口元を、ピオニーの手が素早く覆う。
ただでさえ息が苦しいのに、更に口を塞がれて苦しさから力なくもがくジェイドを押さえ、少し呼吸が落ち着いてきた頃ゆっくり手を離した。
ぐったり寄りかかってくる体。目尻に溜まった涙を拭ってやる。


「大丈夫か…?」
「…は…い…」


やっと反応を返してくれたことにピオニー安堵した。掠れた声を察してサイドテーブルにある水を渡してやると二口ほど口をつける。
熱は高いままだが、大分落ち着いたようだ。


「……嫌な…夢を…見ました…すいません…取り乱して…」
「大丈夫だ。それより、気分はどうだ?」
「…少し頭が…痛いです…けど…平気…です…」


ジェイド本人はそうは言っているが大丈夫かと聞いて大抵の返事は大丈夫と返す彼だ。この類では信用できない。そう思ったピオニーはジェイドの汗ばんだ額に手を置いた。
先ほどから熱い体だとは思ってはいたが。ここまでとは。掌から伝わる高温に自然と眉を寄せる。


「…これは薬飲ませなきゃ駄目だな…」


言ってピオニーが体を離そうとすれば、力ないジェイドの指が彼の腰布を掴んだ。


「いかないで…ください…」
「、ジェイド…」


今、ジェイドに出来る精一杯の甘え。
普段滅多に見せないそれに、思わずピオニーは動きを止めた。
弱っているからだろうか、それとも悪夢の所為だろうか今日のジェイドはいつもと違う。
どこか泣き出してしまいそうな顔までしていた。
そこまで彼を追い詰めた夢については聞かれたくないだろうから問わないが、こんな不安定な彼を一人にできるはずもなく、かといって薬を飲ませなければジェイドが辛そうだ。


「メイドに薬頼んでくるから少しだけ待て。いいな?」


こくりと小さく頷くジェイドを見てからそっとベッドにジェイドを寝かしつけ、ベッドからから降りる。
背を向けてドアへと歩いている最中も、背中に痛いほど視線を感じていた。
本当に、どうしてしまったんだろうか。


その後無事に薬をジェイドに飲ませることが出来、副作用か疲れからか、うとうとし出したジェイドをピオニーはほっとした眼差しで見つめる。
取り合えずば大丈夫そうだ。


「…陛下…」
「ん?」


閉じかかっていたジェイドの瞳が重たそうに開かれる。
眠そうに何回か瞬きを繰り返し、シーツから右腕を出した。


「…手、握ってて…くれませんか…?」
「…あぁ」


シーツから出たジェイドの手をぎゅっと握る。
繋いだ途端嬉しそうに微笑んだジェイドを見て思わず抱き締めたくなるくらい愛おしく感じたが、無理をさせてはいけないと抑制がけた。


「ずっと…側に…居てくださいね…へ…いか……」


言ってすぐに寝付いたジェイドの髪を優しくなでる。


「…いつも側にいるだろ」


早くこの愛しい彼が良くなることを。
悪夢が再びジェイドを襲わない事を祈って。
そっと額に口付けた。



end



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -