速と壊と光

「どけハゲ」
「誰がハゲじゃコラ」
 そう反論するも、ミサイルを搭載した重たい足に払われればフラッシュの身体はぽーんと飛んでいった。避けないのが悪い、反省しろ、と感情の抜けた声を吐きかけられ、そのまま遠ざかっていく気配がする。

「クラッシュ負かしたい」
「同感」
 それからボロボロのボディを引きずりなんとか休憩室に辿り着いたフラッシュは、部屋の片隅で壁にもたれかかっているクイックに吐露した。クラッシュ負かしたい。きっとクラッシュに虐げられた経験のあるワイリーナンバーズなら誰しも一度は思うだろう。あのちっこいくせに生意気な弾薬庫を「はわわ」と言わせることができれば、蹴り上げられたり爆撃されたり精神的に攻撃されたりした日々もいくらか報われるというものだ。
 フラッシュとクイックはそれぞれクラッシュと製造ナンバーが近い兄弟機である。とはいえ上下関係があるわけではないので扱いに差はないはずなのだが……他のメンバーをひっくるめて考えると、どうもこの二体の扱いだけが厳しい。クイックはフラッシュと同じように「邪魔だ」と蹴って寄せられた経験があるが、メタルもエアーもバブルもヒートもウッドもそんなことは一度もされていないのだ。
「なんでオレらだけ格下扱いなんだ? どうしてフラッシュごときとオレが同じに見られてんだ」
「流れで俺をディスんな。確かにクラッシュの暴挙にゃうんざりだ。ちょちょいと罠に嵌めて赤っ恥かかせてやろうかな」
「いいんじゃねーか。ズッコンバッコンハメてやろうぜ!」
「言葉のチョイス」
 やる気を見せるクイックに、フラッシュは親指を立ててみせる。
「今までの俺たちは甘すぎたんだ。ヤツに教えてやろうぜ。今まで散々虐めてきた兄弟の、本当の恐ろしさってヤツをよぉ!」
「おー!」
 なお、この休憩室にはじめからいたメタルが、E缶を回しながら「馬鹿め」と呟く声は二体には聞こえていなかった。


 二体がかりで復讐をしてやろうと奮起するフラッシュとクイックは、まずはどんな罠を仕掛けるかという相談を始めた。案は、よりクラッシュを辱めるものが好まれた。クラッシュがどのような場面で屈辱を感じるのかという議論は白熱した。
 二体とも、ああしてやりたいこうしてやりたいと想像力たくましく罠について語り合うが、お互いにひとつ案が出るたびに「いや、それはメタルが怒る」や「それは基地が吹っ飛んじゃう」等突っ込み合ってなかなかまとまらない。果てには「もう二人がかりでボコボコにしよう」とクイックが言うので「つっまんねー脳筋だな」と返したフラッシュがボコボコにされかける事態が発生したりしたが、二体はめげずに議論を重ねた。
 そこにたったっと首を突っ込んできた蛇がいる。
「聞いてくださいよークラッシュさんのことなんスけど」
「何? スネークマンお前もか」
 神妙な顔をして応じたフラッシュは、ぐったりとテーブルに伏したスネークの背中をポンポンと叩いてやる。スネークはDr.ワイリーとDr.ライトが共同製作したサードナンバーズの一員で、フラッシュと付き合いがある後輩だ。そんな彼もクラッシュの被害に遭っているのだという。
「この間なんか通路のど真ん中にいたら『避けろ』って寄せられましたよも〜!」
「アイツ通路にいるロボット寄せんのが趣味なんかな……?」
「さあ……」
 しかしセカンドナンバーズだけでなくサードナンバーズにまで手を伸ばしているとは、いよいよ大義名分を立ててクラッシュに仕返しできる雰囲気に二体はニヤリと笑い合う。
「そうだ、こいつに協力してもらおう。頼むぜスナックマン?」
「おいしそう」
 クイックは思い付いた作戦を二体に語り始めた。


