「ヨハン、風呂が沸けたから入ろうぜー」

「いや、俺はいい」

ドアを開けつつ部屋に入ってきた十代が言った言葉にヨハンは即答した。
しかもそれが誘いを拒否する言葉で十代は面白くない。


「何でだよ!俺との風呂は駄目だっていうのか!?」

「そんな『俺の酒は飲めないのか!』みたいに言われても……」

「風呂入らないと汚いぞ!この汚フリル!」

「御ふりる?…風呂はさっきちゃんと入ったぜ」

「なーんだ。じゃあ入ってくるぜ」


あっさりそう言うと十代は石鹸やバスタオル、下着や寝間着代わりのジャージを持って、出て行こうとする。
十代が風呂に行こうとドアノブを掴んだところでヨハンが十代を呼んだ。


「十代!行ってらっしゃい! のぼせんなよ〜」

「……お、おう!」


十代は笑顔で見送るヨハンにぎこちなく応えた。

そのままドアを閉めた後に急いで階段を駆け下りた。階段を駆け下りる度にカンカンと音が鳴る。
胸の奥で良くないものが蠢いてる気がして、十代は落ち着かなかった。
ちょっとつついたらひょっこりそれが出てきそうだ。ヨハンに声をかけられただけなのに妙に心がざわつく。

「…?何なんだこれ」

今までに無かったことに戸惑うが、考えても十代にはさっぱり分かりそうになかったので知らない振りをした。
バスタオルを抱え直して風呂場へと向かう。















慌ててドアを閉めた十代にヨハンは不思議に思ったが、気にしないことにしてそのままデッキを弄り始めた。
カードを一枚いちまい、丁寧に見ていく。

モンスターカードを見終わり、トラップカードの《宝玉の祈り》を見たところで、カードをそっと床に置くと…ヨハンは後ろに寝転がる。
しかしその後頭部は後ろにあった壁へとダイレクトアタックを決めた。ゴン!と鈍い音が響き、直に痛みがじんわりとひろがり始める。


「いでででで……」

『大丈夫か、ヨハン』

「ああ…大丈夫……」

『ちゃんと後ろを確認せずに倒れるからそういう目に遭うのよ』

「う…その通りだけどさ」


後頭部を擦りながら、今度はゆっくりと後ろを確認してから寝転んだ。


『ヨハン、何か悩み事か?私達で良ければ相談にのろう』

「サンキュー!でも悩み事っていうか……さっきの十代の態度が気になっただけなんだ」

『十代の態度?』


次々に宝玉獣たちがカードから出てきてヨハンを取り囲む。が、狭いレッド寮にアンバー・マンモスだけは出てこれず、エメラルド・タートルは既に眠ってしまっているらしくカードのままだ。


『確かに、ちょっと変だったわね……』

『そうか?私には普段と変わらないように見えたが……』

『俺にもそう見えたぜー!』

『あんたたちは鈍いのよ。ルビーだって、わかったわよね?』

『るび〜るびびっ!』


ルビーですら分かると言われ、サファイア・ペガサスは少し落ち込みシュンとしてしまう。
同じことを言われたコバルト・イーグルは特に気にした風もなく、トパーズ・タイガーの背中にバサリと着地した。


『だが、十代がどうしようとヨハンには直接関係ないだろ』

『何言ってるのよ、トパーズ。十代は明らかにヨハンに声を掛けられて動揺してたじゃない』

「やっぱりアメジストもそう思うか…!」


アメジストの言葉にヨハンは起き上がるが、しょんぼりと肩を落としてしまう。


「なぁ、俺十代に何か悪いこと言ったかなぁ……」

『特に悪いことを言ったようには思えなかったが……』

『気のせいなんじゃないか?もしくはヨハンと関係ないだけとか』

「それならそれで心配だな…俺の知らないところで十代が苦しんでいるのは嫌だ」

『るびぃ!るびるびっ!』

「へ!?な、何言ってんだよルビー!」

『ルビーの言う通りかもしれないな』

『そうね』

「な…っ、みんなまで!」


顔を赤くして喚くヨハンに宝玉獣たちはクスクスと笑う。

その時、ガチャリと音が響き、先ほどと同じように十代が入ってきた。
髪は湿っていて、頬は薄く色づいている。寝間着代わりのアカデミア指定のジャージを着て、髪を拭く為に使ったのだろう、白いタオルがを肩にかけられていた。
そんな十代にヨハンは声を掛ける。宝玉獣達は静かにカードへと戻った。


「十代、おかえり!」

にっこり笑いかけて言うが、十代はそんなヨハンを見た途端涙を溢していた。


「じゅ、十代…っ!?え!?どうしたんだよ……」

「よは…っ、」

「俺、何かしちゃったか……?」

「違っ…!違うから…っく…」


そのまましゃがみこみ泣く十代の背中を、ヨハンはそっとさする。
嗚咽が余計酷くなった気がするが、ヨハンはやめなかった。思いっきり泣いた方がスッキリすると思ったからだ。


「十代……」

「んっ…ひっく……はぁ…」

「落ち着いたか…?」

「ああ。大丈夫……ごめんな、ヨハン。いきなり泣いたりして」

「構わないぜ。でもどうしたんだよ?」


先程の十代の態度とこの反応。ヨハンが何かしてしまったのは明白だった。
それならば謝って、可能ならそれを正さなければいけない。そう思ってヨハンは理由を尋ねたのだが、十代は言いにくそうに視線をさ迷わせる。


「十代、頼むよ。悪いことしたのなら謝るし……教えてくれないか?」

「違う!ヨハンは何も悪くないぜ!」

「じゃあ何で……」

「その……嬉しくて、だな…」


恥ずかしそうに言った十代は近くにあったクッションに顔を埋めると足をバタバタさせた。
しかしヨハンはポカンと口を開けていたが、すぐにさっぱりわからないという顔になる。



「昔親が忙しかったから…あんまり“おかえり”って言ってもらったことなくて、慣れてなくてさ……その、それで」

「嬉しい、って思ってくれたのか」

「うん。でも、翔や剣山にも言われたことあったのにヨハンだとスゲー嬉しくてさぁ……何でだろうな?」


十代の発言にヨハンは思わず顔を赤くした。
だって、まるで、ヨハンだけは特別なのだと言われてるような気がして。それが嬉しいやら恥ずかしいやら……。


「あれ…ヨハン、何か顔があか……うおっ!!?」

「じゅーだいっ…!」


突然がばりと抱きついてきたヨハンに驚きながら、十代は倒れそうになるのを左手を床に着くことで何とか堪えた。


「……ヨハン?」

「……おかえり。十代、おかえり!これから俺が何度でも言ってやるから!……お前が帰ってきてくれて嬉しいぜ!!」


抱きつきながら必死に言うヨハンに、十代はまたもや泣きそうになったが、今度はきちんと応えた。


「ただいま、ヨハン!」


笑顔で抱きつき返しながら。








(=大切な人に“おかえり”と言ってもらえること)






























あとがき


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