カチ、カチ、と動く時計の秒針を見つめながら、俺はヨハンの部屋の前で白い布をかぶっていた。

今日は10月30日。ハロウィンの前日だ。
もちろん、逸早くお菓子をもらうつもりの俺はこうしておばけに扮している。そして0時ぴったりにヨハンの部屋に突入し、お菓子をもらう予定だ。

もちろん、いきなりのことで驚くヨハンはお菓子なんて用意してるわけもなく、悪戯になることも想定している。むしろこっち希望だ。


そしてようやく秒針が12を指した時、俺はヨハンの部屋のドアを勢いよくノックをしようとして…いきなり開かれたドアに俺は「うわっ」と情けない声をあげてしまう。
慌てて一歩さがった俺に、ヨハンは嬉しそうに「やっぱり十代だった!」と言ってきた。

頭におばけのキュー太郎のお面をつけて。懐かしすぎるだろ、これ。どこで手に入れたんだ……。


「……ヨハン、何でそんなのつけてんだ?」

「十代こそ、何でシーツかぶってんだ?」

「…………」

「…………」


ここでお互いの考えがわかってしまった。俺もヨハンも、あの魔法の言葉を使おうとしているのだ。
どちらが早く言うのか。これからはそこにかかっている。俺はお菓子を持っていないのだ。先に言われてしまえば俺は悪戯を受ける側になってしまう。
ヨハンが口を開いたのに気付いて、俺も急いで口を開いた。


「「トリックオアトリート!!」」


声が重なって響いた。普通に聞いた分には分からない。一体どっちが早かったのか。
そこで聞いていたはずのハネクリボーを見るとふるふると体を動かし、わからなかったことを伝えてくる。

同様に他の精霊たちにも聞いてみたが、ハネクリボーと同じようにわからなかったと言われてしまった。


「俺の方が早かったぜ!というわけで十代お菓子よこせ!」

「いや、俺の方が早かったぜ!というわけで悪戯させろ!」

「やっぱりお前悪戯目当てなのかよ!」

「むしろそれ以外目当てがねーよ!」

「へぇ、じゃあ俺の手作りクッキーはいらないんだな?」

「いるに決まってるだろ!!」

「じゃあこれで悪戯は無しな!」

「あっ!ヨハン汚いぞ!」

「0時前からドアの前で待機してた十代に言われたくありませんー」


バレていたらしい。それならそれで俺を部屋に入れてくれてもいいと思うんだけど!


「それで?十代はお菓子持ってきてないのか?」

「おう!お前から貰う気満々だったからな!」

「じゃあ悪戯だな」

「ヨハンから悪戯、か……」


案外、悪くないかもしれない……。と思っているとヨハンにぐいっ、と頬をつねられた。


「変な想像すんなよ…!」

「別にしてないぞ」

「うそつけ。十代、顔がにやけてたじゃないか」


にやけた自覚はなかったが、思わず顔に出ていたらしい。まぁ脳内ではヨハンがあはんうふんしていたのだから仕方ないことだ。

ヨハンの部屋に入れてもらって、かぶっていたシーツを放り投げる。ヨハンはあのお面を未だにつけたまま、部屋の簡易キッチンでココアをいれてくれている。

二人でベッドに腰掛けてそれを飲む。俺は赤いマグカップ、ヨハンは白いマグカップだった。
一口飲んでからヨハンの方を向くとキュー太郎と目が合った。勘弁してくれ。


「あの、さ……それ、外さないのか?」

「ん?ああ!これから十代に悪戯するんだから外しちゃ駄目だろ?」

「え……」

「?どうした?」

「いやっ、べつに!」


……あのお面をつけながら(息子に)悪戯されるとか嫌すぎる!!

だなんてもちろん言えるわけもなかった。


「あ、そうそう。まだクッキー渡してなかったな」

「!食う!!」

「ちょっと待ってろよ〜」


ヨハンはキッチンから綺麗にラッピングされたクッキーを持ってきた。せっかく綺麗にしてあるラッピングをほどき、カボチャの形をしたクッキーを口にくわえた。

そしてくわえたまま突き出すようにして俺に「ん」とだけ言う。

「こ、このまま食えってこと?」

こくんと頷かれたので、そういうことらしい。
意を決してヨハンのくわえているのと反対側にかじりついた。サクサクと音を立ててヨハンに近づいていく。
きらきらと綺麗な瞳や長い睫毛なんかを見ながら食べるクッキーは最高だけど、スゲー恥ずかしい。
ポッキーゲームと似たものを感じるが、ポッキーより大変だ。ヨハンの手作りクッキーだから味わいたいし、食べるのに時間がかかる。もちろんその分ヨハンの顔を見つめる時間も長くなるわけで……いくらヨハンのことが好きでも照れてしまう。

ようやく食べ終わりココアを飲む。ヨハンの方を見るとニコニコしていた。


「悪戯、どうだった?」

「へ……」

「けっこう恥ずかしかっただろ?」


ニヤリと笑いながら言われて、これがヨハンからの悪戯だったんだと気付いた。


「随分と嬉しい悪戯だったな」

「でも恥ずかしかっただろ?十代、顔赤くなってたし」

「なってねーよ……」

「じゃあもう一回悪戯してもいいんだよな?」

「勝手にしろよっ」


恥ずかしがっていただなんて認めたくなくて、意地になりながらそう言うとヨハンがぐいっ、と腕を引っ張った。

そしてそのまま唇がふにゅ、とくっついたかと思うと今度はぬるりとした舌をぐっと唇に押し付けてくる。
少し口を開くとそこに押し入るみたいにヨハンの舌が入ってくる。

ヨハンからのキスはいつもふわふわしていた。
激しくなくて、ただちょこん、と口をつけるようなものばかり。
激しいキスはいつだって俺からだった。

なのに今はこうして俺の口の中でれろれろと舌を絡ませている。


「ん……っ、あ……十代、いたずら…どうだった?」

「…っは……よかったぜ」

「それじゃあ悪戯になってないぜ!」

「それよりさ、もちろん続きしてくれるんだよな?」

「はぁ?するわけないだろ!もう悪戯は終わり!!」

「えー……じゃあさ」


今度は俺がヨハンを引っ張る。バランスを崩したヨハンはそのまま俺の腕の中へおさまった。


「今度はお前の恥ずかしがるのを俺に見せてくれよ」

「……なっ、何言って」

「駄目か?」

「…………今度な」

「今がいいんだけど」

「今はやだ」

「ケチ」

「ケチじゃねーよ」


ベッドでごろごろ転がりながらヨハンに抗議をする。
それはヨハンには全く効いてないようで全て流されてしまう。ちくしょう。誘っておいて何だよ。

むくれているとヨハンがなでなでと頭をなでてくる。それが気持ちよくて、思わず目を閉じた。
子どもを宥めるようなそれにちょっとムッとするけど、まぁいっかーなんて思ったりして。


「おやすみ、十代」


そんなヨハンの声が聞こえたと思うと俺の意識はするすると落ちていった。




















翌朝、ヨハンがあのお面をつけて俺を起こし、驚いた俺が腰を抜かした話は墓場まで持っていくつもりだ。


























あとがき


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