それは放課後に十代が自室でデッキ調整をしている時であった。
ガタガタッとうるさく鳴きながら部屋のドアが勢いよく開かれたのだ。そしてそこには葉っぱをたくさん髪につけ、土で汚れたのか服を茶色にしたヨハンが立っていた。

「ヨハン?どうしたんだ?」

一体何事かと思い十代がヨハンに尋ねるが、ヨハンは無言のまま部屋に上がり込む。その手には大きな紺色の紙袋を持っていた。
デュエルの時ですら笑ってることの多いヨハンが真剣な顔で、ずいっとその紙袋を前に突き出すと


「なぁ、十代ってハチミツ好き?」

「は……?」


真剣な顔で部屋に来て、何を言い出すのかと身構えていた十代だが、ヨハンの予想外すぎて斜め上をいく発言にぽかん、と口を開けてしまった。
その十代の様子を見たヨハンは十代がハチミツ嫌いだと思ったのか少しだけしゅんとなってしまう。

「ごめん……嫌いだったか…?」

「いやいや!嫌いじゃない!嫌いじゃないけど、どうしてそんなこと急に……」

「ああ!十代にお裾分けしようと思ってさ!」

「お裾分け?」

「ん、これだよ」


ヨハンが紺色の紙袋をガサガサとあさると、瓶が入っていた。その中身は金色をしたハチミツで、これのことか、と十代は納得する。
手渡されたハチミツ瓶を見る。甘くて美味しそうなハチミツが瓶の中をとろりと泳いでいた。

「そのハチミツ、ブルー寮で手違いで大量注文しちゃったらしくてさ。1人ひとつ貰えたんだけど……まだ残ってたから貰えるだけ貰ってきたんだ」

「へぇ……そんで俺にもお裾分けか」

「ああ!良ければ貰ってくれよな!」

「もちろん貰うぜ!パンケーキにつけて食べたいなぁ」

「ホットミルクに入れてもうまいよな!」

「それもいいな……でもまだそんなにあるなら俺たちだけじゃ食べきれないだろ」


そう、紙袋の中にはまだたくさんのハチミツの瓶がある。これを二人で消化していくのはなかなか大変なことだ。
ハチミツはそもそも何かにかけたり、混ぜたりすることが多いのだ。地道に使っていくしかない。
しかしこの紙袋にある量を使うとなるとどれほどの時間がかかるのだろう。


「やっぱりもう少しお裾分けに行くか」

「そうだな。レッド寮のみんなにも渡そうぜ!」

部屋を出た十代とヨハンは順にレッド寮の部屋をまわっていくことにした。事情を説明するとみんな嫌な顔もせず、受け取ってくれる。
最後にレイの部屋を訪れると、ハチミツはヨハンが持ってきた量の半分程になっていた。


「ハチミツってお菓子作りにも料理にも使えるし、唇のパックも出来るから貰えて助かるよ。ありがとう、二人とも」

「唇のパック?」

「あ、カードパックのことじゃないからね!」

パックという言葉に反応した十代にレイが釘を刺す。

「ハチミツを唇に付けるとつやつやになるらしいぜ。アメジスト・キャットが言ってた」

「そういうこと!よく効くんだよ」

「へぇ……ハチミツってそんな使い方もあるんだな」

「ハチミツのお風呂とかもあるんだって。僕もやろうかな……」

「ハチミツの風呂!?」


レイの言葉にヨハンが大きく反応した。……そして目を輝かせながら十代の方を見るのだ。
どうやらハチミツ風呂……ハニーバスはヨハンの興味をひいたらしい。

「風呂!十代、ハチミツ風呂にしようぜ!」

「そういえばヨハン先輩、泥だらけだね…」

「ああ!ここに来るまでかなり迷ったからなぁ」

「なら丁度いいんじゃないか?ハチミツ風呂」

「決まりだ!俺の部屋の風呂使おうぜ!」

「おう!じゃあな、レイ!」

「またね!十代、ヨハン先輩!」


夕闇の中、ブルー寮に向かった二人をレイは見送る。
だがふと心配になった。

「……二人とも、ハニーバスの作り方分かるのかな。浴槽に大さじ3杯、ハチミツを入れるだけなんだけど…」


その呟きが二人に聞こえることはない。














◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ざばざばと瓶の中のハチミツが浴槽へと落とされていく。そこにお湯の姿は無い。
そして浴槽の中はたっぷりとハチミツで満たされた。

