お料理しましょ

 焚き火、シート、近くに川あり。野宿するのに条件はまあまあ悪くない。他のメンバーは魔物がいないか確認しに、あちこちへと散らばっている。アニスが今日のメニューを考えながら鍋を洗っていたところ、草むらを掻き分けるようにしてアッシュはその姿を現した。

「なんでここにいるの?」
「俺がいたらいけない理由があるのか?」
「ルークと喧嘩する」
「……」

 否定は出来ない。そんな顔をしながらアッシュは黙る。アニスはふん、と鼻を鳴らして鍋洗いを再開する。アッシュのことなどもはや気にしてもいない態度に、アッシュの眉間に皺が寄った。

「今日は、お前が当番なのか」
「そうだよ〜。アッシュは知らないかもだけど、アニスちゃんはお料理がめちゃくちゃ得意なんだから」

 胸を張るアニスに今度はアッシュが鼻を鳴らす。料理くらいなんだ、と言いたげな表情で腕を組んでいて、アニスとしてはカチンと来る返事である。やられたらやり返す、という、ふたりのコミュニケーションなのかもしれない。
 鍋を水洗いし終わったアニスは、今度は料理に使う野菜などを洗おうと、タライに詰め込んで川に向かった。そして、その後ろを何故かついて来る赤毛の無愛想男。アニスはあえて何も言わずに川まで行くと、しゃがみこんで野菜洗いを始める。アッシュは、普段よりさらに低い位置にあるアニスの頭をじっと見つめていた。

「……思いのほか、手際が良いな」
「えへへ。料理は男を一撃必殺……おっとと、みんなに美味しいもの食べてもらうためだもん」
「……」

 最後のほうこそ皆のためを思う愛らしい少女の笑みを浮かべていたが、その裏に隠れる(さっき一瞬姿を現した)恐ろしい思惑は、アッシュには筒抜けである。

(女ってやつは……いや、ナタリアはそんなことないが……ない、はずだ)

 ちなみにこのアッシュ、ナタリアの料理の腕を知らない。
 少しばかり話もしながら終始アニスは野菜を洗う手を止めなかった。が、今日はいつもより気温が低めだと雑誌に書いてあったのは間違いではなく(間違いのはずがないのだが)川の水もいくらか冷たかった。だから、ずっと水の流れを受け止めていた小さな手は、冷たさに反応して赤くなっている。大根を洗い終わったアニスがタライに手を伸ばすと、最後に二、三本あったにんじんが消えていた。
 隣には、いつの間にやらしゃがみこんで手袋を脱ぎ、川に手を突っ込むアッシュ。

「はぅあっ……」
「……なんだ。文句あるのか」

 ぐっと眉を寄せるアッシュに、アニスはとりあえず首を横に振った。まあ、手伝う気になってくれたのなら悪いことはない。しかし、アッシュの手つきがどことなく荒いのは、彼が大っ嫌いでしかたない憎きにんじんのせいだろうか。
 彼は自分のように見返りを求める人間でもないだろうし、なんてことを自分で考えながら、アニスは洗った野菜を入れたボウルを持って調理場に戻った。

「せっかく野菜と鍋を洗ったんだしい、鍋物がいいかなあ。豆腐入れるとガイが泣くんだけどねー」
「野菜だけでは味気ないだろう。肉を入れるべきだ」
「お魚の方がヘルシーであたし的には嬉しいかも」
「魚と野菜ではレプリカがダイコンとポテトしか食べなくなるぞ」
「えー、それは偏食なルークが悪いんじゃーん」

 夕飯のメニューについて談義するふたり、という両者を知るものならなんとも言えない違和感に包まれる光景である。
 アッシュがさりげなくルークへのフォローを入れているように見えるが、本人としては夕飯に出てきた食材の好き嫌いで文句を垂れる自分のレプリカなど、みっともなくて見ていられない……と、言っている。

(いや、その時まであんた、ここにいるつもりなのかよ)
「まあとにかく鍋は決定ね。迷うなら、お肉もお魚もいれちゃえばいいんだよ。で、野菜もにんじん含めて全部投入ー。これでいいじゃん」
「……それは何鍋になるんだ?」

 肉、魚、野菜もろもろ。鍋料理はとにかく食べられる何を入れようと失敗は少ないが、ポテトやあまつさえトマトまで入るのだから、なんだかよくわからない鍋になりそうである。ま、確かにそうかもだけど。とアニスは少し考えてみたが、五秒と経たずに包丁を手に持って野菜の皮を剥き始めた。

「アニスちゃんの腕に掛かればどんなにカオスなお鍋もたちまちデリシャス! というわけでアッシュ、水汲んできて。ついでに、お魚適当に取ってきてほしいなぁ」
「……ふん、仕方ないな」

 軍服の袖まで捲って、アッシュは料理を手伝う気満々だ。鍋と剣を持ち川へと臨むアッシュの背中にアニスはひらひらと手を振る。しかし、

「ロックブレイク!!」

 地面より突き上げられた岩によって、きらきらと光を反射させながら宙を舞う魚の姿を見て、アニスは少し、色々な意味でアッシュが心配になった。

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