 通路のど真ん中で直立しているスネークを、二体が曲がり角の影から見つめていた。フラッシュの計算が正しければあと5分後にクラッシュが司令室からこちらへと向かってくる。
 クイックが立案した計画はシンプルだった。わざと通路に立ち塞がり、クラッシュがスネークを乱暴に寄せようとしたところを「オイオイお兄さん、後輩にそんなロウゼキはいけないよなぁ?」と難癖つけて制裁するというものだ。これならあんまり私怨っぽくなくて、悪いのはクラッシュだからと言い訳もしやすい。加えてクイックとフラッシュは後輩を助けようとしたという名誉を得て、きっとDr.ワイリーに褒められる。
 いくら奴が弾薬庫でも、未だそのスピードを超えるものはいないとされるクイックや、タイムストッパーという規格外の能力を備えたフラッシュが手を組めば捻ることなど容易いはずだと事前に二体の間で戦略を練った。そもそもクイックの負担を考えればタイムストッパーは使用できないが、「正直オレがいればクラッシュとか余裕。お前はバスター撃っとけ」という無表情ながら盛大なドヤ顔を披露したクイックを前にしてフラッシュは反論する気も起きなかったので問題ない。クイックの戦闘能力の高さは、一応、ワイリーナンバーズ中で知れ渡っている事実である。
 ブーメランとバスターを突きつけて、一体どんな言葉を吐かせようかとフラッシュは舌舐めずりをする。あの居丈高なロボットに「フラッシュ様、今まで申し訳ありませんでした」とか「なんでもします」とか「仕方ない、詫びよう。……何が目的だ?」とか言わせちゃったりなんかしたらもう最高だよなー! と恐らくはクイックも同じようなことを考えているので二体の心はひとつだった。
「おっ、来た……!」
 向こう側から通路を歩いてくる小柄でオレンジ色の機体は間違いなくクラッシュだ。周辺にその他の機械反応はなく、リンチには最適の環境だった。その行く先に立ち止まっているスネークを、寡黙な瞳でじっと見つめて足を止めない。押し通るつもりなのだろう。
「スネーク、何してる」
「どもっす」
「意味もなく立ち止まっているように見えるが、どこかに異常でもあるのか」
「あーすんません。考え事っす」
「邪魔だ、他所でやれ」
 クラッシュはドリルアームでスネークの腕をトントンと叩くと、壁とスネークの身体の間をするりと通り抜けた。
「ふん、のろまめ」と悪態をつく唇が、ふっと微笑む。
「不調なら博士に診てもらえ。壊れてからでは修理費が嵩むと常日頃からおっしゃっている」
「はーい」
 そのまま難なく通路を歩いていくクラッシュに「あれ?」とスネークは背伸びをして曲がり角にいるはずの二人を見遣る。スネークとクラッシュが接触したら、すぐにいちゃもんをつけに飛んでくる作戦ではなかったのか。
 結局クラッシュが角に差し掛かっても「フラッシュ、クイック、珍しいな」「ああ……」「ああ……」「……キモッ」と短く言葉を交わしただけで二体はそれを素通りさせた。結局、意味もなく突っ立っていた後輩を避けて、言葉少なな兄弟の横を抜けていっただけの弾薬庫は、自分の部屋へと帰っていった。
「ちょっと、フラッシュさんもクイックさんもどうしたんです? 全然来なかったじゃないですか」
「……」
 無言を貫く二体にスネークが参っていると、不意にフラッシュがじっとりとした目で重く口を開いた。
「お前は気に入られている」
「はぇ?」
「お前へのクラッシュの対応は実に丁寧だしなによりだいぶ楽しそうだ。あれを被害とは言わない」
「そうだぞ、オレらなんか踏まれるわ蹴られるわ突かれるわ向けられる殺意の量がダンチなんだよわかるか」
「ええ……」
 なんだこいつらめんどくさ……。
 わかりやすく引いたスネークに半ば八つ当たり気味に自分たちの被害を語って聞かせる二体はむしろ誇らしげにすら見えた。そうだ、俺たちこそがクラッシュに本当に蔑まれている標的であってお前とは格が違うんだよ格が、とネガティブなのに妙にポジティブでネットで見たメンヘラみたいだった。
 かくして頓挫した『クラッシュに日頃の恨みを晴らそう計画』はたびたび再案が練られては実行前に蹉跌したので、とうとう日の目を見ることなく二体の電子頭脳から忘れ去られていったのである。