「これを沸かせばハチミツ風呂だな!」

「ハチミツの甘い匂いがすごいぜ……」

「さすがハチミツ風呂だな!」


……二人は勘違いをしていた。
ハニーバスとは湯の中に少量の蜂蜜を垂らして作るものであって、決してハチミツを浴槽に入れて温めたものではない。

だが二人がそんなことに気づくわけも無かった。
ハチミツは順調にあたたまっている。浴室は甘いハチミツの匂いでいっぱいだ。


「おお〜っ、これが憧れのハチミツ風呂!!」

「ヨハン、憧れだったのか?」

「十代は小さい頃憧れなかったか?お菓子で出来た家とか、チョコレートで出来てる川とかさ!」

「憧れ…たのかな………わかんねぇ」

「とりあえず入ろうぜ!!」

「おう!」


待ちきれない、とばかりにヨハンが洋服を脱ぎ出す。
洋服を洗濯カゴへと投げいれて、脱衣場から浴室へと入った。同じように十代も続く。
浴槽には温かいハチミツが変わらずにある。

十代が浴槽のハチミツを人差し指ですくうと、とろりと指から滑り落ちた。もう一度すくうとその指をぱくん、とくわえてみる。
ハチミツは温まったことで更に甘さを増していた。その濃厚さは常温で食べるものとは格段に違う。普段とはまた違うハチミツの美味しさに十代は唸った。

「ん〜!うまいっ!!」

「俺も俺も!」


真似してヨハンもハチミツをすくう。指をくわえると濃厚な甘さが口いっぱいに広がった。

「本当だ!うまいっ」

「……っと、でもこれは風呂だから、入らないとな!!」

「あ!そうだな!……じゃあお先にー…っと」


つぷん、と足の先からハニーバスへとヨハンが入る。そして肩までしっかりと浸かった。とろりとしたそれがべったりとヨハンの体に纏われる。


「お、おぉ……」

「どんな感じだ?気持ちいいか?」

「うーん……何か…ぬるぬるするっていうか……」

「気持ちよくないのか?」

「分からないや。十代も入ってみろよ」


ヨハンに言われて十代も浴槽へと足を入れる。
べったりと纏わりつかれるとヨハンの言う通り、ぬるぬるしたような何とも言えない感覚に襲われる。

「お、おぉ……何か…何だこれ…」

「な?表現出来ないだろ?……でも慣れると気持ちいいかも……」

「気持ちいい…か…?」


十代にはまだ慣れない感覚だった。例えるなら全身をスライムで覆われてるような……そんな感覚だ。
湯の中のように軽くはないので手を動かすのも少し苦労する。
そのまま両手をハチミツから出してみる。ハチミツのせいで手はべたべただ。
十代は出た後はしっかりシャワーを浴びないと駄目だろうな、と思いながら手をぺろりと舐めた。


「何かさー、俺たちハチミツ漬けにされてるみたいだなぁ」

「ハチミツ漬けかぁ……ハチミツ漬けにすると食べものって美味くなるよなぁ」

「ハチミツレモンとかうまいよな!」

「ああ!十代もうまくなってるかもな!」

「あはは、そんなわけないだろ〜!」

「味見してみないと分かんないだろ〜?」


笑いながら返した十代の二の腕をぐいっとヨハンが掴む。そしてそのまま十代の腕を引っ張ると人差し指をちゅぱ…とくわえ始めた。びくりと十代が震える。

「……っ…!?」

「んっ……」

「なっ…何やってんだよヨハンっ…!」

ヨハンはくわえながら、舌で十代の指についたハチミツを舐めとる。それがまたくすぐったいような……何とも言えない感覚で十代は戸惑った。

「…っ……ヨハンっ、もうやめろよ……くすぐったい…!」

「あ、悪いわるい」

「いきなり何すんだよ……」

「何って……味見。ハチミツより十代の方が甘いかもしれないだろ?」

いきなり指を舐め出して何を言うかと思えば……。
どうやったって人間が甘いわけねーだろ、と十代はヨハンに脳内でツッコミを入れた。

「何言ってんだよ……そんなわけないだろ…」

「え、でも甘かったぜ?」

「それはハチミツが俺の指に付いてただけ!俺が甘いわけじゃないぜ!」

「ああ、そっか……じゃあ十代は甘くないのか」

「お前人を何だと思ってんだ……ったく、俺は先に出るからな!」


えー……と不満げなヨハンを無視してシャワーを浴びた十代は、脱衣場で先程のヨハンの舌の感触を思い出していた。
赤い舌が艶かしく十代の指をなぞっているのを想像して思わず赤面する。


「何を考えてんだ、俺は……ヨハンは親友なのに」


いやらしい目で見るなんて、あっちゃいけないことだ。
それでも俺は、もしかしたら、














































あとがき


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