退屈な日に

 暇だっ! と声高々に宣言するルークは、ふかふかのベッドの上で暴れることも、それによって使用人(主にガイ)にたしなめられることも辞さなかった。ここ数週間、ヴァンを見かけることはあっても、他に忙しい用事があるらしく剣の稽古をつけて貰っていないのが原因だろう。毎日毎日、ヴァンの稽古だけを楽しみにしているというのに、それすらなくなってしまうのはルークにとって耐えられるものではなかったらしい。
 ある日、それを見兼ねたガイは、休憩がてらルークの部屋を訪れた。扉を開けると、ベッドの上にシワひとつなく敷いたはずの真っ白なシーツが、見る影も無くぐしゃぐしゃになっている姿が目に入る。それを何とも嘆かわしく思いながら、ガイはため息をつく。
 当のルークは開け放った部屋の窓の縁に座り、いかにもつまらなそうに外を見ていた。ルークは扉を開けた気配に気付くと、「ヴァン師匠!」と目を輝かせながら振り返る。

「……あ」
「悪いなルーク、師匠じゃなくて」

 扉を開けたのが自分の求めた人物ではないことを知ると、ルークの目は途端に不機嫌な色を見せて細められた。くるりと身体を捻り窓の外に再び足を投げ出す格好になったルークは、怒りの滲む声を隠そうともせずにガイにぶつける。

「何か用か?」

 ルークの気だるそうな目がガイを睨んだ。睨まれる覚えのないガイだが、暇で仕方のないときのルークの態度は誰にだってこんなものだ。ガイは部屋に入ってテーブルを少し移動させると、椅子に座った。そして、怪訝な顔をするルークに手招きする。

「トランプでお暇を潰す気はありませんか?」

 小さな箱から取り出されたカードを見て、眉を寄せていたルークの顔が一瞬、嬉しそうに綻んだ。


***


 現在ルークの手札は三枚、ガイの手札は四枚。ジョーカーを持つのはガイである。一見ガイの方が劣勢かと思いきや、ガイには次のターンで自分のジョーカーが相手に渡ることを計算できていた。不敵な笑みを浮かべる使用人にルークは若干の焦りを覚えるが、改めてガイの手札を一通り眺める。
 最初、ルークからガイにジョーカーが渡ったとき、ガイは苦笑いしながら手札のうち(ルークから見て)一番右側にそのジョーカーをしまいこんだ。それから二ターン経って、配列は変わっていない。なら迷わず左だ。とルークは一番左側に手を伸ばす。そのとき、ルークは目の前にあるガイの笑みが深まったことに気付いた。

「……なんだよ?」
「いいえ、どうぞお引きになって下さい。ルーク坊っちゃん」

 ハートがつきそうなくらい甘ったるい声を出すと、この男は途端に胡散臭くなる。ルークは走った寒気と共に自分の左手を引っ込めた。まさか、自分の知らないうちに配列が変わっているのか。真剣に悩む内にルークの顔はどんどん険しくなっていく。
 ルークの手が右から左、左から右とガイの手札の上をさまよう。もちろん、ガイにはこれまた計算済みの行動だ。

「……これだっ!」

 唸り声を上げて引き抜いたのは一番右側のカード。ルークはガイを信じないことにしたようだ。ある意味、あからさまなガイのジョーカーアピールを信じた、とも言えるだろう。
 引き抜いたカードを裏返すと、そこにはちんちくりんな衣装を着た道化。

「くっそおおおお! ガイお前騙したな!」
「カードゲームは騙してこそカードゲームだ」
「知らねえよ!」

 ジョーカーを手札に入れ、ルークはそれらを背後に隠しながら混ぜた。
 そして、デン! とガイの目の前に羅列したカードは、照明に照らされ、若干透けていた。



「負け……!?」
「ははは、あがりー」

 持つカードのなくなった手をひらひらさせるガイ。対するルークの手の中にひとつだけ残ったジョーカー。対面する道化に嘲笑われたような気分になり、ルークはジョーカーをビリビリに引き裂いてしまいたくなった。そして、裂く代わりにテーブルへと叩きつけられる哀れなジョーカーである。
 
「たまたま運が悪かったんだ! 今度は勝つ。もう一回やるぞ、ガイ!」
「ああ、いいとも」

 カードをかき集めるルークを見て、ガイは小さく微笑む。負けた悔しさからかルークは唇を尖らせていたが、そこには先ほどまでなかった笑みが浮かんでいる。きっと本人は気付いていないだろうが、それだけでもガイは嬉しさがこみ上げてくるのだった。

「あれ? どうしたんだ、ルーク。まさか、カードが切れないのか?」
「んなわけねーだろ! たまたま上手くいかないだけだっつーの!」

 そう叫ぶもカードを切ろうとする手はぎこちなく、零れ落ちるカードを見ても結果は明らかだ。

「そうかそうか。調子悪いなら俺が切るよ」
「……仕方ねえな」

 元々器用なガイには、慣れもあってカードを切ることなど容易なことだ。カードを手渡したあと、ルークは興味深そうにガイの手元を見つめた。何の乱れもなくカードが重なっていく様子が美しい。
 ルークの羨望の眼差しに気付かない振りをしながら、今度は勝たせてやろうか、なんてことを考えるガイであった。

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