「なぁ…なんで読書の秋って言うんだ?」
「やっぱり出版社の策略じゃないか?」
「夏にも読書感想文フェアとかしてるのにまだ買わせるつもりなのか……悪どいぜ、出版社!!」
「悪どいか……?」
図書館に貼ってあった『秋の読書週間』という貼り紙を見て出た十代の疑問が一番最初の問いだ。
食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋、そして読書の秋。
どれも有名な言葉たちだ。それぞれ秋というだけの理由はあるのだろうが、確かにその理由は知らなかった。
「読書の秋、かぁ……」
「十代の場合は食欲の秋だな」
「そんなことないぜ!」
「じゃあ何か読むのか?」
「う……読まない、けど……」
「あはは!やっぱり食欲の秋じゃないか」
笑いながら言えば十代はむぅ、と唇を尖らせた。機嫌を損ねた十代はスタスタと歩き出して図書館から出て行こうとする。
そんな十代の腕を掴み、慌てて引き留めた。
「何だよ、食欲の秋な俺は図書館になんていたくないんだ」
「ごめんごめん!俺が悪かったよ、十代!だからもう少し付き合ってくれよ……」
頼む!と言ったことで少し機嫌が良くなったのか、十代は「しょうがねぇなぁ」と呟いた。
十代は案外頼られることに弱いらしい。本人が言うには、何でもこなせる俺が十代に頼ってくるのにとてもいい気分になるそうだ。
何でもこなせるだなんて過大評価しすぎだ、と言えばそういう風に見えるのだと言われた。
実際俺は十代に色んなことを頼っている。
例えば今日だって、こうして図書館で必要としてる本を一緒に探してもらっている。
誰かと一緒でないと迷ってしまうのだ。一度1人で行こうとしたが、まず図書館に辿り着けなかった。
そして今度は反省してルビーに力を借りて図書館まで着いたが、その図書館内で迷ってしまった。
本も見付からず、かといって出口も分からず……。結局何とか図書館の入口に戻ると図書館の閉館時間になっていた。
更に反省して今度は誰かと一緒に行く、という結論に辿り着いたのだ。
そして親友である十代にそれを頼んでみた。図書館があまり好きではない十代に頼んでも断られるかと思ったが、意外にも十代は引き受けて、そして今までの図書館での苦労を話すと大笑いしたのだった。
「えーっと……ヨハンが探してる本は……このへんにあるはずなんだけど…」
「んー……あ!これだ!」
「見つかったか?」
「ああ!間違いないぜ。ありがとな、助かったよ」
「どういたしまして!んじゃ、さっさと借りて戻ろうぜ」
「待てよ。せっかくだし十代も何か借りようぜ!」
「は?……俺は読まないし」
「いいから!十代だって昔、絵本ぐらいは読んだだろ?」
「そりゃそうだけど……」
そう、文字の羅列が嫌なら絵本を読めばいい。
文章を読むだけが全てじゃないのだ。
「絵本なんて子どもが読むものだろ……」
「そんなことないさ。ほら、行こうぜ!」
十代の手をぐいっと引いて歩きだすと逆に引っ張られてしまう。それに驚いて振り返ると十代は呆れた顔で一言。
「絵本の棚はあっちだ、ヨハン……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十代の案内で辿り着いた棚で本を探す。
作者別に整理された棚は綺麗で見やすくなっている。
その棚の『れ』と書かれた場所を探してある本をとった。
そして十代に渡す。
「俺のお気に入り。読んでみてくれよ」
「ヨハンのお気に入り……ねぇ」
「それとも俺が読み聞かせしようか?」
「子ども扱いはやめろよな!1人で読めるよっ」
十代はそのまま近くの閲覧コーナーで本を広げた。可愛らしいねずみが壁に向かって考え込んでいる。
みんなが過ごす中、そのねずみだけはただ考えているのだ。誰も気に止めない壁の、その向こう側へ行く方法を。
色んな方法を試して、ある時思いついたのは土を掘って向こう側へ行く方法。これは大成功。そして壁の向こう側には自分と同じねずみがいた、という話だ。
十代はパラパラと捲って読み進めていく。読み終えてパタリと本を閉じると十代は不思議そうな顔で俺を見た。
「これ、本当にヨハンのお気に入りなのか?」
「そうだけど……駄目だったか?」
「いや……何か普通だなぁって。ヨハンのお気に入りならもっと感動する話かと思ってた」
「いい話だと思うけどな」
「だってねずみが諦めずに壁の向こう側に行こうとしてただけだろ?」
「いい話じゃないか。諦めずに立ち向かえば困難にもいつか打ち勝てる」
「いい話だけど……」
十代は妙に納得いかないのか微妙な顔で本を見ていた。
「じゃあ十代、その本を少しだけ面白くする話を教えてやるよ」
「え?」
「この本は海外の本でさ、原作が発刊された年にある歴史的な事が起きたんだ」
「歴史的な事?」
「十代、ベルリンの壁って知ってるか?」
むむむ、と考え出した十代が何だかおかしくて、可愛くてバレないようにくすっと笑った。
「えっと……どっかの国で壁で分かれてたやつだよな!」
「そうそう!ドイツが東と西に分かれてた時に出来た壁だよ」
正解したのが嬉しいのか、十代はガッツポーズをする。
「それで、その壁を乗り越えようとたくさんの人が挑んだ。中には亡くなった人もいる」
「……うん」
「そしてその壁がとうとう無くなった年にこの原作が発刊されてる」
「あ、壁って……」
十代は何かわかったのかハッとする。そして「ヨハンはだからこの本が好きなんだな」と言った。
「ああ!このねずみの壁の向こう側にいたのは同じねずみ。ベルリンの壁の向こう側にいたのも同じドイツ人。……みんな、同じなんだよ」
「……うん、そうだな…」
「今の十代も俺と同じだよ」
「へ?」
先程の顔とは違い、今度は訳が分からないというようなポカンとした顔を十代は見せた。
「だって十代、本も悪くないって思っただろ?」
「ん、まぁ…今の話聞いたら…この話作った人は壁が壊されたのを喜んでたんだろうなーとかいろいろ想像出来るし……本も悪くない、かな」
「じゃあ十代も本はつまらないって思う壁を壊せたんだよ。だから俺と同じだぜ!」
もちろん、他にも同じところはあるけれど。十代の苦手意識の壁を壊す手伝いを出来たのが今はすごく嬉しい。けど十代は
「ぷっ……何だそりゃ」
「あ!何で笑うんだよー!」
「いや、だって……何かヨハンらしいなーと」
「そうか?」
どこらへんが俺らしいのかさっぱりわからなかったけど、十代が言うなら俺らしいのかもしれない。
十代は立ち上がって本を戻すと、きょろきょろと本を探し始めた。そしてお目当てのものが見つかったのか、一冊の絵本をとると俺にぽん、と差し出した。
「これ、俺が小さい頃好きだった本なんだ。次は俺のおすすめをお前が読んでくれよな!」
そこには五匹の猫が窓から雪の降る外を眺めている絵が描かれている。
もちろん、俺はそれを笑顔で受け取った。
君を知っていく秋