大学から帰ったヨハンは、郵便受けに赤と青の点線の枠がついた封筒が入っているのを確認して、首を傾げた。

エアメールと呼ばれるそれは海外から届いたものである。誰が送ってきたのだろう?
今時エアメールのやり取りはほとんど無い。エアメールを送るよりメールで送る方が手間もお金もかからないからだ。
だからわざわざ送られてきた海外からの便りに首を傾げた。

宛先を見ると汚い字で書かれていて、見覚えのある字に差出人を見れば――

「十代から、か……」

差出人の住所は書かれていない。ただ日本と書かれているだけだ。
一体何の用事だろうか。
ヨハンは手紙を机の上に置き、鞄は机の下に置いた。着ていたコートを脱いでから、洗面所へと行く。
手を牛乳で出来た石鹸で洗い、ガラガラとうがいをした。うがいは日本で身に付けたものだ。

ヨハンの国では手洗いのみの場合が多かった。歯磨きの時に口をゆすぐことはあったが、うがいなんてしない。
日本で十代たちに教えてもらい、初めて知ったのだ。


部屋に戻って、机の椅子に座る。木で出来た堅い椅子だ。
そして一番上の引き出しからペーパーナイフを取り出す。柄の部分には細かい細工がなされていた。

それを駆使して手紙を見れば、一枚の紙にでかでかと

『桜が咲いたぜ!!』

とだけ書かれていた。
そして満開の桜の写真と共に、しわしわの薄茶色のものがたくさん出てくる。
これは何だろうかと思い、しばらく考えて……


「わかんねーや」


結局分からなかった。

とりあえず、届いたことを伝えようとノートパソコンを起動させる。
メールで十代に手紙が届いたこと、そのお礼、そして中に入っていた物は何だったのかと訊ねた。


しばらく返信は来ないだろうと思い、パソコンをログオフするとキッチンへと向かう。


冷凍庫からラップに包まれた冷凍ご飯を電子レンジにかける。
キッチンの棚からフライパンを出して火にかけると、冷蔵庫からニンニクを一片とりだした。
まな板の上で縦半分に切ると包丁を使って押し潰す。そのニンニクを熱したフライパンにオリーブオイルとともに入れて弱火で軽く炒めた。

ニンニクの香りが出たところで温め終わったご飯を取り出して、白ワインと一緒にフライパンへと入れる。
火を強めにしてからご飯をほぐしながら炒めていくと、香りにつられたのかルビーがひょっこりと出てきた。

「お?ルビーも食べたいのか?もうちょっと待ってろよ〜」

言いつつ、コンソメを混ぜた牛乳と生クリームを注ぎ、そのまま沸々とさせていく。いい香りになったところでヨハンはスプーンですくうと一口味見をする。

「ん、さすが俺」

自画自賛すると白い皿へと盛りつけた。
粉チーズを振り、刻んだパセリを散らせばリゾットの完成だ。


テーブルへと置いて、ステンレスのスプーンで一口分すくう。
ふぅふぅ、と息を吹き掛けて冷ましてからぱくりと食べた。
米から煮ていない為に柔らかめだが充分おいしい。
もう一口、冷ましながら食べる。ミルクの優しい味わいがした。


「……十代は、ちゃんと食べてるのかな…」

思わず出た言葉にヨハンはハッとして口を手で覆う。
思っているよりもずっと、十代のことを心配しているらしい。

食事の途中だったが、気になってパソコンでメールを確認した。
『新着メール1件』という文字を見て、期待を込めつつクリックをする。
メールを開いて内容を読めば、

「ぷっ……あはははは!」


笑いが込み上げた。
メールは十代からで、手紙や写真と一緒に同封されていたシワシワのあれは桜の花びららしい。
きっと安い船便にしたのだろう、送ったのは1ヶ月も前で、花びらは萎れてしまったのだ。

「十代って、変なところですげぇマヌケだよなぁ……」

「るびびっ」

同意するようにルビーが一鳴きした。















そしてその丁度1週間後にヨハンの元に十代から小包が届いた。

今度は学習して早く着く飛行機便を利用したらしい。もちろん、料金はその分高いのだが……。

がさがさと段ボールの中の梱包材を外して中身を見るとそこには四角い箱で丁寧にラッピングされた桜茶が入っていた。

「桜茶……?」


緑茶・抹茶・紅茶・ほうじ茶などは聞いたことがあるが、桜茶は初耳だ。
初めて聞くお茶の名前にヨハンはわくわくしながらラッピングを解く。

箱に入っていた説明書きによれば、桜茶とは桜の花びらを塩漬けにしたもので、お湯の中に花が美しく咲き開くため『桜茶』と呼ばれるらしい。
主に結婚の時にお祝いで飲まれることが多く、結納式でお嫁さんが婿に提供して振る舞いを見る為のものだそうだ。

ヨハンが日本の文化だなぁ、と思いつつ中を見れば塩漬けの桜が入っていた。八分咲の八重桜を梅酢と食塩で漬け上げたらしい。


十代からの手紙には桜の花を見せられなかった謝罪と、もう桜は散ってしまったのでお湯の中で咲く桜茶を贈ること。そして……


「“俺とヨハンの結納式の時にはヨハンが淹れてくれよな”…………って、俺が嫁なのかよっ!」

一人ツッコミながらむすーっと不満げな顔をしたヨハンだが、ちらりと桜茶が視界に入ればそんなことはどうでもよくなったらしく、いそいそと桜茶を淹れる支度を始めた。

添付してあった説明書を見ながら、ぬるま湯に桜の塩漬けを入れて塩抜きをする。
軽く押しながら五分程抜けば薄い桃色へと湯は色を変えた。

その様子にヨハンは目をキラキラさせる。興奮しながら、日本で買った湯呑みに塩抜きした桜を一房入れて、湯をゆっくりと注ぐ。

桜の花びらが湯によって開いていき、湯呑みの中に花開いた。

その美しさにヨハンは思わず溜め息を吐く。

最後に塩抜きした湯の桃色の上澄みをスプーンで一杯入れれば完成だ。


ヨハンが湯気たてている湯呑みにそっと唇を宛てると、熱が伝わっていく。
桜茶のいい香りも直接鼻を通った。
そのままゆっくりと傾けて一口飲むと何とも言えない味がする。しょっぱいような、酸っぱいような……複雑な味だ。決して不味いわけではない。

もう一口飲むと体がじわりとあたたかくなった気がした。
そして複雑な味だが、何だか癖になる味だとヨハンは思った。


「目で楽しみ、香りを楽しみ、味を楽しむ。これが日本だな」

うんうん、と頷きながら再び湯に浮かぶ桜の花びらを見つめる。

いつか十代にも淹れてやろう、と思いながら。





















あとがき


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