***


 AM3:15。海岸沿いに広がるコンビナート脇の鉄塔に、二体のロボットの姿があった。
「博士より賜った地図に比べると、少々規模が大きいな」
「いや、だいぶ大きいというか……目測でも2倍ほどでは」
「博士もおっちょこちょいな方だ。そこが愛嬌でもあるが」
「真顔で惚気るな。正直きもい」
 メタルマンがナンバーズの中でも1番にワイリーに心酔しているのはこれまた周知の事実だった。忠誠心も度が過ぎれば常識はずれな愛情だ。実際に、自分こそワイリーにとって最も有用な兵器であると度々論争を起こし破壊行動に発展するナンバーズであっても、最もワイリーに献身しているのは誰かという争いには乗らない。呼び付けがあれば即参じ、呼ばれなくともそこにいる。付き人としては実に優秀である。
「なに、2倍だろうと3倍だろうとお前の火力の前では変わらん」
「まあ……広いだけならそうだな。それより、ざっと見てもコントロールルームが6つ。予定より3箇所も多い。貴様の仕事が増えただけだろう」
「想定内だとも。これくらいの無茶振りに応えられなくてどうする? ひとつ、腕の見せ所というわけだ」
 さらりと言ってみせるし、こなしてみせるのがメタルだ。そういうところだけは手本にしてもいいかもしれないと度々思うものの、クラッシュはメタルとの性能に優劣など感じたことはなかった。メタルのように振る舞いたいという願望もない。
「では計画の通りに。ハッキング作業が終了したらこちらに合図を」
「了解した」
 メタルは跳躍すると、くるりと回って鉄塔の下へと降り立った。周辺にドリルマンが掘り進めた侵入用の通路があるはずだ。後にスネークが整備したはずだが、出来はどうだろうか。
「……妙なロボットだからな、アレは」
 合図を待つ間はずっと暇だ。
 戯れに数日前、通路のど真ん中で上の空だった蛇を思い出してみた。立ち居振る舞いは軽薄だが、その実些細なことにも慎重で、陰湿さすら感じさせる。明るい皮を被ることでそれを隠しているのが人間臭く、興味深い。
『お気に入りのスネークか?』
「……おい、任務に集中しろ」
『これくらい支障もないだろう』
 装着した無線通信機がメタルの声を伝える。このまま雑談をしながらコントロールルームを目指すのだろう。そこまでの余裕があると判断したのなら、今回の任務はよほど簡単らしい。
『セキュリティが反応している気配もないし、いい仕事をしてくれている。後で褒めてやれ』
「オレの仕事じゃない」
『スネークだって少しは期待していると思うが』
「奴が素直に喜ぶわけがあるか。どうせ上辺だけだろう」
『……お前たちは人間みたいな駆け引きをしているなあ』
 感心したような声音にクラッシュもはたと気付く。確かに。相手の思惑を読み合って身の振り方を考えるような真似はまさに人間の習わしではないか。
「なるほど……だから余計に、奴が面白いのかもしれないな」
『楽しそうだな。クイックとフラッシュが寂しがるぞ』
「は? つまらん冗談だな」
 そこでどうして同期二体が出てくるのか不思議でならず、クラッシュは首を傾げる。
『あいつらは何かと理由をつけてお前のことを構いたがるじゃないか。スネークとばかり遊んでいたら拗ねるに決まってる』
「メタル……オレは奴らに構ってもらうような幼稚な趣味はないし、スネークと遊んだ記憶もない。貴様、平和ボケか? 博士に診てもらうか?」
『そう捲し立てるな。どうせ図星――』
 メタルがそれ以上腹立たしい話を続けないように、無線の電源を強制的に落とした。ぶつりとメタルの声が途切れて、鉄塔に吹き付ける風の音だけがその場に残る。
「……構ってやってんのはこっちだっての……」
 思わずぞんざいな口調になってしまったのがあの兄弟機たちを思い出させて呆れる。この間も何かを企んでいたようだった。別段不快でもないし、こそこそにやにやと隅でやっているのはむしろ愉快に思えたほうだ。
 そう、実際嫌ってはいない。あの二体は面白い。ただ、それを構ってもらっているなどと言い表されては心外というものだ。
 クラッシュは無線の電源を入れ直した。メタルからの合図を受け取れるようにするためだ。後に控えた破壊任務の準備としてドリルアームと爆薬の最終確認をし、じっと許可が出るのを待つ。
 ひゅうとまた風が吹いた。メタルからの合図は、まだ来ない。

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