流石兄弟
なんか知らないが学校で課題が出されていたらしくよーしお兄ちゃん頑張っちゃうぞーと言わんばかりにPCの横にレポートを置いて弟者が持ってきた説明用のプリントを見たところ提出期限が明日。今日弟者から渡されたのにこんなに早く提出期限がくるはずねぇ! と信じて弟者に問い詰めたところ「まあ、実際渡されたのは一週間前だしな」だってさ。ふざけんな。キーボードに垂直にめり込むのを回避した結果、机にめり込んだ拳を押さえそう声高に叫んでみたが、我が弟ながら恐ろしいほど冷静に「怒るな兄者。悪気はなかった。忘れてた」だってさ。流石だな弟者。この兄者の拳が机の思わぬトラップを受けていなければ殴っているところだった。
俺が頭脳明晰容姿端麗スポーツ万能で人当たりも良い優等生なら、こんなレポート一日もかけずに書き上げてしまうものを。書き上げるまでいかなくても「弟者がいじめるんですぅ」と言えば万人が信じて許してくれるかもしれない。しかし。頭脳明晰とまではいかないがそれなりに頭が良く、対して容姿端麗ではないが(そうであったなら同じ顔した俺だって今頃リア充生活を満喫している)スポーツも人並みよりは上でクールな人柄が現在女子の人気をこっそり集めるこの弟者。同じ高校に入っていてももはや幽霊扱いの俺とは天と地ほどの差があることは俺だってわかっている。
「いや、兄者。俺をそんなに過大評価されても困る」
「かっかかか課題評価!? 兄を追い詰めるのはやめてくれ弟者!」
「今のはその課題じゃないんだが……」
今までの語りで俺の慌てっぷりはなんとなくわかって頂けただろう。めちゃくちゃ焦っているのだ。青筋立てた母者の目前で正座してるときくらいに焦っているのだ。いや、やっぱり違うな。母者が目の前にいるときの慌てようはこの比ではない。
ただいまの時刻20時ぴったり。弟者によって机から引き剥がされたPCが視界にちらつく。俺の眼下に広がるレポート用紙。あ。弟者、兄の秘蔵ファイルを勝手に覗くな! 腹立たしい奴だな!
「兄者、また好みが変わったか?」
「うるさい弟め、黙るがいい! 兄の手伝いをしろ!」
「ひとつの課題に人の、弟の手を借りねばならないとは流石だな兄者」
とか言いながら俺のレポートを覗き込む弟者。えっ何そのテクニック。冷たいようで実は温かいアピール? それか、それがモテる秘訣か。
「我が弟ながら小賢しい奴め……」
「兄者が考えているようなアピールではないのだがな……あと兄者、俺は兄者がいうほどモテる訳ではない」
「ばーかばーかお前のファンは滅多に姿を見せないつまり照れ屋であり本人への接触が少ないからお前には実感がないかもしれんがこちとら心の奥の奥まで見えとるんじゃー!」
「発狂するな兄者!」
と揉み合っているうちに疲れてきたので一旦休憩。課題に追われているのに弟との争いに時間を費やすなんて流石だな、俺。弟よどうしてくれる。
そして弟者の息が整ってきたところでまた課題開始。弟者がいつもの通りにデスクに手を置いて、俺の手元を覗き込む。
「おお、なんと! 半分できてるじゃないか。流石だな、兄者」
「よせやい。ま、俺だって馬鹿じゃないってことだな!」
胸を張ったが、実際一番驚いているのは俺じゃなかろうか。なんだよ俺、結構出来るじゃん。やっぱり俺にも弟者の血は混ざってんだよ! あれ、なんか違うな。まあそれはさておき、絶好調な俺に予想外の壁が立ち塞がった。
「兄者ー!」
妹者である。うちの超可愛いエンジェルだとかそうじゃないとかそんな感じの女の子である。まだ舌足らずな口調の愛らしい少女である。
「一緒にお風呂に入るのじゃー!」
「ぶぁふっ!?」
まだ高校生の兄と風呂に入ることに疑問を抱かない無垢な女の子である。え? 風呂? 妹者よ、それは永遠の思春期たるおっきい兄者には酷なお願いだぞ……!!
「ああ、良いよ。行こうか妹者」
「わーい、ちっちゃい兄者とお風呂なのじゃー」
「ちょっと待て弟者あああ!! なぜそうナチュラルにスルッと行動するんだ! 何でお前が行くんだ!」
妹者に手を引かれる弟者の肩をひっ掴む。「兄者は課題で忙しいだろう」? そうだが少しおかしいぞ! 妹者が今日に限って俺たちに混浴をせがんだ理由とかお前のその慣れた対応の意味とか色々色々……。
「母者が一緒にお風呂に入るならちっちゃい兄者にしろって言ってたのじゃー」
「結構一緒に入ってたしな」
なんだそれ、聞き捨てならんぞ! まるで俺を警戒しているみたいじゃないか! と言ったら「警戒してるんだろうな」という弟者の辛辣な一言が胸に突き刺さった。母者酷い! 酷すぎる! 俺は現実世界でロリに手を出すような変態じゃない! というかロリは対象外だろ! 常識的に考えてえええ!!
「兄者、地の文が騒がしいぞ。全く、兄者は中途半端に二次元にも三次元にも手を出すからいけないんだ。その点で俺は無害だからな」
「無害なのじゃー」
……ほえ?
なんだかとんでもない発言を聞いてしまったような気がした俺は、弟者が閉めた扉を呆然と見つめた後、静かにデスクに向かった。