※ヨハ十
※猫視点
※ちょっといかがわしいっぽい








ぼくは、猫です。
ぼくの飼い主だった人はぼくをダンボールに入れて、この橋の下へと置きました。一言、「ごめんね」とだけ言い残して。

ぼくが置かれたのはお日様が昇る前の、薄暗く朝の早い時間のことでした。
そしてお日様が昇り切って、沈んで。今度はお月様が見え始めても飼い主さんは戻ってきませんでした。

それが何日も続いて、ぼくはようやく、ひとりぼっちになってしまったことが分かりました。




そう、ぼくは飼い主さんに捨てられてしまったのです。


ぼくは、飼い主さんにとって、いらない存在になってしまったのでしょう。だから迎えをいくら待っても来ないのです。
悲しい気持ちになりました。寂しくて痛いです。そうしたら痛くて痛くて、動けなくなってしまいました。

ダンボールに一緒に入れられていた、ぼくのお気に入りのタオルに顔を擦りつけます。そうしたら寂しいのも痛いのも良くなると思ったからです。
でも良くなんてならなくて、ずーっとずーっと痛いのは続きます。ぼくはこのまましんじゃうんでしょうか。

悲しくて思わず声をあげます。ぼくを迎えにきて欲しい、と飼い主さんを呼びました。たくさんたくさん呼びました。


「お前、どうしたんだ?」

声をあげるぼくに、あたたかいものが触れました。頭を撫でてくるので見上げると、そこには空みたいな色をした人がいました。
眉を八の字にしていて、飼い主さんが困った顔をしているのと同じでした。

抱き上げられてそのまま抱きしめられます。そうしたら痛いのがゆっくり落ち着きました。不思議です。とくん、とくん、と飼い主さんと似た音が耳に響きます。
そしてまたぼくをダンボールに入れると、何処かに運びます。どこに行くかわからなくて不安で、タオルに顔を擦り付けました。


そして気付いた時には見慣れない場所にいました。
目の前にはチョコレート色の人がいて、驚きます。チョコレートは危ない、怖いものだと飼い主さんが言っていたからです。
お友達のトラちゃんも美味しそうなチョコレートを食べたら、いなくなってしまいました。
きっとチョコレートがお腹の中で大暴れしたのです。
だからチョコレートは怖いものです。

ぼくはチョコレート色のその人がちょっぴり怖くなりました。

「ヨハン、どうしたんだよこの猫」

「捨てられてたから拾ってきた」

「……俺たちは飼えないぞ」

「わかってるよ。新しい飼い主が見つかるまで……」

「ならいいけどな……。汚れてるし、風呂に入れてくるよ」

「ああ、頼むぜ」


ぼくはそのままゆらゆら揺られながら何処かに運ばれます。そして白い部屋に着くと、そこに降ろされました。ざらざらした地面はぼくの知らない地面でした。

そしてチョコレートの人はざざざっ、と水を出します。これはぼくのよく知っているもので、シャワーというやつです。ぼくは慌てて逃げようと思いました。でもどこに逃げたらいいのかわかりません。

おろおろしているうちに、チョコレートの人がぼくをしっかり掴みます。そしてざばざばとぼくにシャワーを使い始めました。濡れて気分がとても悪いです。逃げようと暴れてみても、チョコレートの人は気にせずにシャワーをぼくにかけていました。

そしてわしゃわしゃとふわふわのものを擦り付けられたりしながら、気付いた時にはタオルに包まれていました。
びしょびしょのぼくはタオルに身体を擦り付けます。そして温かい風がぼくにあてられました。
目を閉じて耐えぬくと、すぐにそれは止みます。ぼくはすっかり元通りでほっとしました。


「おっ、綺麗になったなー」

空色の人がにこにこしながらぼくを撫でます。それは気持ち良かったけれど、ぼくは違うものを見ていました。空色の人の右手にあるもの。そこからいい匂いがします。
そういえばぼくはお腹がすいていたんだ、と気付きました。

「ほら、ご飯だぞー。たくさん食べろよ」

そう言って、床に置かれたのはぼくの好きなツナでした。もちろん飛びつきます。
久しぶりに食べるツナは変わらずにおいしいです。
いっぱい食べたあと出てきたお水をたっぷり飲み、横になりました。

お腹がいっぱいになると眠いです。うとうとしていると、チョコレート色の人がぼくのお気に入りのタオルを渡してくれます。
空色の人も、チョコレート色の人も、悪い人じゃないからぼくはそのまま眠ることにしました。

「おやすみ」

優しい声は、飼い主さんにそっくりでした。















◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ぼくが目を覚ますと、真っ暗でした。夜になっていたようです。

そのままぺたぺたと歩いてみます。ここはどこでしょう。ふわふわした地面を歩いたあと、つるつるの地面を歩きました。
そして少しだけ明るい光がある場所があったので、何となくそこを目指してみます。

近づいてわかりました。そこから空色の人とチョコ色の人の声が聞こえるのです。二人で遊んでいるんでしょうか。

こっそりとドアの隙間から覗き込みます。


「……っ………じゅう、だい」

「ん…っ…ヨハン……」

二人はベッドの上でぎゅうぎゅうと抱っこしあっていました。
でも、人は洋服というのを着ているんじゃなかったっけ?と思いました。二人はどうして着てないんでしょう。


「ヨハン…っ…ヨハン…!」

「十代……可愛いぜ」

「うるさ…ぃ…見るなよ……」

「……顔、隠さないで……もっと見せてくれよ……」

「や、だ…っ……あっ…!」


空色の人がチョコ色の人にかぶさっています。何をしているんでしょう。力比べしているのかな。
ぼくは隙間からするりと部屋に入りました。ベッド近くにあるランプがオレンジ色で二人を照らしていました。
それをジッと見つめます。

「っ…く………」

「んあっ……んっ…!」

「………っ…は……」

「よは、ぁんっ……っあああ…!」

チョコ色の人は苦しそうに叫んでいて、心配になります。もしかして、空色の人にいじめられているんでしょうか……。
不安に思いながらベッドに近づきます。
ぼくがいることに気付いていないのか、二人はまだぎゅうぎゅうしていました。

「ん、っあああ…っ…!…よはっ、激し…っ…」

「十代…っ…!」

ぼくは何だか気になって、そのままベッドの上に飛び乗りました。
顔を真っ赤にしたチョコ色の人が見えます。ぽろぽろお水が目から流れていて、飼い主さんを思い出しました。
これは人間が悲しい時に出す涙というものらしいです。
やっぱり、チョコ色の人はいじめられていたんでしょうか。ぼくはそのまま目から流れていたお水を舐めました。

「…っ……」

「お前、いつの間に……」

ぼくに気付いた二人はびっくりしていましたが、空色の人はいじめるのをやめたようです。良かった…。

チョコ色の人はふわふわとぼくを撫でると、ふにゃりと笑ってくれました。

「ありがとう」

それはとっても優しくて、ぼくはほわほわとあたたかいきもちになりました。
ぼくはとても嬉しくて、思わずにゃーんと応えます。

そしてチョコ色の人の唇をぺろりと舐めました。

「あっ…!お前十代に何を……!」

空色の人に抱き抱えられて、チョコ色の人から引き離されます。
それが悲しくて、ぼくは変だなと思いました。
こわいと思ったぼくは、何処に行ってしまったのでしょう?


そんな僕をチョコ色の人は、オレンジとマスカットの色をした目で、笑いながら見ていました。







































あとがき


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